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7 彼女を妻に選んだのは③

 


 せっかく二人だけでいて秘密の会話ができる機会でもあるので、マリエールは少し躊躇しながら訊ねてみた。

 

「あの、テオはわざと私に、バロン様の秘密を知らせたのよね」

「はい。そうですね」


 サンルームに咲く沢山の花々に囲まれた姿がやけに似合っているテオは、ごまかすことなく頷いた。


「どうして? 主人であるバロン様は知られるのを嫌がっているみたいなのに」


 マリエールが続けてする質問に、彼はすぐに答えてくれる。


「テオはバロン様の味方ではないの?」

「まさか。主と認めていない方に仕え続ける趣味はありません」

「だったら、どうして? 主が嫌がっているのに、私に秘密をばらしてしまうの?」

「バロン様の為ですよ。まあ、本人に知られれば怒られるでしょうけどね」

「え?」


 マリエールは、見上げた薄紫の瞳が柔らかく細められているのに気づいた。

 何かを企む人間の目では決してない、暖かな表情にみえた。


「あの方は臆病なだけです。だからこちらから背中を押さないといけないのです」

「臆病……?」

「えぇ。奥方となられたマリエール様に、頑固で臆病なバロン様ではこの家の血にかけられた呪いのことを、おそらく一生言えないでしょう。だから私の方でさっさとばれてしまうように画策させていただきました。早く仲を深めていただかないと、お世継ぎ問題にも関わりますしね」

「おっ、お世継ぎ、なんて」

「おや。赤くなられて、初心なことです」


 くすくすと笑われて、ますます顔が赤くなってしまう。


(でも、そうか。テオがすこし強引にでもバロン様の秘密を渡しに知らせたのは、私とバロン様の距離を縮める為なのね)



 バロンの秘密を知らなければ、マリエールはまだずっとただバロンが怖いだけだった。

 しかし彼が自分を遠ざける理由が『兎になることをしられたくないから』だともう知ったから、彼にたいする恐怖は確かに和らいでいる。


「でも。どうしてバロン様本人はあんなに(かたく)なに隠そうとするのかしら。夫婦、なのに」

「……夫婦として仲良くなれば、夜を共にしないわけにはいかないでしょう? あの方にとって、自分が夜に獣に変身する奇特体質だと誰かに知られることは、本当に何よりも隠したいことなのだそうです」

「そう……。でも私はとっても可愛いと思うの。隠すような恥ではないのではないかしら?」

「可愛いからこそ、男として複雑なのでしょう。それに威厳と高潔さを何よりも重んじる家です。『呪い』を受けているなんて、本当に恥でしかないのです」


 少し真剣みを増したテオの声にマリエールは頷き、僅かに瞼を伏せた。


「それは………なんとなく、分かるわ」


 弱いところを他人に見せてはならない。

 いつも堂々と胸を張って、紳士らしい態度でいなければという、考えなのだろう。

 片田舎の男爵家生まれのマリエールでさえ、行儀作法にはとても厳しく育てられたし、貴族としての誇りや威厳について何度も説かれた。

 貴族らしく高潔であろうとすることは、生まれながらの貴族にとって絶対に必要なこと。

 国を運営するために必要な知識と力を持ち使う者たちがいるからこそ、一般の民も平穏な毎日を送れているのだ。

 

 いろいろと複雑そうではあるけれど、バロンにかけられた呪いのこと。

 そして彼がマリエールに冷たくあたって距離を置こうとした理由を知れて、なんだか力が抜けた。

 思わず大きく息を吐いて、顔をあげる。


 周囲の花々をぼんやりと見回しながら、ふと思いつきを呟く。


「夜に人間の姿でいられないって、とっても大変よね」

「先代はもう大いに楽しんでらっしゃいましたけどね。奥方の腕の中にずーーーーっと収まってらっしゃいましたよ」

「まぁ」

「グラマーな奥方でしたから、胸に埋まってそれはそれは幸せそうでした。しかしバロン様の方は、生来持った性格が大変真面目なもので、貴族らしくあろうと自分にも厳しくされているからこそ呪われた自分の身を許せないようです」

「そうなのね……呪いを消す方法は、分からないの? いえ、分からないから呪われたままなのよね」

「えぇ。今となっては、それをかけた魔女もお亡くなりになってますし」


 バロンの憂いになっている、一族の当主になる者にかけられた呪い。

 かけた魔女本人が亡くなってもまだ残る、呪い。

 

 誰かに頼る方法を取ろうとしない、意固地で気位の高い性格は少し生きづらいだろうとも思う。

 


「……あの。私、調べてみるわ。まだなにか見逃しがあるかもしれないし。王都の国立図書館などは蔵書も多いから、絶対まだ調べきれていないものがあるはずだもの」


 あまりにマリエールが一生懸命なようにみえたのだろうか。

 テオは少し驚いた顔をして、不思議そうにしている。


「どうして。貴方に何一つ得などないでしょう。もしかして、あのふわふわした兎の可愛さにほだされましたか。それともバロン様に惚れましたか。性格はともかく、顔はまあいいですからね」

「いいえ」


 マリエールは苦笑いしつつも、きっぱりと首を振って否定した。


 別に、彼に何か特別な情を持っているわけではない。

 だってバロンはマリエールに冷たい態度しかとってくれない。

 秘密ばかりで大切なことを何一つ言ってもくれてなかった。

 まったく距離の縮まりそうにない相手に、何でもしてあげられるほど聖人君子な性格ではないのだ。

 むしろ初対面であんな態度と台詞を妻に投げられるバロンへの感情は、マイナスになっていた。

 マリエールの方は歩み寄ろうとしたのに、彼の方は突っぱねてばかりで、少し複雑な気分でもある。



 ただ―――、兎には少しばかり思い入れがあったから。



 兎がこの家とって呪いの象徴だということが、気に入らなかったのだ。




「……懐かしいと、思ってしまったの」

「懐かしい?」

「えぇ。実は昔、すごく子供の頃……十年くらい前に、兎を飼っていた頃があったの。ほんの一カ月間くらいだけど」


 子どもの頃に実家のトラスト男爵家の屋敷の傍で、怪我をした兎を保護したことがあるのだ。

 元気になるなり開いていた窓から逃げ出されてしまったから、たったの一カ月だったけれど。

 でも本当に、マリエールはあの兎が大好きだった。


「怪我をしたところを保護したのだけど、ずいぶん懐いてくれて、情も移ってしまって。今でも時々思い出すわ。……だから少し、兎には思い入れがあるの。いくら恨んでいたとしても、大切だったはずの兎を呪いに使った魔女も気に入らなくて――――あの、テオ?」 


 話ながらふと見上げたテオは、なんだかとても驚いた顔をしていた。

 

「テオ、大丈夫?」

「…………」


 マリエールが声をかけても答えてはくれず、口元に手を当てた姿勢で考え込んでしまった。

 

(どうしたのかしら)


 不思議に思いつつも待っていると、やがて彼はこちらを窺うような、値踏みするかのような目を向けつつ口をひらいた。


「……あなたは、どうしてご自分がグラットワード家に迎え入れられたか、ご存じですか?」

「え……?」


 どうして、マリエールが侯爵家に嫁いだのか。

 

 もちろんマリエール自身の意思ではない。

 実家であるトラスト男爵家に利益があるからつなげられた政略結婚だ。

 そしてグラットワード侯爵家にももちろん、この結婚での利益があるからだと聞いていた。


「それは、うちは辺境にあるけれど、温暖な気候で品質の良い農作物が安定して取れるからではなかったかしら? だからうちに縁談を申し入れてくださったのでは?」


 この王都から少し外れたグラットワード侯爵家の本領地は商業都市だ。

 領地の発展のために品質の良い農作物を優先的に仕入れられる地との繋がりを欲していたと聞いている。

 対してマリエールの実家であるトラスト男爵家の領地は農作物の生産地で、近年の品種改良のかいあって収穫量が増えたので、作物を販売するための大きな市場を探していた。

 繋がり合うのにちょうどいい、二つの領地。

 そういうお互いに利益がある領地同志の絆の強化のために、グラットワード侯爵家とトラスト男爵家の婚姻が結ばれたはず。

 

 そう説明すると、テオは何だか微妙な表情で笑った。


「まぁ、外聞的にはそうです」

「外聞的?」

「失礼ながら田舎の小貴族の娘を高位貴族が(めと)るには、親戚筋の面倒な方々を納得させられるもっともらしい理由づけが必要でしたからね」

「……ええと、つまり本当は別の理由があると? 一体どんな?」


 どちらの家にも利益があるから、侯爵家からの婚姻の申し込みにも納得出来ていた。

 家同士の政略結婚で、本人たちの意思は関係ない―――そんな結婚だったのではないのだろうか。

 首を傾げてばかりいるマリエールに、テオは、意味深ににっこりと笑った。


「秘密です。さすがに外野の私が教えては、バロン様が可哀想でしょう。―――というか、私も今、バロン様が貴方をやたらと欲しがった理由に思い至ったばかりですが」

「はい? 理由?」


 テオは一体何を言っているのだろう。

 でもそれ以上のことは、いくら聞いても本当に教えて貰えなかった。



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