save①―冒険の書を作って下さい
君はロール・プレイング・ゲームで遊んだことがあるだろうか?
何らかの役割を与えられ、またその人物になりきるのは楽しいものだ。
でも現実でやったら恥ずかしいと思うのが大人で、そう感じないのが子供だと世間は言うだろう。
これは、子供みたいだけど大人、そんな高校生達のちょっと普通ではない青春の物語。
「ここがRPG部…」
富士宮フロンティア高等学校、略して"FF校"には一風変わった部活動が存在する。
それがRPG部、どんな活動をしているのかも不明な謎の場所だ。噂では変人揃いで危険な部活だと聞いていた。
今日は俺、御器所 武はこの部活に無理矢理に入部させられたと思われるある人物を救出するべく直談判にやってきた。
「…なんだよな?」
その部屋は窓の内側から壁紙が貼られており、中の様子が見えなかった。
部活案内の立て札もない。てか、胡散臭い。友達からの情報がなかったら絶対に見過ごしていただろう。
そもそもこんな怪しい所になんて、誰も入りたがらないはずだ。
だけど、俺は行かなければいけない。その人物がこんな部活に好きで入るわけがないからだ。
部室の引き戸を開け、俺の目の前に広がった光景は。
「暗ッ!?」
カーテンも締め切られた真っ暗な部室だった。今日は部活動は休みなのだろうか。
そう思いきや、中から声が聞こえてきた。
「――ってください」
「…は?」
急に言われて、良く聞き取ることができなかった。中の人はそれに察したようでもう一度口にした。
「冒険の書を作って下さい。」
暗闇からそっと手が伸び、一枚の紙を俺に手渡してきた。ビックリするだろ、おい。
ゲーム? いったい何がしたいのだろう。俺は恐る恐るそれを受け取った。そこに書かれていたのは。
――――"入部届け"。
「勧誘かよ!!」
入部届けをくしゃくしゃに丸め暗闇の中に放り投げた。
すると、部室のカーテンが引っ張られ、眩しい日差しと共に声の主がその姿を現す。
「ちっ、ノリが悪いなー。」
やけに態度がでかい小柄な女生徒が俺の前に立ちふさがった。
「仕方ないな。それじゃ、テイク・ツー。」
女生徒は制服のポケットからなにやら取りだし、にこやかな笑顔で。
「冒険の書を作って下さい♪」
再び"入部届け"を差し出してきた。
「そこが問題じゃない。」
蒸すくれた顔をする女生徒は放っておき、俺は部室内を見回してみた。そこにはカーテンを開けた本人と思われる男子生徒が一人。それと誰も据わってない椅子の前で開かれたノートパソコンが置かれているだけで、俺が探すある人物は見当たらなかった。
「えっと…鶴舞 十美さんはいませんか。」
「なんだお前、とおみんの知り合いだったのか。」
彼女を知っている。やはり、鶴舞さんがこの部活に入ってるのは間違いなさそうだ。
「お前、とおみんのクラスメイト?」
「そうですけど?」
「それじゃ、私とタメじゃん!」
女生徒が改まったように腰に手をあて、名乗りを上げる。
「私は本郷 勇渚、二年生。職業は勇者!」
聞き間違いだろうか。今、目の前にいる自分と同学年の女の子が職業とほざき、挙げ句の果てに自称勇者ときたものだ。
「あそこにいるのがこのパーティーの魔法使い枠、顧問の日比野先生!」
"パーティー"とか"枠"とか言いだしたぞ。
本郷さんは俺が男子生徒だと思っていた人を指差した。先生だったのか。それにしても若い。
「初めまして、日比野です。30歳で独身、童貞です。だからみんなには魔法使いと呼ばれてるよ。」
いやそれ、ほとんど悪口ですよ。良いんですか。
先生の威厳とはいったい。この容姿で30歳も驚きだけど、顧問としてどうだろうか。
俺はふと視線をノートパソコンに移した。
「ッ!!?」
ノートパソコンに写されていた映像を見て、画面をすぐさま閉じた。そこには健全な子供には見せられない如何わしいものが写し出されていた。
「そんでこの人が賢者、栄 智和先輩!」
振り向くと、別の生徒が部室へとやってきていた。背が高く、眼鏡をかけ、整った顔立ちのいかにもイケメンな男子生徒だ。
「新顔が来たよー、先輩!」
もしかして、いや何かの間違いだ。こんな知的でかっこいい先輩があんな映像を見てるだなんて。そうですよね、先輩。
「入部希望か? 遅れてすまなかった。少々"賢者モード"になっていたものでな。」
イケメンな口調の中に聞きたくないワードが混ざっていた。
出会って数分でこの部活に所属する人達は皆変人ばかりだと認識した。それなら、なおさら鶴舞さんを放っておけない。
「俺は鶴舞さんを連れ戻しにやってきました。」
怖じけるな、堂々と男らしく振る舞えばいいんだ。
「彼女をさきほどの強引な方法で入部させたのはわかってます。彼女を開放して下さい。」
気まずい空気がその場を包んだ。
RPG部の面々はきょとんとした顔で不思議そうに首を傾げた。おかしい、返事がない。俺がただの間抜けのようじゃないか。
業を煮やしたのか自称勇者の本郷さんが沈黙を破った。
「とおみんの方から"冒険の書"を提出してきたぞ?」
いちいち"入部届け"をそう呼ぶな。しかし、問題はそこじゃない。自称勇者が言うには、鶴舞さんが自分の意思でこの部活に入ったという。
そんなバカな、彼女がこんな変人揃いの部活に…
そして最後に部室へやってきたのは俺が良く知る人物。
「あ、とおみんが来た!」
清楚で、綺麗な濡羽色の髪を結い上げた"クラスのマドンナ"。
「すみません、遅れましたー。」
鶴舞 十美さんのご到着だ。
「あれ、武くん? 来てくれたんだ!」
俺と鶴舞さんは中学の頃からの知り合いで、彼女は俺の憧れだった。
「とおみん、おかえりー! 」
「勇渚ちゃん、ただいま。」
「回復魔法かけてー。」
「はいはい、良い子良い子♪」
鶴舞さんに抱きつく本郷さん。それを優しく抱き留め、頭を撫でる鶴舞さん。本郷さんは満ち足りた笑顔でつやつやとしていた。本当に回復している。というか、癒されているようだ。
鶴舞さんはこの部活で言うところのヒーラーもとい僧侶の立場にあるらしい。
「あいつがさー、訳のわからんこと言う上に、冒険の書も書いてくんないのー。助けてー、とおみん。」
こいつ、自分の都合の良いように鶴舞さんに説明したな。
「もー。ダメよ、勇渚ちゃん。初めての人に"冒険の書"を渡してもわからないよ。」
鶴舞さんまでもが"冒険の書"という単語を口にしてるのはいささか不可解ではあるけど、彼女にはちゃんと常識が残っているようだ。
良かった。彼女がこの部活に毒されていたら、俺はショックで立ち直れなかったと思う。
「はい。これが必要なんだよね、武くん。」
そうして手渡されたのは――三度目の"入部届け"だった。
「………」
どうやら認識の食い違いがあるようだ。当の鶴舞さんは曇りない笑顔でいるため、冗談ではなく本気であることが伺える。
「…もしかして、違った?」
鶴舞さんが寂しそうな目で俺を見つめた。良心が痛み、俺は慌てて取り繕った。
「いや…あの…その…」
必死に考えた末。
「実はそれがほしくて困ってたんだ!」
そう答えるしかなかった。
鶴舞さんの目がキラキラと耀きを取り戻し、大喜びした。
きっとこれは罠だ。鶴舞さんには敢えて、"冒険の書"と"入部届け"が一緒だと教えてなかったんだ。たまたまだったとしても、俺は認めないからな。
そんなこんなで、不本意ながら俺はRPG部に入部したのであった。