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やはり彼女が俺に惚れているのだろうか?①

 


 西尾響という少女について俺が知っていることはあまり多くない。

 彼女が二年F組に所属しているらしいことは風の噂でなんとなく知っているが、俺の所属する二年A組からは教室がわりと離れているので姿を見かける機会はほとんどなかった。

 反抗的な気性が窺える眩しいほどのブロンドヘアーと、限界まで捲り上げられたスカートの裾。

 耳にはピアスを幾つかぶら下げ、野獣に近い眼光を常に走らせている。

 ただこのように外見はすこぶる派手なので、偶に見かけると色々な意味で俺の心臓を高鳴らせるのが西尾響という少女だ。

 遅刻早退、無断欠席と不良らしくやりたい放題しているらしいが、成績だけはサンコーとは思えない水準に達しているせいか、教員たちも扱いに困っていると聞く。


 そんな彼女が今や俺に惚れている可能性が最も高い人物となった。

 状況的なことを考えると、もはや彼女以外にはあり得ないと言い切っても過言ではない。

 無論、まだわからないことはある。

 手紙を差出人の名をあえて書かなかった理由や、そもそもなぜ俺に好意を持ったのかということに関してだ。

 しかし個人的にはそれは些細な問題であるとも思っている。

 差出人不明にしたのは、単純に恥ずかしがったからだとも考えられるし、不良の流儀的に返事を期待しないためかもしれない。

 好意を持った理由の方は正直まったく見当がつかないが、恋なんてそんなもんだろう。

 一目惚れだかなんだかでもきっとしたのだ。世の中きちんと明確な理由があって恋に落ちる人の方が少数派のはずだ。

 気づいたら、好きになっていた。そんな理由でもいいではないか。

 

 つまりもう俺の障害となっているのは、やはり西尾にどうやって声をかけるか、というその一点のみになっている。


 有栖川と違って、西尾の行動パターンは実に不透明だ。

 クラスも一緒になったことはなく、直接話した経験は完全なゼロ。

 おそらく彼女は今も、白馬の王子様である俺に探し出して貰う時をずっと待っているはずだが、その道のりはいかんせん険しい。

 とにかく情報が足りないのだ。

 どうすれば、どこに行けば、いつなら西尾に会えるのか?

 それが全くわからなかった。



「……というわけで先生、俺に西尾響のことを教えてください」

「なにがというわけなんだ島田。お前は本当にクソだな」



 というわけで俺は放課後の気怠い空気漂う職員室に押しかけ、我が二年A組の担任でもある数学教師の綾辻女史の下へやってきていた。

 あまり明言したくはないが、俺には友人が少ない。

 西尾のことを調べようにも、伝手がまったくなかったのだ。

 そもそも彼女のことをよく知っている人物も限られている。

 そこで頼りになってくれるはずなのが綾辻女史だ。

 教師という立場にいるくらいだ、そんじょそこらのモブよりはマシな情報を持っているに違いない。

 

「先生が西尾に関して知っていることを全て教えてくれればそれでいいです」

「それでいいってお前、何様なんだ? 私はお前との非生産的な時間を過ごすほど暇じゃないんだが?」

「なにを言っているんですか先生、今だってそんなよくのわからない本を読んで、大して仕事してないじゃないですか」

「お前は相変わらず変なところでズケズケ物を言うな。絶妙に腹の立つ奴だ」


 綾辻女史は露骨に嫌そうな顔をして、手元に持っていた文庫本に栞を挟む。

 可愛い生徒の相談事に対応する方がよっぽど有意義な時間の使い方だろう。


「西尾について話せと言われてもな。生徒の個人情報をそうペラペラとは口にできない」

「よいではないですかぁ~、俺と先生の仲ではないですかぁ~」

「気色の悪い声を出すな島田。体温が下がる」


 綾辻女史はあからさまに不機嫌そうな顔をして、手元の文庫本で俺との間に壁をつくる。

 大事な愛生徒に対するものしてはあまりにそっけない態度だと思う。


「だいたいなぜ西尾のことを知りたいんだ? まずその理由を言え」

「……わかるでしょう、先生。つまり、俺にも春が来たってことですよ」

「もう五月だぞ」

「違います! そういう意味ではないです!」


 これだから理系は。奥ゆかしい口語表現を理解できていない。

 もっとも俺も文系科目は理系科目と同等に苦手だったが。


「おい島田。悪いことは言わない、やめておけ。残念ながら……お前じゃ無理だ。外見内面共に釣り合わなすぎる」

「お、おやおや? な、何か勘違いしているようですが、べつに俺が西尾を追いかけているわけではないのですよ?」

「心に傷を負い、ストーカーになるだけだ。いや、すでになりかけていると言ってもいい」

「ちょっと、俺の話を聞いてくださいよ!?」

 

 綾辻女史は諭すような声色で、一方的に話し続ける。

 妹の小楠もそうだったが、なぜ皆して俺をすぐにストーカー扱いするのだろうか。

 それほどまでにストーカーしそうな顔をしているか?

 そろそろ髪でも切りに行くべきかもしれない。


「なんだ島田。私はしっかりお前の話は聞いているぞ? 西尾に惚れたから、住所教えろと言っているのだろう?」

「ち、違いますよ。俺が惚れているわけではないですし、住所を教えろとまでは言ってません。西尾が学校にいる時よくいる場所とか、何時ごろに登下校しているかとか、あとはスリーサイズくらいを教えてくれればいいです」

「どう見ても立派なストーカーだろ島田」


 ちょっとしたスキンシップ代わりの冗談なのに切り返しが無駄に鋭い。

 これだから三十代独身は困る。円滑なコミュニケーション能力というものが欠落している。


「まあいい。お前みたいなクソでも一応教え子だからな。出来る限りの協力はしてやる。むしろきちんと手綱を握っていないと、本当に取り返しのつかないことをしでかしそうだ」

「おお! ありがとうございます先生! さすがサンコーが誇る美人教師! 貰い手がいないのが不思議で仕方がない!」

「お前は本当に人を苛立たせる天才だな島田」


 なぜかこの数分間で二、三歳ほど老け込んだように思える綾辻女史だが、どうやら俺のキューティクルさに免じて協力してくれるらしい。

 試しに話してみるものだな。物わかりの良い人で助かった。


「……それで? 何が知りたいんだったか?」

「とりあえず登下校の時間帯とか、わかりませんか?」

「そうだな。西尾は遅刻や早退が多いと聞いているが、だいたい昼休み頃に勝手に消えるか、やってくるかのどちらからしい」

「なるほど。学校にいる間は?」

「特に話は聞かないな。授業中と同じで、ずっと自席でケータイでも弄ってるんじゃないか?」

「ふむ。そうですか」


 自分で肩を揉みながら、綾辻女史は中々に有用な話をしてくれる。

 どうも西尾に会うためには、昼休みという時間帯が一つキーとなるようだ。

 部活にも入っておらず、校内でもお気に入りのたむろスペースも持っていない。

 ベストなのは昇降口だろうか? あそこでなら比較的自然に声をかけられる気がしないでもない。


「他にあるか? もっとも私が知ってることなどこれくらいだが」

「そうですね……ではスリ――ではなくて、西尾の成績のことを少し訊いてもいいですか?」

「ああ、話せることは話してやる」


 もう一度ちょっとした冗談を口にしようとしたら、綾辻女史から危険な気配が醸し出されたのでそれは止めておいた。

 この手の話題は綾辻女史にとってタブーなのかもしれない。大人の女性にしては控えめな胸部がきっとその原因だろう。


「西尾はたしか、理数科目が得意なんですよね?」

「そうだな。一年の時から数学ではいつもトップだ。お前がこれまで取った数学の試験の点数を全て合計しても、あいつの一回分の点数に届かないだろう」

「そ、そんなに!? 凄いですね」

「まあな。お前がしょぼ過ぎるのもあるが」


 理数が得意とは知っていたが、まさかここまでとは。

 綾辻女史は俺が低レベル過ぎると言っているが、実際は違うだろう。

 サンコーとしては異質なほど西尾が賢すぎるのだ。

 それゆえに、俺の推理の正しさがより際立ってくる。


「でもこの前の補講に西尾も来てましたよね? あれはなぜです?」

「あー、そういえば来てたな。あれはなんだったんだろうな。結局西尾が一番早く補講を終えていたし、今日の授業でやった小テストではまたいつもの満点に戻っていたが」

「なに!? 綾辻女史! 今なんと!?」

「急にその辛気臭い顔を近づけるな。人生に支障が出る」


 聞いたか諸君。今決定的な情報が綾辻女史の口からもたらされたぞ。

 今日の授業でやった小テストではまたいつもの満点に戻っていた、とたしかに彼女はそう言った。

 これはもう確定だろう。

 西尾響は、あの数学の補講に出るためだけにわざと小テストの点数を下げていたのだ。


「……ぐふふっ! やはり! やはりそうか! 俺に近づくためにわざわざ小テストの点数をコントロールするとはな。恋する乙女のなんと大胆不敵なことよ!」

「おいおい、これは私の幻聴か? 何やら島田に会うためだけに、西尾があえて小テストで基準以下の点数を取っただなんて、あまりに都合の良い妄想をしているように聞こえたんだが?」


 俺は職員室に設置された時計を一瞥する。

 もう今日は時間も遅い。西尾はとっくのとうに校外に姿をくらましてしまっていることだろう。

 一度撤退し、作戦を練り直し、体勢を整え直すのがベストだな。

 

「ありがとうございました、先生。大変貴重な話を聞くことができました。結婚式の際は、それこそレタァーを送りますので、ぜひお越しください」

「落ち着くんだ島田。よくわからんが、お前が何か盛大な勘違いをしていることだけはわかる。いったん冷静になり、考え直すべきだ」

「大丈夫ですよ、先生。こんなに落ち着いた気分は生まれて初めての経験です」


 綾辻女史は心配と焦燥を滲ませた表情で俺を見つめているが、それには及ばない。

 直観が理性と手を繋ぎながら囁いているのだ。俺は今、正しい道にいると。

 有栖川の時とは違い、すっと溶け込むように思考が理解をしている。

 西尾響は怪しい、クロであると。


「それでは俺はこれで失礼します、先生」

「……そうか。わかったよ島田。もう私からは何も言うまい。幸運を祈る」

「俺も先生に早く良き相手が見つかるようささやかながら祈っていますよ」

「それはやめろ。不吉過ぎる」


 そして俺は羽根なんかではなく、大翼が生えたかのような身軽さで職員室を後にする。

 たしかに西尾響という少女には少々問題があると言っていいだろう。

 しかし、それが何だと言うのだ。

 不良? そんなありふれたレッテル貼りには何の意味もない。

 俺に惚れている、たった一つ、その真実が燃え上がり続ける限り、俺は彼女の全てを受け入れよう。

 

 しばし待っていろ、愛に怯える孤独な一匹狼よ。


 君の想いは受け取った。すぐに俺が迎えに行ってやる。







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