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逢魔刻の黄昏竜  作者: ましろ
二章 空へと羽ばたく幼い竜騎士
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二章 空へと羽ばたく幼い竜騎士⑥



 雨脚はどんどん強くなっていく。すでに周囲が暗いことから、今は夜だということがわかった。

 レリアは青竜とともに空の戦場を駆け抜けている。風を切り、雲を切り、奔り抜けていった。青竜の速さに乗じて、レリアは剣を振るう。一陣の風が通り過ぎた瞬間には、いつの間にか自分の体が斬られていることに天使は気付くだろう。それくらいの刹那の攻撃をしながら、レリアは戦場を駆け続けた。

 レリアは自分の体に雨の冷たさと天使の血の生温かさが浸透していく感覚に、身震いするのを何とか抑える。恐怖か、それとも喜びかもわからないその震えに、自分自身がわからなくなるからだ。

 レリアはまた天使を斬る。天使の血がば、と散った。また自身の体にかかる。

「は……、は……!」

 自然と呼吸が荒くなっていった。もう音さえも、聞こえない。ただ、自分は剣を振るうだけの化け物となってしまったようだった。これが戦う、ということなのだろう。

 そして、

「は……! は……!」

 呼吸がうまくできなかった。思考が真っ黒になる。その深淵に、何かがいた。

「……、……!」

 また、見ている。

 あいつが。

 ――〝混血〟が。

 まるで観察するかのように、嘲笑うかのように。

「――――――っ」

 怖い。

 怖い。

 嫌だ。

 嫌だ、嫌だ!

 私は――私だ!

 深淵にいる〝混血〟が笑う。


「何を言っているの? あなたは私よ?」


 瞬間、真っ赤な闇がレリアの思考を塗りつぶした。



 ――――それから、どれくらい経った頃だろう。

 真っ赤な思考は、すべての感覚を遮断していた。もう何が何やらわからない混沌とした状況だった。天使と悪魔の判別がつかない。それどころか、自分自身がどこにいるのかがわからない。不鮮明な思考と視界。けれど、不意に、真っ赤な影がレリアの視界の端を過った。あれは、何? 赤い竜。そして、その背中に乗る影。誰だろう……?

 ぼんやりと見つめて、は、と目を見開いた。

 赤い竜。

 そして、背中に乗るのはルカ。

「ルカ……!?」

 何故、ルカがここに?

 何故、竜の背中に?

 ――何故?



 は、とレリアは正気に戻った。

「え……?」

 気づけば自分は、あの赤い竜に負けないほどに真っ赤になっていたことに気付く。それは全部血だった。この雨で洗い流せないほどの天使の返り血を浴びていたらしい。

 そのことに気付かなかったということは、自分は今まで我を失っていたということだ。つまり〝混血〟に飲み込まれていたということ。

 その忘我の空白の時間、自分が暴れ狂っていたという現実。

 それが怖くてたまらなかった。自分が殺したのは天使だけだろうか? それとも、悪魔、も? わからない。でも、怖い。怖い。怖い……!

 その時、

「オオオオンッ!」

 青竜が鋭く鳴いて、暴れ始めた。まるでレリアを背中から振り落とそうとしているかのように。

「く……っ!」

 レリアは青竜の首筋にしがみついてバランスを取った。なぜ、このタイミングで竜が暴れだすのだろう? わからないが、こんなところで落とされてはたまらない。

 自分が〝混血〟に飲み込まれていた事実も気がかりだが、それよりも気がかりなことがあった。〝混血〟に飲み込まれて、すべてが混沌とした状況の中、レリアとして微かに残っていた意識の端で確かにそれを見た。赤い竜に乗る、少年の姿を。それが真実か幻か、確認しなければいけなかった。

「おとなしくして……!」

 それでも竜は暴れ続ける。

 レリアは歯噛みした。そして、レリアは竜の首筋に手を置いたまま、竜の背中を蹴り、一瞬だけ足を浮かせる。そして、一気にそのまま青竜の背中を思い切り踏みつけた。

「グォンッ!!」

 竜が苦しそうに呻く。凄まじい衝撃だったのか、竜は苦しそうに身悶えていた。

「私の言うことを聞きなさい!」

 竜は暴れることをやめて、レリアを見つめる。その銀灰色の双眸が細まった。とりあえず暴れることをやめるらしい。

 レリアは青竜の背中に座りなおした。周囲を見渡す。レリアの周囲にいた天使たちはほぼ全滅だった。しかし、地上にいる悪魔たちは、天使を相手に苦戦している。その天使たちのところに、赤い風がごう、と吹き抜けていった。

「あれ、は……?」

 赤い風が過ぎ去ったあと、天使たちの血が一斉に飛び散る。誰もが目を見開く中、その赤い風が空中で止まった。

 そこにいたのは、

「……ルカ」

 レリアの幼馴染のルカだった。それは決して幻ではない。真実だった。

 ルカは赤竜の背に乗り、血まみれの剣を構えている。いつも恐怖におびえていた赤い瞳には、燃えるような戦意が宿っていた。

「ルカ、なの……?」

 ルカだと思えないほどのその力強い姿に、レリアは疑問を抱く。でも、自分がルカを見間違えるはずがなかった。

 けれど、彼はいつの間にか竜に乗っている。

 竜と戦い、勝ったのだろうか? しかし、ひどい怪我を負っているようだった。大丈夫なのだろうか? いや、それよりもこんな戦場にルカがいることに不安がある。

「ルカ!」

 距離はかなり離れているはずなのに、ルカはこちらを見た。そして、近寄ってくる。

「レリア」

「ルカ、あなたなの? それにその竜……」

「久しぶりに頑張ったんだ。おかげであちこちがぼろぼろだ」

「……そう。大丈夫なの?」

「あぁ。レリアこそ……大丈夫か?」

「え? あぁ、これは天使たちの血だから、別に私は……」

 ルカが微かに顔を曇らせた。どうしたのだろう? それとも、〝混血〟のことで恐怖したのかだろうか?

「ルカ?」

「いや、何でもない……。それよりもレリア」

「……何?」

「一緒に戦おう!」

 ルカが剣を掲げる。雨空の下だというのに、その剣がまるで輝いたように見えた。

「俺もようやく戦えることができる! レリアと一緒に戦えることができるんだ!」

 ルカと一緒に戦える。

 それはとても不安だった。ルカは戦いに不慣れである。こんな戦場にいてはいけないのだ。

 でも、それがとても魅力的だと思っている自分がいる。彼と一緒に飛べたら、どれほど楽しいだろうか、と。

 レリアも、血まみれの剣を掲げる。

 竜が動いた。まるで円陣を描くように回り、ルカとレリアの距離はとても近くなる。

「ルカ、戦いましょう!」

 その切っ先が重なり合った。きん、と響きあう高らかな音に、自分の中にある深淵が遠ざかっていくように感じる。

 そして、自分は無敵だとさえ思えた。



天使たちはルカたちがいる上空の異変に気づいたように一斉にこちらを見る。地上では悪魔たちもルカたちを見ていた。その中には天使と戦っていたユルの視線もある。

 その幾重もの視線がルカたちに突き刺さった。

「ルカ、行くわよ」

「あぁ」

 ルカは頷く。さきほど天使を斬った。その手ごたえがまだ手のひらに残っている。剣の柄をぎゅ、と握りしめた。

「オォン」

 赤竜――ダスクが大丈夫だというように、小さく鳴く。それにルカはもう一度頷いた。

 ダスク、レリアが乗る青竜がぐ、と身構える。

 そして、急加速で地上付近にいる天使たちに突っ込んでいった。ルカは剣を構える。あっという間に、天使たちとの距離を詰めたルカはその勢いのままに天使を一刀両断した。それは一体だけではなく、竜が飛行している間に何十体ものの数である。

 ――すごい。

 何もかもが、驚嘆させられた。

 竜に乗るだけでここまで違うものなのだろうか?

 何しろ、ルカを乗せた状態で竜はとんでもない速さで空を駆ける。竜が結界を張ってくれなければその速度で体が千切れていただろうし、遠心力で体がぐちゃぐちゃになっていたはずだ。それくらいに竜の背中に乗るのは、凄絶である。

 それに天使を斬るときの力だ。ルカは人間のため、天使を斬りつけることができない。たとえ、その刃が届いたとしても一刀両断にするほどの力はなかった。けれど、竜に乗れば、容易にできる。それも、数十体同時にだ。斬りつけるときもそんなに力を込めていない。もしかしたら、これも、竜の力のおかげなのかもしれなかった。

 何よりも驚いたのは、竜がルカの意図を容易に察してくれることだ。ルカの意図だけではなく、どうすればルカが戦えるかを計算して飛ぶ。ルカが別に竜を操ろうとしなくても、竜がルカにとって都合の良いように行動してくれるのだ。

 だからこそ、ルカはこうして力任せに天使を倒すこともできる。ルカ一人では決して、戦えない力だ。

 レリアの方も同じようで、次々と天使と戦っていく。

 けれど、レリアの表情は緊張していた。おそらく〝混血〟に絡んだことだろう。

 早く、天使を倒さなくてはいけなかった。それは、レリアの話ではなく、ルカ自身の話でもある。

「――はぁっ!」

 裂帛の声とともに、天使を斬っていった。そのたびに、背中の火傷がずきりと痛む。それに呼応するように腹も痛み出した。竜の結界がいくら怪我を癒そうとも、完全に治癒するわけではないようだった。

 戦うたびに激痛が走り、その痛覚も頻度が続いている。早く治療しないと、おそらく危険な状態になるはずだ。

 だから、戦わないと。

 勝たないと。

 ぐん、と竜が急上昇して、さらに、そこから急降下する。

 竜の予測できない動きと予想以上の速さに、天使たちの攻撃が定まらないようだった。攻撃を放っても掠りもしない。

 ――勝てる!

 そう確信した時だった。ずき、と思考を奪うほどの激痛が全身に駆け巡る。一瞬、息が止まり、目の前が真っ暗になった。

「――ルカ!!」

 誰かの声に、は、と我に返る。いつの間にか、ルカの目の前に天使がいた。

 どうして、天使が目の前に。

 竜が体をもたげて、何とか天使と距離を取ろうとする。しかし、遅かった。天使は剣を握っている。その剣が雨粒に濡れて、きらりと、煌めいた。

 ――しまった。

 一気に死への恐怖に叩き落される。逃げることも、応戦することも、行動することも忘れて、天使の剣に見入っていた。

「ルカ!」

 レリアの悲鳴が聞こえる。

 しかし、


「死を!」


 天使は剣のルカへと振り落とし――天使は閃光によって貫かれた。天使は轟音とともに消し炭にされる。焼け焦げた白い羽毛が、散り散りになって落ちていった。

「な、に……?」

 何が起こったというのだろうか? ただルカには雷が落ちたとしか見えなかった。

 そこに、

「ルカ、大丈夫だったかい?」

 上空にいるルカの目の前に現れたのは、雨が降る闇夜よりも真っ黒な服を着た一人の青年。この赤竜よりももっと黒くて赤い髪が、この雨だというのに濡れておらず、風に吹かれて靡いていた。

「あ、あなたは……」

 ルカはその姿を数度としか見ていない。

「サフィルさま……!」

「やぁ」

 気さくに青年、サフィルは片手を上げた。

「何故、あなたがここに……」

「ん? そりゃ、〝自由の里〟は僕のものだからね。取り返しに来たんだよ」

 軽い調子で口にする彼は、サフィル・ロード。この悪魔たちの頂点に立つ存在であり、同時に、神に匹敵するほどの力を持つ存在――魔王、だった。

「それにルカも、すごいね。竜を手に入れたんだ。さすがハクリの子だね」

「当たり前じゃ!」

 その青年の背後から現れたのは、魔王の赤黒い髪の正反対の白い髪を持つ男――ハクリだった。ハクリは得意げな顔で頷いている。

「義父さん」

「パパと呼べ!」

「義父さん、どうして……いや、それよりも、どこに行ってたんだ! こんな状況だっていうのに!」

「この状況だからこそ、サフィルに知らせに行ったんじゃよ。じゃが、こんなことになるとはわしも思っておらんかった。あと一日は大丈夫かと思ったんじゃが……どうやら予測が外れたようじゃな」

 そのハクリの言葉に、ダスクが身震いをする。そういえば、この状況へと追いやったのは、この赤竜のせいだ。何とも言えないルカに、サフィルは笑う。

「さて、ここは大人たちに任せておいて。レリア、君もだよ」

 レリアも突然の魔王の出現に驚いていたようだった。サフィルに言われて、珍しく言葉もなくこくこくと頷いている。

「さぁ、我らが三大魔将たち。天使たちを葬り去ろう」

「「「は!」」」

 サフィルの言葉とともに現れたのは、美しい緋色の髪に、黒い目をした美女。黒い短髪に、赤い目をした無表情な男。鳶色の髪をひとくくりにして結び、金色の目をした童顔の男。

 その三人はサフィルの側近であり手足でもある。軍の中でも魔将と呼ばれる存在だった。

 その三人は天使たちと対峙すると、特に恐怖も興奮もなく、淡々と見据えて、それぞれの武器を構える。

「ルカ、レリア、ぬしらはこっちに来るんじゃ!」

 促されて、ルカはハクリの後をついていった。そして、地上を見れば、幼い悪魔たちもまた保護されている。その上空では天使と魔将が戦っていた。

 魔将たちはどんどん天使たちを倒していく。見ていて気持ちがいいくらいに、簡単に。

 あれが、魔将。

 その勇姿を見つめて、ルカとレリアはここから離れていった。

 空を跳ぶハクリの後を追い、雨雲の上へと出る。地上のことなんて知らないように煌々と輝く月を見て、ようやく戦いが終わったのだと実感した。

 不意に痛みが全身に走る。思考が薄れていく中で、良かった、と安堵した。

 決して犠牲は少なくない。

 けれど、生きている、そのことに涙しそうになった。


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