第十七話:覚悟
「誰?君」
セビュルとシャムの視線の先はラルラではなく、今しがた上空から舞い降りて来た時雨に向けられた。
「…さぁな」
時雨は羽を砕くとラルラの方を見た。
「…おい、生きてるか」
「……弥、蒼…か?」
「あぁ」
「…はは、ぶさまな…っ…ところを見せちまったな」 無理矢理起きようとするラルラを時雨は止めた。
「…足手まといだ」
「テメェ…」
「"今は"な」
そう言って時雨はセビュル達の方へと走った。
(はは…今は、か)
ラルラは少し悔しそうな表情をし、時雨を見た。
「お、話しは終わったのかい?」
「…さぁな」
「つれない…なぁ!!」
瞬間、セビュルは空気を弾いた。
しかし、時雨はそれを簡単に避けセビュルとの距離を詰めた。
「…来い」
時雨の両手に先程の血が集まり、剣となった。
「させません」
何体もの土人形が時雨の前に現れる。
「…邪魔だ」
剣を振り薙ぎ払う時雨。 だが、先程のラルラと同様で意味はなかった。
「ちぃ!」
人形の攻撃を血を盾に変化させ防ぐが限界があるのは明らかだった。
「こっちもいるぞ!」
セビュルの猛攻が時雨に迫る。
「…がっ!」
「畳みかけなさい」
人形達が時雨へと殴りかかった。
(くっ、数では圧倒的に不利だ。どうする?)
時雨は敵の攻撃をかろうじて防ぎ、避けながら考えた。
(…まてよ、確か…)
何かを思った時雨は、距離を取った。
(この力の操る範囲は五メートル…。だが、呼ぶ力ならその範囲は倍以上だったはずだ…)
時雨の両手に意識が集中する。
「…目覚めよ血…我が命に従い、奴らを滅せ!」
瞬間、土の中から赤い粒状の何かが幾つも現れた。 まるで、時雨の声に反応したかのように…。
「何だ?これは?」
「…まさか!?」
「…当たりだ」
驚くセビュル達に時雨は言った。
「これはこの辺りで死んでいった人間から流れ出、地中へと呑まれていった…血だ」
空中に散布した血が時雨の手に集まってゆく。
「…たぎれ血よ」
血がうごめき、時雨の両腕に纏わり付いてゆく
「さて、殺るか」
時雨は残りの血を剣にし片手ににぎると二人に向かって行った。
「少し驚きましたが、数ではこちらが上です」
シャムは土人形を時雨へと向かわせた。
「…そうかな」
「何?」
「舞え血どもよ」
刹那、両腕にあった血が液体化し、時雨の周りを高速で回転し始めた。
「なっ!?」
「…散れ、人形ども」
時雨の周りの人形達が切り刻まれ塵となっていった。
「くっ!」
「…さて、どうする?」
「こうするねっ!!」
バシンッと何かが血の渦に当たった。
「俺がその壁を貫く」
セビュルの弾いた空気が渦に当たる。
「…無理だな」
「どうか…ぐほっ!」
瞬間、ラルラの飛び蹴りがセビュルに直撃した。
「…来たか」
「コイツはアタシに任しときな」
「あぁ……死ぬなよ」
「誰に言ってんだよ」
その言葉に時雨は微かに笑いシャムに突っ込んだ。
「ちぃ!予想外でした!」 時雨の行き先に何体もの人形が現れた。
「…無駄だ」
血の渦が人形達を蹴散らす。
「ならば!」
シャムは両手に力を込めると三メートル程の分厚く巨大な土人形を一体、作り出した。
「どう…です。これ…ならば…はあはぁ、切り刻む事は…出来…ませんよ」
荒れた息遣いで勝ち誇った様に言った。
「……」
「フフ、あまりの…事に言葉が出ま…せんか?」
「…あぁ、貴様がバカをやってくれたおかげでな」
「負け惜しみを!!」
人形が時雨に拳を振り下ろした。
だが、時雨はそれを血の盾で防ぐと右手に血を集めた。
「…終わりだ」
時雨は体を右に捻ると、勢いよく地面に右手を叩きつけた。
「…貫け」
巨大な槍が人形を下から一直線に貫き、全体から無数の槍を出すと人形をボロボロに崩した。
「なっ!?くそっ!」
「無駄だ」
時雨は新たに人形を作ろうとしたシャムに剣を突き付けた。
「くっ」
「もっとも…先程の巨大な人形を作ったせいで、もう力を使う体力が無いのは明白だがな」
「…ちくしょぉ」
核心を突かれたのか、シャムはその場に崩れ落ちた。
「…今回の兵力…貴様の仕業だな。普通でも百万など有り得ない数字だ。おおくても一万程だ」
「…ハ、ハハハ…気付いていのか。あの兵の大半は私が作った人形だと」
「…あぁ、貴様の力を見た時もしやと思ったさ」
時雨は静かに腕を振り上げた。
「貴様の王と王子はあの山の近くだな?」
「…さぁ?」
「だろうな」
時雨の腕が振り下ろされた。
「…あの山の近くか」
背中に羽を作ると時雨は一気に飛んでいった。
「ペッ、この野郎が」
ラルラは血の混ざった唾を吐くとセビュルに突っ込んだ。
「無駄無駄!!」
セビュルの弾いた空気がラルラに迫る。
それをラルラは獣人化し避けようとした。
だが、まだ体にダメージが残っていたのだろう、そのスピードは遅くなっていた。
「そこっ!」
巨大な塊の空気がラルラに直撃した。
「…がっ…ぐ…」
(ヤベェ…アバラが二、三本いった)
「死ねぇ!!」
先程よりも巨大な塊をセビュルは放った。
(…クソッ…こんな所で…こんな所で…死んで…)
「たまるかぁ!!!」
ラルラの右手が空気の塊に叩きつけられた。
「ぐ…うおおお!!」
叩きつけた時の力が弱かった為か、ラルラは押されていた。
「こんな奴らに…」
ラルラの足が一歩前へ出る。
「カティアを…」
右腕からは血が噴き出していた。
「ば、馬鹿な!!」
セビュルは驚いた。
徐々にではあるがラルラの右腕が塊を押し返していたからだ。
「渡してたまるかぁ!!」 巨大な空気の塊をラルラは跳ね返した。
右腕を代償に…。
「くそっ!」
「おせぇ!!」
瞬間、ラルラの左手の爪がセビュルの心臓に突き刺さった。
「…ち…く…」
爪を引き抜くとセビュルは倒れた。
「はぁはぁ…アタシの覚悟を…嘗めんなよ」
右腕を抑えラルラはその場を去った。
上空を飛んでいた時雨の視界に一つの陣が映った。
「…あれか」
時雨は一気に急降下し、陣に突っ込んだ。
「な、なんだ!!」
「敵襲か!!」
「王と王子をお守りしろ!!」
砂煙が舞う中、口々に兵達が言った。
そして、数秒後。
砂煙が晴れたその場には二人の人間を囲む様にして陣が作られていた。
「何者だ!貴様!」
隊長格の男が時雨にそう言った。
「…さぁな」
「空から来たという事は、貴様能力者だな」
「だったら、どうする?」 兵士達の構えに力が入る。
「王達には指一本触れさせんぞ!!」
途端に兵達が時雨に迫って来た。
「…邪魔をするな」
それを見た時雨は、地面に右手を叩きつけた。
瞬間、地面から無数の槍が飛び出し兵士達の体を貫いた。
「ぐぼっ!」
「がぁ!」
「ぐおっ!!」
次々と倒れる兵達の横を時雨は歩き、男の前に立った。
「…貴様か?この戦争の引き金のアーマスとか言う国の王は」
「だ、だったらどうだと言うのだ!!」
男はかなり動揺した口調で答えた。
「き、貴様こそ!な、何だ!ぼ、ぼ、僕の恋路の、じゃ、邪魔をするな!」
すると、隣にいた小肥りの子供が時雨に指を指して言った。
「ぼ、僕はアーマス国のお、王子だぞ!!き、貴様みたいな、しょ、庶民に…」
「黙れ」
血の槍が王子の喉元に突き付けられる。
「ぴいぃぃぃ!!」
泣きわめく王子を無視し、時雨は王に刃を向けた。
「いますぐ、兵を退かせろ」
「ふん、断る!!」
「何?ーっ!!」
その時、時雨の背中に悪寒が走った。
すぐさま、後ろを振り向いた瞬間…。
「ぐうっ!!」
強烈な一撃が時雨を襲った。




