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臆病なうさぎさん  作者: おきょう
続章

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23/40

2-4 魔女の来訪④

 バロンをメロンと間違えられるより、彼にはどうやら気になることがあったらしい。

 なんだかいつも以上に低い声で真剣な目で、おそるおそる尋ねられた。


「マリエールは、マリーという愛称なのか」

「え? はい、そうですね。近しい人にはそう呼ばれることが多いです」

「近しい人……ま、ま、ま、まり、ま、ま、ま、ま……まりっ……」

「バロン様?」

「ま、ま、ま、ま」


 何だかぎゅうっと眉を寄せた険しい顔でブツブツ呟きだした。

 そんなバロンに首を傾げたマリエールは、とりあえず先に客人であるガーネットをソファへ座りなおすように促した。

 ガーネットが座った後にも、ひたすら「ま、ま、ま、ま、ま、ま」と訳の分からない「ま」を繰り返しているバロンも腕を引いて促し、彼女の正面に座らせる。


(私の名前を頑張って愛称で呼ぼうとしてくれているのは分かるのだけど)


 距離を縮めようとしてくれることは素直に嬉しい。

 赤い顔をして練習している姿も可愛かった。

 でも、今は目の前に客がいるのだからその練習をしてもらう時ではない。 

 後でゆっくり付き合おうと思い、マリエールはバロンの腕をもう一度大きく引き、少し強めに言う。


「バロン様!」

「はっ! し、失礼した……」

「いいえー? なんか変わった旦那さんなんだなーって知れて良かったわ。それでメロンさま。本題に入っていいかな?」

「ん? あぁ……ええと。何だったか」


 バロンは本当に自分への奇妙な呼び名を気にしていないらしい。

 ごくごく普通の態度でガーネットに対応していた。


「ええと、ガーネットが魔女だということです。それで手紙で夫となった人が魔女の呪いを受けていると、私、相談してしまって。ガーネットは来てくれたようですね」

「……魔女」 

「勝手にすみません」

「いや……」


 眉を寄せてそうつぶやいたバロンは、しばらく難しい顔をしていた。

 ガーネットのような幼く見える子がそうなのだと聞かされただけでも驚きなのだろうが、でもこの場面でマリエールの言うことが冗談や嘘だとも思っていないらしい。

 驚きのあまり受け入れるのに、ほんの少し時間が必要なのだろうと、固まったままのバロンをマリエールはじっと待った。

 

「失礼します」


 そこへ、テオがティーセットの載ったワゴンを押して部屋に入ってきた。

 侍女や給仕ではなくテオが運んできたのは、これからする話が他の人には聞かせられないものだと判断してくれたのだろう。

 

「手伝うわ」

「有り難うございます」


 立ち上がったマリエールが、ポットからカップへとお茶を注ぐ中。

 テオが蓋で覆われた銀のトレーをテーブルの中央に置いた。

 蓋を上げると、そこには一口サイズのチョコレートが綺麗に並んでいる。

 色も形も様々なチョコレートの数々に、ソファに腰かけていたガーネットが歓声を上げ、勢いよく両手も上げた。


「やったぁ! リクエスト通りじゃない!」

「ヴィセ……先ほど応対した侍女が用意したのですよ」

「あぁ、あの何か怒ってたお姉さんが? 気が効くじゃない。ふふっ、いただきまーす」


 全員分のお茶が揃うのも待たずに、ガーネットはチョコレートへと手を伸ばして口へ放り込む。


「っ!」


 とたんに幸せそうに顔が緩み、頬を両手で押さえて身もだえしている。

 足をパタパタと振り、高い位置で二つに結った金色の髪も振り揺らしながら、舌の上で溶けるチョコレートを堪能しているようだった。


「んー!」


 あまりにも幸せそうにチョコレートを堪能する様子は、本当に幼い子供のようだった。

 バロンもそんな姿に、初対面の少女に対する緊張がついつい解けてしまったようで、肩から力を抜いてソファに腰を沈め口を開いた。


「まさか本当に……魔女が目の前にいるなんてな。それにマリエールが魔女と知り合いだなんていうのも知らなかった」


 話している視界の端では、テオがカートを押して退室していく。

 おそらく部屋周辺の人払いを徹底するためにだろう。

 マリエールはテオの消えた扉からバロンの隣へと座り頷いた。


 バロンがどれだけ探しても会えなかったと聞いた魔女。

 実はマリエールの友達にそう呼ばれる人物がいることを、マリエールはいままで一言も伝えなかった。


「その……ガーネットはトラスト領でも森の奥の方に住んでいて、郵便がまともに届くことの方が珍しくて」


 ガーネットの住む場所では、基本的には森の入り口の木に括り付けている箱が郵便受けの役割を果たしていた。

 しかし運搬途中での紛失はもちろん有るし、魔女が住んでいることを疑っている郵便屋などはそもそも投函さえしてくれない。

 さらに運よく投函されても彼女が郵便受けの存在を思い出して取りに行くまで大抵何カ月も放置されているのだ。

 その間に雨が降れば中まで沁みてダメになったりもしたりで、出した手紙が読める状態でガーネットの手元にまで届く確率は、もの凄く低かった。

 そのことを説明したうえで、マリエールは付け加えた。


「あと。彼女は気分屋なところがあるので、力になってくれるかは私にも分からなかった為、バロン様に報告をしていなかったんです。返事がなかった場合、ぬか喜びさせるだけになってしまいますでしょう?」


 だからマリエールは黙っていた。

 希望をもたせておいて結局駄目だったなんてことにはしたくなかったのだ。

 その理由にバロンも納得してくれたようで、叱られなかったことにほっと息をはいた。

 次いで、マリエールは目の前に座るガーネットに親しみのある目を向ける。


「ふふっ。まさか、手紙での返事ではなくて直接来てくれるなんて思わなかったわ」


 添えられていたミルクと砂糖をたっぷりと入れた紅茶をかき混ぜているガーネットも、同じようにはにかんでくれる。

 

「でも魔女と知り合うなんて、一体どうやって? 森の奥に住んでいるのだろう?」


 バロンの疑問はもっともだ。

 たいていの魔女はなかなか人里に出てこないで、森の奥で薬草ばかり相手にしているから会うことは難しい。 

 どうしても治してもらいたい薬や治療を望む者が、危険を承知で森の奥へ分け入り会いに行くような存在。

 バロンも、魔女がいるという噂のある森に入ろうとしたけれど失敗に終わったことがあると聞いていた。


 マリエールがガーネットと会ったのはたんなる偶然だ。

 彼女の三カ月に一度の買い出しの時に、たまたま出会ったのだ。


「八つの時に町に買い物に出て来ていたガーネットと、お店で同じリボンを取り合ってけんかになったのが知り合ったきっかけですね」

「喧嘩? マリエールがか? 想像できないな」


 驚いた様子のバロンに、少し恥ずかしくなりながら頷く。


「はい……真っ赤なベルベッドのとても綺麗なリボンで、どうしても欲しかったんです」


 子どもの頃、母と出かけた店で見つけたリボン。

 一本しかなくてお互い譲る余裕もなかった。

 作り手が気まぐれで刺したという繊細な刺繍の施されたそれは、本当に一点ものでもう二度と入荷しないということだったから、マリエールも必死だったのだ。


(お母様が止めて下さらなかったら、突き飛ばすくらいはしたかもしれないわ)


 結局、その場にいた大人たちの説得でクジでの権利が決まり、お互いに仲直りのためにと母が近くにあったスイーツ店でのお茶をとりなしたのが、ガーネットと話すきっかけだった。

 服飾の好みが合うだけあって、好きだと思うもの、可愛いと思うの感性が似ていてすぐに仲良くなった。


「それで、リボンの権利はどっちにいったんだ?」


 バロンの問いに、マリエールとガーネットは顔を見合わせる。 

 とにかく喧嘩に必死になった思い出が強すぎて、そのあたりの記憶は曖昧だった。


「……ガーネットだったかしら」

「……マリエールじゃない?」

「うちには無いわよ?」

「うちにだって」

「……」

「……」


 二人して見つめあい、首を傾げた。


 ……出会いの思い出話のラストがうやむやで終わったものの、ガーネットはいたずらっ子みたいな顔をして、次々とマリエールの子供の頃の話をバロンに披露する。

 それは大人になって分別もつくようになった、今のマリエールからすれば恥ずかしいばかりの過去。

 バロンに聞かせたくなんてないのに、ガーネットは許してくれなかったし、バロンも興味津々で耳をたてた。


「今でこそ成長して大人しくなったけれど、昔は本当にお転婆だったのよ? 親と喧嘩するとよくうちに家出しにきてたし」

「ガーネット! しぃっ」

「家出だと?」

「そうよ。もうね、父君が迎えにきても頑として動かないの。そういう子なのよ」

「こ、子供のころの話よ。……バロン様っ、ガ、ガーネットはその、少し面白おかしく言うとろこがあるので、あまり間に受けては……」

「まぁっ、事実じゃないの。家出をしたマリーを迎えに来るだろう父親をぎゃふんと言わせる為に、落とし穴を掘る手伝いをさせられたこと忘れてないわよ?」 

「ガーネット! お願いだから言わないで!」


 真っ赤になって立ち上がり、ガーネットの口を押えにいく。

 特に思春期で親に反発したい時期だった頃の話は思い出したくもない。

 バロンにもだが、自分にも聞かせないで欲しい。なかったことにして欲しい。


「そのっ。あのっ……確かに昔は少し、お転婆なところもなくはなかったのですが。えっと、でももうきちんと! まっとうな礼儀作法も身に付けて、マナーの教師にも太鼓判を押して貰えるくらいですし!」

「つい三・四年前の話だけどね」

「もう! ガーネット黙って!」

「はいはい。じゃあ―――もうそろそろ本題に入りましょうか」


 それまできゃっきゃとマリエールをからかって遊んでいたガーネットの空気が、少し変わる。

 次いで、瞼を伏せて紅茶を一口のみ、ソーサーの上に置き直して顔を上げた彼女の表情はとても大人びたものだった。

 ここからは友達ではなく、魔女として話したいということだろう。


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