13 出来ること④
「では、立ち話も失礼ですから食堂へどうぞ。昼食の用意をさせています」
バロンの声に、リラはマリエールを熱い抱擁から解放し手を叩いて喜んだ。
「まぁ嬉しい。グラットワード家のお料理、私大好きなのよ。楽しみにしていたの!」
みんなで食堂へと移動し、マリエールとバロンが隣同士に並び、向かい合う形でリラとマーク・バローナ伯爵が腰かけた。
控えていた給仕が食事の準備に静かに動き出す中、改めて互いに挨拶を交わす。
「祝いが遅くなって悪かったね。海外に出ていたものだから。」
「いいえ。来てくださって有り難うございます」
「元気そうでよかったよ。あぁそうだこれを」
マーク伯爵がバロンの手に両手に収まるくらいの包みを渡した。
「結婚祝いに、今話題の彫刻家であるロバート・バッハの置物を持って来たんだ。気に入ってくれると嬉しいのだが」
「私も一緒に選んだのよ。改めて言わせてちょうだい。結婚おめでとう」
「有り難うございます」
さっそくバロンがそれ開ける。
リボンで飾られた包み袋の中に木箱が入っていて、その中から出て来たのは真っ白なペガサスの像だった。
白い石を削って造ったものだろうか。
「これは素晴らしい、ペガサスを模したものですか。今にも羽ばたきそうな躍動感だ。なぁマリエール」
「えぇ。とても綺麗な彫刻ですのね。素敵ですわ……ねぇ、バロン様。応接室に飾ってはどうですか? 少し寂しいと思っていたので、きっと華やかになりますわ」
「そうだな。そうさせてもらおうか。改めて、有り難うございますロバート伯爵」
「有り難うございます」
「喜んでもらえてよかったよ」
そうして一端使用人にプレゼントを預けたタイミングで、グラスにワインが注がれ、料理が運ばれてきた。
客人を招くとあって一品ずつ出て来るフルコース形式で、一皿一皿の料理の細工もとても美しい。
スープに浮かぶ花びら型のニンジンを見てバロンに教えてもらったことを思い出したマリエールは「そういえば」と顔を上げた。
「奥様はドライフラワーを作るのがご趣味だと、夫に伺ったのです」
伯爵夫人のリラはぱっと表情を輝かせた。
「えぇそうなのよ。お花っていいでしょう?」
「ええとっても。美しさもそうですが、さっき奥様に抱きしめて貰った時にお花の香りが届いて来て、とても穏やかな気分になりました」
「まぁ、気づいてくださったの? 今はねぇ、ラベンダーとレモングラスをミックスさせたのをポケットに入れているのよ」
お喋りをしている間にも食事は進む。
今日は羊肉を煮込んだシチューがメインだ。
口に入れるととたんにほぐれて肉汁の溢れる肉を堪能しながらも、マリエールがついつい気になったのは、伯爵夫妻二人のグラスの進み具合だ。
ほんの一口か二口で、グラス一杯がなくなっていく。
(前菜の時点でもうボトルワインが一本なくなってたわ。一体今、何本目だったかしら)
オレンジの果実酒に、イチゴの果実酒、麦酒も加わるが、どんどんどんどん消えていく。
あまりアルコールに強くないマリエールからすれば信じられないハイペースだ。
そして酒が無くなっていくスピードに合わせて増えていくのが、年長者から年下の者へたいする助言の数々だった。
「まぁぁぁぁったく貴方、屋敷に引きこもっていないでもっと少し社交にでなさいよね! 領地の管理が上手に出来ても、周囲の領地主や貴族方からの印象が悪いままでは苦労するわよ~ぉ? ほほほほほ」
「そうだぞぉ。はっはっは! 私たちはともかくだなぁ、社交界でなんと噂されているか君もわかっているだろう。しぃっかりせんと! 奥方に苦労を掛けるぞ!」
「えぇ……。気を付けます」
「本当に分かってるのかしら! まったくぅふふふふ!」
アルコールが入るほどに、ヒートアップしていく伯爵夫妻は笑い上戸らしく、とても明るい声が食堂に響き渡っている。
「悪い子ではないのだけど、まったく、社交のへたさは父親ゆずりかしらねぇ」
「バロン! もっと笑わんかい! 笑っとけばどうにでもごまかせる! こうだ! わぁはっはっはっ!」
「おーほっほっほほ!」
高らかな笑いもお小言も、すべてがバロンへ向けられるものでマリエールに被害はない。
夫が叱られているような空気の中でどう対応すればいいのか分からずに慌てていたが、ぼそりと「毎回のことだ。もう止まらん。頷いておけ」とバロンがため息交じりに囁いてきた。
どやら酒が入る度に、この騒動は行われていることらしい。
「ほんっとうに私達、心配で心配でねぇ!」
「そうだぞぉ!赤ん坊のころから見て来た子が歴史ある侯爵家を立派に背負えるのかをなぁ」
「奥さんを貰ったんだから! しっかりなさい坊や!」
「坊やは本当にもうよしてください……」
「どぉこからどうみても坊やじゃないか! おしめはちゃんととれたのか!」
「あらやだ貴方ったら。おほほほほほ!」
昼食会は主に伯爵夫妻の熱い話が盛り上がり、デザートに辿り着くまでに三時間かかった。
夕暮れ時になり夫妻が帰るときには二人とも完全に酔いつぶれており、とても歩くことなんて出来ずに、伯爵家の使用人に半ば抱えられる形になっていた。
使用人に支えられながらも、玄関に見送りにでたマリエールにリラはまた熱い抱擁をくれる。
「じゃあね。またお会いしましょう。マリエール様。今度は一緒にリース作りでもしましょうね」
「えぇぜひ。教えてくださいませ」
リラは別れのキスをマリエールの頬にくれ、笑顔で手を振ってくれた。
そうして伯爵夫妻を見送ったあと、マリエールは隣に立つバロンをちらりと見上げた。
「なんだ? 疲れたか。その……悪かった。二人の酒癖について言ってなくて……久し振りだしお二人とも年を取られたからもう少しましになってるかと思ってたんだが……」
マリエールの視線に気づいたバロンが怪訝な顔をしている。
「いいえ。楽しい時間でした。色々お話を聞けて良かったです。でも、その……一つよろしいですか?」
「うん?」
「伯爵夫妻が言ってらっしゃったことについてなのですが……」
マリエールは酔ったバローナ伯爵夫妻が何度も何度も繰り返し言っていたことが気になった。
もっと社交に出ろ。社交界でどんな目で見られているか自覚しているのか。というもの。
「もしかしてグラットワード家って、あまり王都の立ち位置的によろしくないのでしょうか」
「それは……」
グラットワード侯爵家は建国当初からある古い家だ。
それだけ国の発展に貢献してきた。
田舎のしがない男爵家だったマリエールにとっては、とてもすごい家なのだが……。
(なんだか、王都近隣の貴族方からすればそうではないのかしら)
伯爵夫妻の話からすると、あまり良い印象を周りから受けていないような感じがしたし、否定しないで口ごもっているバロンの今の反応からしてもあながち間違いでもないのだろう。
一応、マリエールはグラットワード家の当主を支える妻である。
マリエールはバロンへ真っ直ぐに向かい、青い目を見据えながら言う。
「教えてください」
「っ……」
「一応ですが、私はこの家の妻です。グラットワード家の人間関係や力関係、周囲からの目がどんなものなのかは知っておかなければならないことです」
そうでなくてはこれから出会うグラットワード家に関わる人々にどうせっせればいいのかわからない。
バロンは少し言いづらそうに、目を逸らしながら説明した。
「確かに、あまり私はあまりいい印象を周りから受けていない」
「先ほど話していた通り、社交に出ないからですか?」
「そうだ。どうしても断れないパーティーなどだと主催者に挨拶だけして、早い時間にさっさと帰る。貴族なのにほとんど社交せず、付き合いが悪い、変わり者だとささやかれがちだ。いや……ま、まぁ別に私は構わないんだがな! 社交界なんて面倒だから、避けているだけだしなっ!」
「そうですか」
後半の台詞はあきらかに強がりっぽい。
マリエールは一応頷いて見せながら納得した。
(そうか……パーティーはほとんど夜に行われるから。バロン様は出られないのね。社交パーティーの多い王都だと、そういうのは余計に目立ってしまうのね)
基本的に夜のパーティーは明け方までずっと行われるから、挨拶だけで、踊ることさえほとんどせずに帰るのもあまりいいことではない。
張り切ってパーティーを開いた側からすれば何をしに来たんだと思われてしまって当然だ。
社交は貴族にとってとても大切なもの。
それを満足に行わないのなら、付き合いが悪いと気分を害され、軽んじられるようになってしまう。
(あ……)
マリエールは、自分の役割を見つけた気がした。
もしかしたら役に立てるかもしれないと、おそるおそる提案してみる。
「あの。もしよろしければ。私が代理で出席しましょうか」
「君が? 社交が得意な用にはみえないが」
「得意というわけではありませんが。でも夫が出られないのならせめて代理で妻である私が出た方が、完全に欠席するよりはいいでしょう?」
おしゃべりも画策も特にうまいことはない。
でも、この不器用で意地っ張り過ぎるバロンよりは、上手く人付き合いが出来るとおもうのだ。
それに少なくともマリエールは夜になっても兎にならない。
バロンがどう考えているのかは分からないが、マリエールはもうこの家の妻である。
一生をこの家の一員として生きていくつもりなのだから、家の為に何かできることはするべきだろう。




