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臆病なうさぎさん  作者: おきょう
本章

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15/40

15 賑やかなワルツの裏で②



 夜会への出席が決まってから、もう一カ月が経った。


 会場である公爵家への出発を直前にし、出来上がったばかりのドレスを着たマリエールは、姿鏡の前でくるりと一回転して自分の姿を観察した。


 (ひるがえ)るドレスは夕焼けを写したような(だいだい)色。

 小粒のパールを所どころ縫い付けているから、動くたびにキラキラと輝く。

 薄茶の髪は下ろしたまま毛先の方にカールを巻いてアレンジし、サイドに羽飾りのついたカチューシャを付けた。 


「王都でのパーティーなんて二年ぶりだわ。私は素敵なドレスだと思うのだけど……ヴィセ、変では無いかしら」


 マリエールの住んでいた実家はずいぶん田舎だ。

 王都で流行りのものが流行り出すのも年単位でのずれがあるくらい。

 だから王都の人から見ればダサいのではないかと、どうしても心配になってしまう。


「大丈夫ですよ。今年流行りの羽飾りを髪におき、ドレスは人気の型のフレアライン。裾に縫い付けたものと同色のパールネックレスで華やかかつ清楚に。地味でもなく悪目立ちするでもなく、完璧です!」

「ふふ。良かった」

「それにとってもお似合いです。紺色と悩んでらっしゃいましたが、結局この生地にしてよかったですね。マリエール様の髪より少しだけ鮮やかな色で、全体的に調和がとれてしっくりきます」

「そうね。なじんでるような気がするわ」


 ちょっと鮮やかすぎる色の気もしたけれど、ドレスという形になるとこの色にしてよかった。

 それに夜会用の華やかなパーティードレスを着るのは、普段とは違った気分になれてとても楽しい。


 ヴィセとは彼女の姉の件を聞いたころから、ぐっと心の距離が近づいた気がする。

 マリエールのドレスの乱れを整えてくれながら、はにかむ表情が以前よりずっと柔らかいのだ。

 

「支度は出来たか」 

「バロン様?」

 

 バロンの声がしたことにマリエールは振り返る。

 どうやら着替えのために立てていた衝立の向こう側にいるらしい。

 他にも身支度を手伝ってくれていた侍女が、訊ねてきた彼を部屋に入れたのだろう。


「もう着替え終わってます。どうぞ」


 彼がマリエールの居室にくるのは初めてだ。

 そのことに驚き目を丸くするヴィセとマリエールを置いて、バロンは衝立の内側に入って来つつも少し距離を置いた場からマリエールの姿を眺めた。

 マリエールは細められた青い目に凝視され、つい背筋を正して緊張してしまう。

 少しして、眉を寄せた彼は言った。 


「……胸元が開きすぎではないか」

「はい?」


 ドレスアップした妻に対しての一番最初の感想が露出具合の指摘。

 まずは褒めるべきところではないだろうか。

 彼の台詞にがっかりしながらマリエールは苦笑を返してスカートの裾をつまみ広げてもう一度周り、ドレス全体をみせる。


「そうでしょうか。お昼の茶会ならともかく、夜会ですから。皆さまこんなものでしょう」


 ドレスは肩ひもの無いストラップレスドレスだから、首から胸元までは確かに布は無く確かに露出している。

 コルセットで腰を引き締め、流した肉をがっつり胸元へと寄せてあげているので、背の高い彼が上から見ると丸みのある胸元がかなり強調されて見えるだろう。

 しかし露出といえばそれくらい。

 すごい人になるとスリットが入って足が丸見えだったり、背中が腰辺りまで開いているのだから、大したことはないはずだ。


(それに私はもう人妻なのだし)


 マリエールは、淑やかさや清純さを求められる未婚の娘とはもう違う。

 既婚者となった身なので、ある程度は色香の感じさせる大人な装いであるべきだった。

 それらのことを踏まえて、悩んで悩んで、侍女のヴィセや針子と相談して決めたものなのだ。

 なのに一言目にこの駄目だし。


 とことん乙女心の分からない人だと少し拗ねてしまう


「ショールを羽織りますから、そこまで胸元が見えることもありませんわ」

「そう、か……」 

「あの。みっともないですか? 結構、私なりに頑張ってみたのですが」


 つい責めるような目になって見上げると、バロンは慌てたように頭をふった。


「い、いや! 違うっ。そうではない。き、き、き、きれいだと、思う……」

「まぁ。有り難うございます!」


 頬を赤らめてぼそぼそとした声でマリエールを誉めるまるで思春期の少年のようなバロンの姿に、ヴィセが目の玉が転げ落ちそうな顔をしている。

 マリエールも、まさか「綺麗だ」なんて感想がもらえるとは思っていなかったから驚いたけれど、やはり嬉しく、すぐに気分が持ち直してしまった。

 

 

 そうして支度も終えて、夜が更けたころ。

 マリエールは馬車に乗り込み公爵家主催のパーティーへと向かうのだった。



 つきそいで同じ馬車にのっているヴィセと小さな窓から街を眺める。

 同じ王都の貴族の屋敷が立ち並ぶ区画に公爵家はあるので、通る道も整備されていて、見える景色も美しい街並みだ。

 そして王都に住むようになって二か月ほどのマリエールにとって、その景色はまだまだ珍しいものばかりだった。


「あっ、あのお菓子屋さん、名前を噂で聞いたことがあるわ。たしかチーズケーキが有名なのね」

「そうです。オレンジ風味で、濃厚で、とても美味しいのですよ。今度ティータイムにご用意しましょうか」

「嬉しいわ。ヴィセも一緒に食べましょうね」



 ヴィセと話していると移動中も飽きることなく、公爵家へとたどりついた。


 開け放たれた門の前に立つ門番に、御者がグラトッワード家の者だと伝えてくれるのが聞こえた。

 馬車には家紋が刻まれているから見ればわかるものなのだが、念のための確認だろう。

 そこから少し走り玄関まで到着すると、乗っていた馬車が止まり、ノックの音と共に到着の旨を伝えられた。


「マリエール様、お手をどうぞ。足元に気を付けて下さいね」

「有り難う」

 

 手伝ってもらって、馬車を降りる。

 パーティー仕様の靴はいつもよりずっとヒールが高くて、段差が少しふらついてしまうから本当に助かった。

 続いて降りてきたヴィセと、連れて来てくれた御者とはいったんここでお別れだ。


「では、私達は用意された控えの部屋に待機しておりますので」

「何かございましたらお呼びください。王都にいらしての初めての社交パーティー、楽しんできてくださいね」

「えぇ。行ってくるわ」



「では、グラットワード侯爵夫人。ご案内いたします」

「よろしくお願いいたします」


 公爵家の執事らしいタキシードを着た男性に、会場である大広間まで案内されつつ。

 マリエールは気合をいれて背筋を正し、手の平をぎゅっと握り込んだ。



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