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6 彼女を妻に選んだのは②



 屋敷の主の妻として、屋敷のインテリアを整えること。

 どこをどんな風に変えようか。

 昨日に一通り案内してもらっていた屋敷の中を思い浮かべながら考えた。


「そうね……まずは、お庭に手を入れてみましょうか。植物ならまだ自信があるわ。インテリアは、王都の流行とかを少し勉強しないとね」

「かしこまりました。庭師を手配いたしますね」


 それからしばらく、マリエールは朝のお茶を終えてヴィセと一緒に中庭へと降りた。


 庭へ出ると、白いひげを生やした大柄なおじいさんが迎えてくれた。

 ずいぶん日焼けしている肌に、筋肉質な太い腕をしていて、胸板も服の上からも分かるほどに厚く、年齢はお爺さんなのにとても(たくま)しい。


「マリエール様。この屋敷の庭師たちを取り仕切っている者ですわ。名前は……ええーっと」

「ヴィセ?」

「ちょっ、ちょっと待ってください。あれ? えーと……」


 庭師であるらしいお爺さんを紹介してくれていたヴィセが、眉を寄せて唸っている。

 どうやら彼の名前が思い出せないらしいのだ。

 そんな彼女に、庭師は大きく笑う。


「はっはっはっ。庭師のジィとでも呼んでくれやさぁ」

「ジイ?」

「えぇ……マリエール様。みんなそう呼ぶので、すみません。私も本名を覚えてませんでした」


(ジイ……。確か昨晩、バロン様の秘密を知っているのは、テオと庭師のジイだけだって話してたわ)


 なら、彼に聞けば本当にあの兎がバロンであるとの確証を得られるのだろうか。

 マリエール的にはもうほぼ兎イコールバロンなのだが。

 しかし誰かにきちんと確認を取りたいのだ。はっきりとした確証が欲しい。

 

 でも何も知らないらしいヴィセがいるので今その話は出来ない。

 思わずじいっと背が高く大柄な彼を見上げていると、ニカッと歯を見せた笑みを向けられた。


「わ」


 大きな、力強い頭で撫でられる。


「ジイ! 奥方であるマリエール様に失礼です!」

「はっはっはぁ! 坊ちゃまの奥さんなら、嬢ちゃんだな」

「なっ……! もうジイってば!」


 目を白黒させているヴィセの横で、撫でられ続けているマリエールは吹きだしてしまう。

 ジイの手は本当に力強くて、世界がぐらぐらと揺れていた。

 それが何だか、とても面白かった。


 同時に、初対面でも遠慮なく接してくれる気さくさと豪胆さが好きだなと思った。

 だってまだマリエールはこの屋敷に来たばかりで、使用人たちとも全然打ち解けきれていなくて。

 ヴィセとも、仲良くなれそうかも―――とは思うけれどまだまだでもあって。

 そんな中で距離なく接してくれた彼の態度が、とても嬉しかったのだ。


「ふふっ、―――ジイ」


 マリエールはジイの服の裾を引いて、はにかみを浮かべながら見上げた。


「ん? どうした」

「あのね。出来れば食用にも出来る種類の赤い薔薇を植えたいの。実家の庭に植えていて、毎年季節になると家族で積んでジャムを作っていたの」


 なつかしさにマリエールの薄茶の瞳が緩む。

 そんな彼女に、ジイは今度は頭をポンポンと叩きながら頷いた。

 

「そうかそうか。うん! じゃあ仕入れといてやるからなぁ。花壇の用意も任せとけぇ。配置は全部届いてから一緒に考えようや」

「えぇ。よろしくね、ジイ」


 それからマリエールは、ジイの案内でヴィセと三人で庭を散歩した。

 たくさんの種類の花が植えられた、きちんと手入れされた庭。

 豪快な雰囲気のジイが取りまとめているにしては意外なほどに繊細で美しかった。

 庭端にはガーデンテーブルの置かれた明るく温かなサンルームもあり、これからのマリエールの憩いの場になりそうだ。

 

「ジイ、この花は何? 見たことがないわ」


 サンルームの中に入り、花壇に植えられていた黄色い花を指す。

 そうやって彼の方を降り向いた時、ジイの居るもっと後ろの方……サンルームの入り口に新たな人影が現れた。


「テオ?」


 白銀の長い髪をなびかせる、美しい男性。

 陽のたくさん降り注ぐサンルームの中を歩くと、ゆらぐ髪はきらきらと輝いてさえ見えた。

 そんな彼がこちらにやってきて、とても色香のある笑みを浮かべつつ、マリエールへ告げた。


「マリエール様。昨夜は遅かったようですが、きちんとお眠りになられましたか?」

「えぇ。部屋に帰ったあとはすぐに、朝までぐっすりだったわ」

「それは良かった。それで本題なのですが、もうそろそろバロン様の執務が落ち着きます。よろしければ昼食をご一緒されてはいかがでしょう」

「まぁ、バロン様と!」


 マリエールの表情がパッと華やいだ。

 バロンに避けられたままではこれから毎日一人きりの食事になってしまうのではないかと、寂しく思っていたところだ。


「嬉しいわ。ぜひ」


 マリエールが頷くのを確認したテオは、次にサンルームの中を見まわした。


「……このサンルームが気に入りましたか?」

「えぇ。とても。どの植物も丁寧に手入れされて生き生きしているし、ジイもとっても優しくて楽しいし、大好きだわ」

「ふわっはっはっは! 嬉しいこといってくれるなぁ嬢ちゃんは」

「ふむ……。では、本日はこのサンルームに昼食を運ばせましょうか」


 テオの提案にマリエールは薄茶の瞳を瞬いた。

 花に囲まれての昼食なんて素敵だが、あのバロンがそんな事をしてくれるとは思ってもいなかったのだ。


「いいのかしら」

「ええ。大丈夫です。昼食をこちらに運ぶだけですからそんなに手間もないでしょう。バロン様もすぐに運んできますから」

「バ、バロン様も……運んでくるの……?」

「あっという間ですよ」

「えぇ?」


(もしかして一緒に昼食をというのは、テオが勝手に言っているだけでバロン様の許可はまだ取ってないのかしら)


 そんな空気を感じて戸惑っている間にも、周囲は動いていく。

 主にテオの仕切りで。


「ではヴィセは、厨房へ行ってここへ昼食を運ぶように伝言を。テーブルセッティングもお願いします」

「かしこまりました」

「ジイは、バロン様を運んで来てください。執務室で机にへばりついてます」

「おうよ!」

「ジイが運ぶのね……」


 確かに大柄だし、細身のバロン一人くらい軽々と(かつ)げるだろう。


(うーん。いいのかしら)


 みんながみんなテオの言う事をほいほい聞いている状況に、マリエールは困惑した。

 どうやら彼はバロンの補佐であると同時に屋敷の使用人たちを取りまとめる役ももっているらしい。

 でも一番に尊重するべきなのは、当主であるバロンの考えなはず。

 先にお伺いを立てないで、勝手に動き始めていいのだろうか。


 そんな風に心配していたマリエールの頭に大きな手が乗せられた。

 上を向くと、ジイが頼もしくほほ笑んでいた。


「ジイ?」


 首を傾げるマリエールにジイは歯を見せて笑い、頭を撫でてくる。

 笑うと彼の目元のシワがいっそう深くなった。


「心配せんでも、テオ(ぼう)は坊ちゃまと嬢ちゃんに早く仲良くなって貰いてぇだけだよ」

「そう、なの?」


 正面に立つテオへと視線を向けると、テオは紫色の切れ長の目を細めて、色っぽく笑った。


「もちろんですとも。……というかジイ。その呼び方はもう本当にやめてください」

「はっはっは! じゃあちょっくら、坊ちゃま持ってくるわ」

 

 そうやってジイがバロンのいるらしい執務室に、ヴィセが厨房へと向かったあと。

 サンルームにはマリエールとテオが残された。

 彼と二人きりは初めてで、マリエールは少し緊張してしまう。

 何を考えているかよく分からないタイプの人は、正直言って少し苦手だった。

 

(あ。兎が居なくなってしまったことを報告しないと)


「テオ。昨日の夜に寝室に連れて行った兎が、朝に起きたらいなくなっていたの。放って置いても大丈夫なのかしら」

「おや? 何を言ってらっしゃるのです。マリエール様は昨夜、聞いてらっしゃったのでしょう。我が主が兎になる呪いをかけられていると。バロン様は人間の姿に戻られて執務をしてらっしゃいますよ」

「……やっぱり……テオは気づいていたのね。そしてやっぱりあの兎がバロン様なのね」


 自分があの事を盗み聞いていたことを、やはりテオは知っていた。

 そして兎がバロン本人であると、はっきりとマリエールに告げた。

 状況証拠が揃いすぎていて、バロンはあの黒くて可愛い兎でもあるのだと、認識しないわけにはいかない。

 完全に信じ切れたかと言えばまだ微妙なところだが、でももうマリエールにとってあの黒い兎はバロンなのだ。


(でもたぶん、テオはわざと私に聞かせたのではないかしら。秘密にしたいのなら、こんなにあっさりと教えないわ)


 彼は昨夜、マリエールが廊下に立っている気配を察したから、わざわざバロンを煽り立てるようなことを言って、廊下にまで聞こえるほどの声量で詳細を話すようにさせたのではないかと思うのだ。

 声が聞こえるようになる直前までの会話は、まるで聞こえなかったから。

 それにあんな騒ぎがしょっちゅうなら、この屋敷に勤める者たちが気付かないはずがない。

 誰も気づいていないということは、あの時を狙っていたとしか思えないのだ。




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