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臆病なうさぎさん  作者: おきょう
続章

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2-15 侯爵の過去②



『バロン様はどうして、呪いをそんなに(うと)んでらっしゃるのでしょう』


 涙を落としたあとの赤い目元を向けながらも、真っ直ぐに問うてくる愛しいひと。

 彼女の言葉に、バロンは眉を寄せ息を呑んだ。


(どうして、か)

 

 瞼を伏せると思い出す、幼かったころのこと。


 呪いを疎む――きっかけが、あったのだ。


 自分で自分のことが嫌いになるきっかけが。

 自分の中に流れる血が嫌で嫌で仕方がなくなるきっかけが、確かにあった。

 同じ呪いを受けている父を一度でも嫌だなんて思ったことは無かったのに、自分の中に流れている血だけは気持ち悪くてどうしようもなくなった瞬間が。


 しかしバロンはそれを今まで誰にも言ったことはなかった。

 だって家族も、今の自分を受け入れてくれている家臣たちも悲しませてしまうだろうから。

 

 なのにマリエールにこうして真っ直ぐに、『教えてください』と縋るように、頼まれてしまえば。

 彼女にだけはどうしても甘く弱くなってしまうバロンは、答えずにいられない。

 それにこの件について隠すことをもうマリエールは許してくれないと分かるから、バロンは手のひらを握りこみ、低い声で引き絞る様に声を紡いだ。


「逃げられたんだ」

「……え?」


 端的な言葉過ぎて理解出来ず、不思議そうに瞳を瞬く彼女から、バロンは視線を逸らすようにさらに瞼を大きく伏せつつ横に流した。


「……昔、友達だと……思っていた人に、兎になるところを見られて」

「……」

「それで……」


 兎になるところを見られた相手は、人付き合いの苦手なバロンにとって唯一の友達だった。

 優しくて気安くて、いつだって朗らかな笑顔を絶やさない人だった。

 なのに、バロンの兎になる瞬間をみたとたん。




「化け物だと、怯えられて泣かれたんだ……」

「そんな、ひどい……」

「当然の反応でもあるがな。相手はそのまま、泣きながら逃げて行ったな」

「っ……」


 バロンのひどく重い声に、目の前のマリエールが息をのんだのが分かった。

 苦みが喉の奥から吹き沸いてきて、思わず自嘲気味に、鼻で笑ってしまった。

 


 あの日、確か流星を一緒に見たいとかで彼はグラットワード家に泊まりにやってきたのだ。

 何十年かに一度しか見られない景色を他でもないバロンと見たいとそう言ってくれた彼の誘いを、上手く断ることが出来なくて。

 呪いの現れる時間になる前に眠くなったと言い訳をして部屋に帰ろうとしていたが、流星に夢中になって忘れてしまった。


 そしてうっかり兎になったバロンを見た彼が青ざめた顔で逃げるように帰っていって以降、一度も連絡を取っていない。

 バロンから手紙を出す勇気も会いに行く勇気もなかったし、向こうからも何の反応もなかった。

 話が広がることは無かったので、言い触らされたりはしなかったようだが。


「マリエールも、あいつを見たことはあるはずだ」

「え?」

「この間の観劇で、正面のバルコニー席に居た二人連れがいただろう」


 劇場で彼を見かけて思わず固まってしまったバロンにマリエールは『お知合いですか?』と不思議そうにしていた。


「あの方が」

「狭い貴族社会だ。顔くらいは時々見るが……会話も挨拶もしない仲になってしまったな」


 ……呪いのことを知られた瞬間から、ふっつりと切れた縁。


 あの出来事が、バロンが自分の呪いについて深く考え過ぎるようになったきっかけだ。

 それまではごく普通に、受け入れていた。

 だって生まれた頃からもっていたもので、違和感さえもっていなかったのだから。


 たどたどしく、ゆっくりとマリエールに話をしたバロンは、重い息を吐き出した。


「……あれから私は、この姿を疎むようになったんだった」

 

 一番の友達を失った出来事。

 自分が、あの人好きのする性格の友人が怯え慄くような存在なのだと突き付けられてショックだった。


「バロン様……」

「っ、」


 そっと、バロンの手を優しい温もりが包む。

 

「手が、とても冷えてます」

「冬だからな」

「そうでしょうか」


 マリエールの手が、バロンの手を温めるように撫で摩っていく。

 慰めるように、優しく触れられる。


 柔らかな温もりがじんわりと指先から染み入ってきて、過去を思い出してジクジクと痛みだしていた胸の中が、ゆっくりと落ち着いて行くのをバロンは感じた。

 バロンの手を(さす)りながら、優しい声をマリエールはかけてくれる。

 

「ずっと、お友達と仲たがいしたままなのは寂しいですね」

「あぁ……」


(……もう何年も経っているんだな……ずっと)


 あの時は避けられたことがショックで、なにも出来なかった。

 呪いを知られるということはこういうことなのだと突きつけられた気がして、もう二度と誰にも知られたくないと心から思っていた。

 でももう、マリエールのようにこうして何もかもを知っても味方になってくれる人も確かにいると知ってしまった。

 さらに自分が過去に捕らわれてうだうだとしていることが原因で、マリエールを泣かしてしまったのだ。

  

「マリエール」 

「はい?」


 バロンの声に釣られて、手を見下ろしていたマリエールが顔を上げた。

 目の前にある橙色の瞳を、バロンは真っ直ぐに見据える。


「……マリー」

「……はい」

「近いうちに、会いに行ってみようと思う」

「どなたに?」

「彼に、レオナルドに会いに行こうかと思う」


 兎になったのを見られた日から、まったく連絡を取っていない友人レオナルド。

 一度逃げられたことがショックだったというだけで、バロンはそのまま何もせず、ただ自分の中に流れる呪いを恨むことしかしなかったのだ。

 訳を話せば、マリエールのように理解してくれたかもしれないのに。


(それにマリエールは、私と夫婦になりたいと言ってくれた)



 マリエールとの将来なんて望んでいなかったはずなのに。

 一時の思い出として彼女を娶っただけだったのに。

 実際に言葉にして言われると、バロンはただ単純に嬉しかったのだ。


 だから一歩踏み出す為に、これ以上彼女を泣かせないために。

 この先の未来を考えることが出来るようになるように、過去をきちんと清算したいと思った。

 

 過去の自分を乗り越えたいと、バロンは思った。


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