2-2 魔女の来訪②
予定にない来客の知らせにヴィセは首を傾げた。
「部屋へ通しても大丈夫なのかと思ってな。マリエール様は君が専属だろう?」
「そうですね。でも……お客様なんて、私は聞いていませんが」
お客を迎える準備に滞りがないようにと、そういう予定はきちんと伝えてくれる人なのだ。
加えてマリエールはまだ王都に来て半年で、訪ねて来る知り合いもそうそう多くは無いから、来客が来る時はずいぶん張り切っている。
毎回そわそわと楽しみにしている様子から、彼女が忘れていたという可能性も考えにくい。
「本当にマリエール様に? バロン様ではなくて?」
問いただしたヴィセに、侍従は頷いた。
「間違いなくマリエール様にだ。ただ俺も誰かが来る予定なんて何も聞いてないし、門番も連絡の受けていない来訪だったから困ってた」
「まぁ……」
「あとちょっと不審者っぽい感じもしたんで、応接室にそのまま案内していいものなのかも分からなくて。一応、玄関で待ってもらってるから、あとは頼んでいいか?」
予定にない、少し変わった客人。
だから普通はすぐに応接室に通すところを、ヴィセに聞きにきたのかと納得がいった。
「分かりました」
何にせよ、マリエールに用がある人というのなら、まずは本人に聞いて判断を仰ごう。
「あ……、でも何処のどなたかも分からないと、マリエールに伺いようもありませんわ。その方の名前は?」
「あー……、いや。……何度か聞いたんだけど、話題が明後日の方向に行っちゃうんだよなぁ」
眉を下げて肩をすくめてみせた侍従に、ヴィセは黒い瞳を瞬いた。
ますますよく分からない来客のようだ。
「そうですか。でしたら……お客様を応接室に通していいかを伺うためにも、私が先に名前だけでも聞いてきますね」
「あぁ。すまない。灰は俺が持っていくよ」
「有り難うございます」
ヴィセは灰入れを彼へと託して、玄関に居るという客人の元へと向かった。
廊下からひらけた玄関ホールへと出て、玄関扉の脇に目を向ける。
そこには確かに人影があった。でも。
(……思っていたどんなお客様とも違うわ)
客人は、子供と言っていいほどに幼かった。
(本当に誰かしら……)
近寄って行くと、はっきりと容姿が分かるようになる。
ヴィセの胸元くらいの身長しかない、めったいに見ない程の見事な金のふわふわな髪を高い位置で二つに結んでいる、可愛らしい顔立ちをした十を少し超えたくらいの歳にみえる子だった。
丸くて大きな目は、きょろきょろと屋敷の玄関辺りを遠慮なく観察している。
着ている少し古めかしい型の白い襟付きブラウスと、黒いフレアスカートのデザインや素材からいって、高貴な身分ではないのだろう。
彼女は足元に、古くてあちこちが剥げている大きな四角いトランクケースを置いている。
何やらとても大きいが、ここまでこの小柄な少女が一人で運んで来たのだろうか。
(……これは、旅装なのかしら? だったら王都の人でもないということだけど一体――?)
丸い形の赤色の瞳をヴィセへと向けた少女は、目が合うなりさっそく小さな唇を大きく開いた。
「ねぇ」
容姿に良く似合った、鈴を転がしたような軽やかで可愛い声だ。
「は、はい。いらっしゃいませ」
「マリエールがお嫁さんに行った家って、ここであってる?」
「え?」
「だぁかぁらー。マリエールは、ここに居るかって聞いてるんだけど? ここの門番、なんか警戒して教えてくれなかったのよね。まったく、私が不審者だなんて失礼しちゃうわっ」
「……え、っと」
(……何なのこの子)
無遠慮で粗野な態度に、ヴィセは眉をひそめてしまう。
――――侯爵家という立場有る家に仕える者たちは、それに見合った家柄で育った者が多い。
ヴィセの生家も祖父の代までは貴族だった。
今は爵位こそないが王族貴族御用達の大商家で、そこから行儀見習いの為に侍女となって働いていた。
実家ではたくさんの使用人に傅かれる側の立場だ。
そんな環境で育ち、高貴な家柄の者ばかりと接する立場上、彼女のようなまともに敬語さえ話せない――しかも田舎なまりの口調で、まず名乗りもしないという、礼儀のなっていない少女と対する機会はほぼなかったのだ。
だからかヴィセもつい、警戒心を抱いてしまう。
しかも彼女の無遠慮さに、少し気分も害してしまった。
「門番が失礼をしたようで申し訳ありません。マリエール様はこの屋敷にいらっしゃいます。その……奥様に何か御用でしょうか」
「バカじゃない?」
「ばっ!?」
聞きなれない侮辱の台詞に、ヴィセは目を白黒させてしまう。
「用があるから来たに決まってんでしょ。そんなのも分からないの?」
「っ、し、失礼しまし――」
「もうっ、居るならさっさと会わせてよ。門番といい侍女といい、ここの使用人はみんなグズグズし過ぎだわ」
「……申し訳ありません。でも、ふ、普通は、訪ねてくる日にちと時間を伺う旨を、手紙か人かに言づけて、約束を取り付けてからいらっしゃるものですが」
「はぁ?」
あまりに作法のなっていない子どもに対して、体裁を繕うことが出来なかった。
ついつい棘の出てしまったヴィセの対応に、金色の髪をした少女も対抗したのか唇を突き出してくる。
次いで眉を吊り上げ腰に手をあてて胸をはり、「ふんっ」と鼻息を吐きながら顎を突き出した。
「そんな面倒くさい手間、とってらんないわよ」
「面倒くさいとか、そういう問題ではありません。相手の迷惑にならない日時を聞くのは、当然の礼儀です」
「は? っていうか、何であたしが説教されてんの? 鬱陶しいんだけど。大体あたしは、マリエールに呼ばれてはるばる王都にまで来たのよ? だから伺いたてる必要なんてないでしょう。夫であるメロンさまに、この魔女であるあたしの力がどぉーしても必要だって手紙で言うから! なのに態度おかしくない? もっと丁重に迎えるべきよっ」
「な! バロン様です! なんですかメロンって!」
「メロンもバロンもそんなに違わないでしょ」
「違います!」
「細かいわねぇ」
「っ、貴方ねぇ! 自分が訪ねている家の主の名さえ分からないなんて馬鹿にしているの!?」
「だって興味なかったんだもん」
「な、な、なっ! なんて失礼な子なのかしら!」
ヴィセはカッとなってついつい声を張り上げてしまう。怒りで顔も真っ赤に染まっていた。
言葉遣いも、完全に敬語は飛んで行った。
「貴方、本当にマリエール様から呼ばれたの!? その手紙はあるのかしら!?」
「そんなの持って来てるわけないじゃない。ねぇ、早く座らせてよ。長旅だから疲れたんだけど。私、お客さまなんだしお茶菓子だしてよ。あっ、チョコ! チョコがいいわ! お金持ちの家なんだからそれくらい毎日おやつに食べてるんでしょ?」
「まぁ、なんと遠慮のない……!」
自分からお菓子を出して欲しいなんてねだる客人は初めてだ。
憤りにわなわなと震えたヴィセが眉を思いっきり吊り上げ、もう一度口を開こうとした時。
――目の前に、男の腕が差し込まれた。




