かにばる
「ドーシたラ」
ソファに横になってミレば、答えが出てくる……なんて事もなく、ドっと疲れが出ると同時になにかの音階が一オクターブ下がっただけだった。
輪郭もリズムも変わりゃしない。ただそれがそうなったくらいであたしの調子がよくなるわけなんか無くて。
あたしは人とずれているから、あたしの心は桃になった。ひっくり返っておきながら、食べて欲しくて甘くなり、食べて欲しいと言いながら、あたしは種を硬くした。
どうしたら、なんていつのまにやら言ってるだけ。
○
ある日、目が覚めてすぐに朝食を食べようとテーブルに向かうと……テーブルの上にあたしの顔が張り付いていた。
「おはよう」と声をかけてみたけれど、こちらを向くだけで返事を返さない。
あたしはそれがとても気にいらなくて言った。
「あなたあたしの顔だよ、なに勝手な事してんのやめて。人に見られたらどうすんの」しかし顔はじろりとこちらに目を向けたまま黙っているだけだ。
「あたしの体の一部のくせにそうやってあたしを馬鹿にするんだ」
あたしはそう言って、机からあたしの顔を引き剥がそうとした。しかしよほどぴったりと張り付いているのか、まるで初めからそこにあったかのようなそのあたしの顔は一切剥がれてくれる様子を見せてくれない。顔はというと抵抗する様子も見せず、無言であたしの様子をじっと見ている。
それを見てるうちにテーブルと自分の境界線があいまいになってきて具合が悪くなってきた。だんだん腹が立ってきて、あたしは両手の爪を使って顔の淵を力強くぎりぎりと引っ掻いていった……しかしいくら掻き毟っても結局テーブルから剥がれる事は無く、くっついたままの顔の淵はベリメロに捲れあがってテーブルは赤黒くなんだかみすぼらしくもみずみずしい状態になった。
「なにこれ全然かわいくない」あたしはあきらめて顔に布をかぶせて、朝ごはんを食べた。
空の薬ビンがいくつも床にころがっていたのは、ごめんなさいちょっとよくわかりません。
○
「そんな君を守ってあげたい」
あたしのとても甘い香りにたかって来る虫の羽音って決まってみんなそんな音で、そんで決まって耳元で不快に響く。
だけどもこれはあたしが取れる唯一のコミュニケーションだから、それを拒んだりはしない。虫達の立つ鳥跡を濁さずの様式美にはただ関心した。
でも、そいつだけはちがかった。
「君の全てを受け入れる」
そう言って泣きながら、あたしを抱きしめたそいつは他の虫とはちがかった。
そいつと出会った頃のあたしの桃はもう、熟しすぎた上に転び過ぎてぐずぐずに腐っていて、顔も無いまんまだった。それでもそいつはあたしの過去の出来事や辛い気持ちを全て受け入れてあたしを大事にしたいとか言った。あたしは返事をするだけだ。それだけで満足そうなそいつを見ているうちに、あたしも段々満たされた。
「だから、僕だけにそれを見せておくれ」
あるときそいつはそう言って、返事を待つこと無くあたしの種に手を触れた。
優しいばかりだったのはずのそいつは急に人が変わったように、あたしの意思なんてお構いなしとでもいわんばかりに強引にあたしの種をいじり倒す。
その時のそいつの表情は自分が愛情をかけて育てた膿作物が収穫の時を迎えた時のような、達成感のような慈愛に満ちているような待ちきれないような氏腺液のような屈託の無さが先っぽから滲み出てきているこの世のものとは思えない狂気に満ち溢れていた。
あたしは抵抗こそしないものの、目の前にいるこの得体の知れない生き物がなんなのか、わけがわからなくなって蠢くその姿をぼーっと眺めていた。
そしてついに、そいつは勝手に種を割っては、興奮しながらこう言った。
「ちょ、ちょっとだけココ、舐めていい? ……なっ舐めるよ? なっなっなっなっな、もう、舐めるね」
「���肢������A�������̑O���炢�Ȃ��Ȃ����肵�Ȃ���」
結局、その初めて見る虫は虫だけにあたしの最後のこの言葉を無視して、ひっくり返って死んじゃった。
種の中身もしらねえクセして、ばっかみたい。
○
今はというと、冷凍庫に詰めたそいつを毎日少しずつ消費しています。
人は人を食べてはいけないので、人を食べた事がある人は殆どいません。それはモラル云々というだけの話では無く動物がみな共食いをしないように、人の遺伝子にも人は人として人を食べるべきでないという事を理解するようなプログラムがプログラミングされています。なので実際に人を食べてしまったらどうなるのか、人を食べた事がない人にはわからないしわからないことすらわからないし、今は毎日人を食べているあたしの事なんてもう誰にもわかるわけが無いのですしわかるわけが無いことすらもわからないのです。気持ちの悪い敬語を使っている事とともに、わかる訳が無いという事がわかったという事に気付いた。
結果として、あたしはそいつに救われた。
ここらでようやくわかったんだ。
「どうしたら」なんて考えたたところで、音符が下がっていくだけなんだし、実際に人を食べるわけ、ないでしょう?
実際に、種の中身は食べないでください。
仕事が激務にて主題を書ける時間がありません。
一つネタバレさせていただくとするなれば、
「���肢������A�������̑O���炢�Ȃ��Ȃ����肵�Ȃ���」
の部分は、
「お願いだから、いなくなったりしないで」
ということだけでも伝えようとした結果、日頃から表に感情を出す事の無い主人公は文字エンコードを失敗して、文字化けしてしまったのでした。
ここぞという時にそんなにうまくはいかないものです。
そのかわり、人生とはそういうものなんだという事はわかったのでした。