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臆病なうさぎさん  作者: おきょう
続章

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2-13 嘘と本当②

それに何よりも、薬に関しては過ぎるほどに真面目だった。

 彼女は両親を逸り病で亡くし天涯孤独となり、トラスト男爵領に居た魔女の弟子として引き取られた子だといつか聞いたことがある。

 病気で家族を亡くした子。

 だからこそ病気の人を一人でも多く治す為、ガーネットは魔女から薬づくりを必死に学んで、魔女の呼び名を継ぐまでになった。


 なのに、未完成の薬を渡すなんて。

 もしかして何か理由があるのだろうか

 

「ねぇ……どうしてそんないい加減な態度をとるの? ヴィセや他の、グラットワード家の皆にもいい態度をとってなかったわよね?」

「あー……」


 不自然に目をそらされて、マリエールのおぼろげな違和感は確信に変わった。


(間違いなく、おかしいわ)


 彼女は気まずいことからは逃げてしまう子だと知っている。

 こういう所があるから、ガーネットは森の外の人と打ち解けられないのだと分かっているのだろうか。

 マリエールもたいていの時は、友達であっても出しゃばりすぎかと思って口にはしないけれど。


(でも、今回は駄目よ。逃がしてあげない)


 マリエールは目の前のガーネットの頬に手を伸ばし、両頬を包んで自分の方を向かせる。

 ガーネットという名前と同じ透き通る様に美しい赤い宝石とそっくりな瞳を見据えながら、静かに口を開く。


「ガーネット?」

「……」

「ねぇ、どうしたの?」


 どんどん心配になってきたマリエールは、眉を下げて触れている頬を指先で撫でる。

 ……何歳かは分からない、でも子供のような容姿をした友人は、気まずそうに口元を引き結んだ。

 顔を背けられないから、視線だけ横へとそらしたが、少ししてためらいがちにマリエールを見上げてくる。

 不安そうな、今にも泣き出しそうな表情だった。


「……ごめんなさい」


 わずかに震えを帯びた声に、マリエールは息を飲んだ。


「困らせて、ごめんなさい」

「困っている訳ではないわ。どうしてって、思ってるの」

「ず、ずるくて。いじわるで、ごめんなさ、い」

「ガーネット?」


 マリエールは、触れている頬をそっと撫でて眉を下げた。


「理由を教えて? どうしてバロン様に完成形ではない薬を渡したの? 効くかどうかも分からないものを、説明さえなく出すような子ではなかったでしょう?」

「だから、それが意地悪なの」

「え……」

 

 彼女は吐き出すように言う。


「だって! マリーは私の唯一の友達だったんだもの! 取られたのが、くやしくって! だから、まぁ失敗してもいいかなって、適当な対応をしたわ」

「………」

「自信があったっていうのも嘘。聞いただけでポンッと、呪いを緩和できる薬なんて出せるはずないの……っ」


 くしゃりと、ガーネットの顔が歪んだ。

 本当に今にも泣き出してしまいそうなほどに、赤い目が潤んでいる。


「友達なんて―――初めてだったの」


 その台詞は、聞いている方が切なくなるくらい寂しい響きをもっていた。


「たぶん、きっとずっと一生、あたしに出来る友達はマリー一人だけだわ」

「そんな事ないわ」

「ううん。分かるもの」

「っ……」


 おそらくガーネットは、マリーエールより年上だ。

 知識量が子供としてはありえないし、時々ひどく大人びた意見も言う。

 

 なのにいままで、友達の一人もいなかった。これからも絶対にできないとさえいう。

 

 家族も、親戚も、世間話をする程度の相手も、彼女にはいない。

 知ってはいたけれど、ガーネットは平気な顔をしていたから平気だと思っていた。

 森の奥で一人きりでも、大丈夫な子なのだと、思い込んでいた。


「……魔女なんて、誰も近づかない。マリーだけなの」

「そんなこと……」

「そんなことあるわ。人は良く分からないものに、近づかないのが普通だもの」

「……」


 森の奥に住んでいるのは、隠れる為でもあるのだろうと、なんとなく感じていた。

 自分だけが背が高くなっていく中、ガーネットの姿だけは変わらないことをもちろん不思議に感じたけれど、それもまた子供だったから自然と受け入れられた。

 魔女ってそういうものなのだと、マリエールは何も変には思わなかった。

 本当に、そういうものなのだと。


(私って少し感覚がへんなのかしら)


 バロンの呪いも、ガーネットの魔女という身分も姿も特に奇妙にも思わずにいる。 

 もちろんとっても珍しくて不思議なことだとは分かるけれど、嫌だとは一切感じない。

 なのに彼らはひどく、他人とは違う自らの部分に怯えているのだ。


 マリエールには、彼らがどうしてそれに怯えているのかが分からない。

 別にいいじゃないと結構楽観的に思ってしまう。


「……ごめんなさい。気づけなくて」

「マリーが悪いんじゃないわよ。女が結婚して嫁いでいくのは、普通のことだもの。そのうえマリーは貴族の家の子よ。私とは違う、責任も義務もあるわ。だから仕方がないって、思ったの」

「ガーネット……」

 

 結婚が決まったと伝えた時、ガーネットは普通に「おめでとう」と言ってくれた。

 離れることも、当然なことだと受け入れてくれた――ように見えていたけれど。

 本当は寂しくて寂しくて不安で、引き止めたくて泣きたかったけれど、出来なかったのだろうか。


「でも。それが意地悪していい理由にはならないもんね。本当にごめんなさい……」

「ううん。理由は分かったし、反省してくれたのなら」


 ほっと息を吐いたガーネットは、しかしまた眉を下げて伺うような仕草を見せる。


「……重くない? 一生に一人きりの友達なんて、相当重いっていうか、うっとうしいじゃない」


 だから、どれだけ大切なのか今まで言えなかったと、小さく囁かれた。


「まさか。びっくりしたけれど、ただ嬉しいだけよ」

「そう? そっか……」


 ガーネットは、マリエールの言葉を噛みしめるように笑顔を浮かべてみせた。

 本当に本当に嬉しそうに、彼女の頬は緩む。


(ちゃんと、話してから嫁ぐべきだったわ)


 結局、笑ってあっさりと見送ってくれた彼女のことを何も考えていなかったのだ。

 ガーネットが王都まで来てくれなければ、マリエールはずっと友達の本当の胸の内を知らないままここで過ごしていた。


「ガーネット。会いに来てくれて有り難う。大好きよ」

「っ、うん……!」


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