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臆病なうさぎさん  作者: おきょう
続章

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2-6 魔女の来訪⑥

 びっくりして目を丸めているマリエールと、思いのほか高くなったことに恥ずかしそうに頭を隠しているバロンをしり目に、ガーネットはソファの脇に置いていた大きなトランクケースを広げた。


 すぐに鼻に漂って来たのは、薬草独特の香りだ。


(懐かしいわ。ガーネットの家の中と同じ匂いがする)


 トランクの中には少しの衣服と、たくさんの薬袋や瓶、何冊かの本がマリエールとバロンの目からも見えた。

 ガーネットは、割れないように固定されていた瓶の一つを手に取った。


「マリエールの手紙を読んで何種類か用意してきたけれど、聞いた限りではこれが一番合いそうね。じゃじゃーん! かーいーじゅーやーく―!」

「解呪薬!? わぁ」


 思わずマリエールの口から歓声が漏れた。

 恥ずかしさに顔を隠していたバロンも我を取り戻し、前足を器用に使って拍手している。

 残念ながら兎が頑張って拍手しても短い毛が何本か飛び散り、ポフポフという音がかすかに聞こえるだけだが。


「綺麗な薬ね」

「でしょ?」


 ガーネットの掲げる薬瓶。

 美しい細工の施されたガラスでできた瓶は、一見すれば女性用の香水瓶にも見える……というか、元々は香水瓶として作られたものに薬を淹れたのだろう。

 指でつまんだそれを、ガーネットは揺らしてみせた。

 チャポチャポという水音が聞こえた。


「これを飲めば、一時的に呪いの効果を消せるわ」

「一時的に? つまり、具体的にどれくらいなの?」

「一晩くらいはもつはずよ」

「充分よ」


 一晩あれば問題なく重要な行事ごとや社交場に顔を出せる。

 社交嫌いで人前に滅多に出ない人、というバロンのイメージを払拭できるかもしれない。

 マリエールは一瞬喜んだが、はたとあることに気が付いて首を傾げた。


「解呪が違法なのに、これは違法ではないの?」

「んー……あのね。メロンさまの呪いは『血』にかけられてるじゃない。だから血液の病気にかかった人の治療薬が効くのよ。それがこれで、普通に使ってオッケーなものなの」

「へぇ、そうなのね」

「うん。呪いを解くための薬ではないから、もちろん治ることはないわ。用途も違うから乱用だってオススメしない。絶対に私が許可した以上の量を取らないことは約束してもらう。でも魔女の特効薬だから、市場には出まわらない貴重品であることには違いないわ」


 その後、真面目な顔でいくつかの注意事項を述べたあと、ガーネットはにんまりと笑って、瓶を机の上に置いた。


「さぁ、侯爵様はこれをいかほどで買い取ってくれるのかしら?」


 キラリ。ガーネットの赤い瞳が光を放つ。商売人の目だ。


「えーと……バロン様?」


 マリエールは、眉を下げてバロンを見下ろす。


(魔女の薬って、凄い価格なのよね)


 つまり、それだけ効果があるということだ。

 傷薬や栄養剤、保湿クリーム程度の常備薬的なものは一般の五倍程度。

 しかし本当に魔女にしか作れない病気の治療薬などは、屋敷一つ買えるくらいのものもあったりするのだ。それだけ材料が貴重で、知識も技術も存分に詰まっているということ。

 今回のこれはガーネットの口ぶりからして、おそらく薬の中でも相当に高いものということなのだろう。

 

(屋敷まではいかなくても、大粒の宝石くらいの値段はするのかしら)


 はらはらとしているマリエールの膝の上から、バロンが降りた。

 そこからジャンプし、ソファからも飛び降りて両方の前足でポンポンッと、ソファに簡単に畳んで乗せ置いていた衣服を叩いた。

 次にソファを飛び降り、扉へとかけていく。

 ちらりとマリエールを振り返り、前足で開けてくれというふうに扉を叩いた。


「あぁ。はい、わかりました」


 バロンの言いたいことを察したマリエールは彼の服を持って立ち上がる。

 バロンは人間に戻ってガーネットと話したいのだ。 

 でもこの場で戻ると彼は素っ裸。

 若い少女の前でもだが、マリエールに裸を晒すのも良しとしない人だ。

 別室で着替えたいから服を持ってきて欲しいと、訴えているのだろう。


 隣の部屋に兎と服を残して、マリエールがガーネットのいる部屋へ戻って数分。

 人間の姿のバロンが乱れた髪を手で撫でつけながら帰ってきた。


「怪しい呪い師や占い師に何度引っかけられたと思っている。幾らマリエールの友人だろうと相当な金額になるのなら本当に効くという確証が先に欲しい」


 その、疑いながら机の上の瓶を睨む様子に、マリエールは眉をよせた。

 『何度引っかけられたと』と、確かにそう言った。


「バロン様……まさか過去に解呪の為に変な壺を買ったり、魔法の石だとか言われて宝石を買ったりしてませんよね」

「…………」


 無言で視線をそらされた。

 じいっと睨みつけていると、ぼそりと「若い頃に、三つ四つ買っただけだ」という台詞が耳に届いた。

 今度からは気を付けて家の財務状況を見ておこうと、マリエールは固く決意した。


「もう、疑い深いわね。んー……分かったわよ。とりあえずこれはお試しであげる」

「いいの? 貴重なんでしょう?」

「この効果が確認できたら、今後いくらでも買ってくれるんでしょう? それなら安いもんだわ」

 

 交渉は妥結し、バロンとガーネットの間で効果が実証できた場合の価格が話し合われた。

 決定した金額は、田舎の小貴族として生きて来たマリエールからすれば、耳を塞ぎたくなる値段だったが。

 

 

* * * *



 バロンとガーネットの間での薬の商談が終わると、彼はおもむろにたちあがった。


「私は席を外すが、ゆっくりしていかれるといい」


 元々、彼は書庫で仕事の調べものをしていたのだ。

 それを中断して来てもらっていたから、仕事に戻るということだろう。


「バロン様、お忙しいのにすみませんでした。有り難うございます」

「え、い、いや別に……私の為だし謝る必要は……ええと、じゃあ……」


 何やら耳元を赤くして出て行ったバロンを見送ったあと。


 二人きりになった室内で、ガーネットがうんうんと一人で頷く。  


「うん。あんまり表情が変わらない上に強面だけど、まぁ悪い人ではないみたいね」


 その台詞に、マリエールは笑いをこぼした。

 どうやら彼女なりに、会ったことの無い相手との政略結婚をしたマリエールを心配していてくれたようだ。


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