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臆病なうさぎさん  作者: おきょう
続章

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2-7 エメラルドブルーの香水瓶①


 バロンに勧められた通り、マリエールはガーネットと二人でのんびりティータームを楽しむことにした。



 なにせ半年以上ぶりの再会だ。

 お互いの近況報告だけでも話す話題は、たくさんある。


 たとえば最近のトラスト男爵領内のこと。

 ガーネットの住んでいた森の動物たちの様子。

 王都での流行のお菓子やファッション。

 そんなことを止めどなく話していた最中、お互いに息をついたタイミングで、ガーネットが切り出した。

 もう何個目かもわからないチョコレートを口の中で溶かしながら、普通に世間話をするかのように。


「それで。あたしの親友は何をそんなに思い詰めているのかしら」


 そのガーネットの台詞に、二度大きく瞬きをしたマリエールは次の瞬間、肩をすくめて苦笑を漏らす。


「お見通しなのね」

「そりゃあね。貴方の元気がないことくらい、少し話せばわかるわよ」


 鋭い観察眼からマリエールは視線を落とし、手の中のティーカップを見つめた。

 ガーネットはミルクティーにしているが、こちらのお茶はレモンの輪切りが一枚浮かんだレモンティーだ。

 自分の顔が映ったそれをマリエールは一口飲んで喉を潤した。


「……あのね」

「うん」


 ……家庭内の問題なんて、おそらく外へ漏らすべきではないのだろう。

 でもマリエールはもう一人では抱えきれなくなっていた。

 それにきっとガーネットは言いふらしたりしないという、長年友達をしてきた上での信頼があったから。一呼吸おいて、ゆっくりと吐き出し始めてしまう。



「バロン様は、呪われた血を残したくないらしいのよ」

「へぇ? それで?」

「その……子供を作る気がないって言うの。自分の代で終わらせるって。というか、子供を作るどころか、実は未だにキスさえもないのよ。頬にさえよ? 私達これでいいのかしらと、思って」


 ガーネットはチョコレートを摘まもうと伸ばしていた手を止めた。


「……はぁ? ええっと、結婚して何カ月だっけ」

「半年は過ぎたわ」

「それはそれは……」



 バロンは不愛想だし言葉遣いも素っ気なく、分かりづらい人だと思う。

 口付けも、抱きしめることも、愛を語らうこともしてくれない。

 しかしマリエールに対してはとても優しく、少し肩が当たっただけで真っ赤になる様子から、彼に好かれていて、愛されているという実感はあった。


 ただ大事にはされていても、結婚して半年以上も経っている夫婦が手に触れる機会さえほぼないのはおかしいと思うのだ。


(兎のときは結構積極的に膝の上に乗ってきて、擦り寄って来たりするのに。人間になるととたんに駄目なのよね)


 可愛い小動物な兎ではなく人間の、夫婦として近づきたいのに、彼は近づかせてくれない。


 バロンの方が自分を思ってくれているはずなのに、距離は開けられてばかりいる。

 これではまるでこちらの方が片想いのようで。


 ―――時々、泣きたくなるくらいに寂しく、不安になるのだ。


「ねぇ……家の未来を話し合うのって、普通のことよね」

「普通じゃないの? 将来設計は共有出来ていた方がいいでしょう。たぶんね」

「そうよね」


 でもこの家では一切、無い。


 子供の予定ももちろん。

 五年後、十年後、傷み始めるだろう屋敷をどう改修しようかも。

 春になったらどこかに出かけようなどのことも、話さない。

 せいぜい数日後の予定を確認し合う程度で、半年後のことさえ会話にでてこないのだ。


 夫婦としても家族としても、少しおかしい状態で進んでいってしまっている。


「バロン様はきっと、私との将来は無いものとして扱っているの」


 呟いたマリエールは思わず、膝の上に置いた手をきつく握りこんでしまう。

 声もどんどん小さくなっていた。




 深刻なマリエールとは反対に、目の前のガーネットはあっけらかんとしたものだった。

 「うーん」と可愛らしく小首をかしげて唸り、聞いてくる。



「マリエールは、それでいいの? 納得してるの?」

「…………」


 納得していないから、夫の決意に頷くことが出来ない。

 しかし彼の決意の硬さと理由も分かるから、はっきりと否定も反論もしていなかった。

 


「―――あなたたち。もっときちんと話し合うべきだと思うわ」

「私もそう思う」


 でも、まだまだまだまだお互いに遠慮ばかりの関係で。

 腹を割って話し合うという間柄には、まったく全然なれていない。

 気持ちを全部さらして本音を口にするのは、とても勇気がいることなのだと最近思い知るようになった。

 

「なんだか夫婦って、難しいのね。結婚さえすれば、もう夫婦なのだと思っていたの。でも堂々とそう言えるにはまだまだ遠くて、全然届いてない気がする」



 微妙な距離のある、手さえ触れることに躊躇するこの関係が、ひどくもどかしかった。


(あの時……私が怪我をした時、話し合えて分かりあえたと思えたのは、気のせいだったかしら)


 確かにあの事件がきっかけで普通に交流を持つようにはなったのだ。

 彼の本音も聞けた気がした。

 けれど、冷たい態度がなくなったという程度で、家族としては全然距離が足りたない。

 

 

(本当にこのまま夫婦でいてくれるつもりなのかさえ実は分からないし)


 あの時に話してくれた、マリエールとは最初からいずれ別れるつもりで結婚したという考えは、今の彼の中ではどうなっているのかも良く分からなかった。

 ひょっとして、そのままなのだろうか。

 バロンはいつか、この家からマリエールのことを放り棄ててしまうつもりなのか。


 せっかく慣れてきて、大切な人も増えてきた場所なのに。―――手を、離されてしまうのだろうか。


 ひとつため息を落としたマリエールは、ふと思い立って話を変えた。



「―――そういえばガーネットは、好きな人は居ないのかしら? というか、いい加減に年齢くらい教えて欲しいものだわ」


 ガーネットとは十年ほどの付き合いだけれど、あのころから彼女の容姿は一切変わっていない。

 十歳を少し超えた少女のままの姿なのだ。

 魔術も魔法も禁止されているなら、特別な若返りの薬でも使っているのだろうか。

 それとも、この若々しさを保つための化粧品かメイク術でももっているのだろうか。

 

(でも若々しい容姿というより、むしろ幼いの方が当てはまる姿は、薬うんぬんではどうにも説明がつかないのよね)


 美についてはどうしても気になる女心。

 興味深々で身を乗り出して聞き出そうとしたマリエールに、ガーネットはチョコレートをまた一粒口に放り込むと、意味深に片目をつむってみせた。


「な、い、しょ」


 可愛らしく口元で一本指をたてる少女の謎は、たぶんずっと解けないままなのだろう。


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