二章 空へと羽ばたく幼い竜騎士③
レリアは空を飛んでいる。
それは魔術でもなく、技術でもなく――竜の背中に乗って、空を飛んでいた。太陽が真上へと昇り、それを背景にレリアは青い竜とともに空を泳ぐ。
とても不思議な感覚だった。太陽はとても近くに感じ、雲へと突っ込むことができて、さらには雲を絨毯としてその上を滑る。さらには鳥瞰する風景が山から見下ろした時とはまた違うものだった。山や森、儀式場を真上から見下ろす。それはとてもちっぽけにも見えたし、同時に遠く離れているということに少しの恐怖さえ感じた。でも、何よりもとても心地よかった。空を泳ぐ。風と一緒に流れる。日差しを間近で浴びる。自然と一体化するかのようだった。
そう感じるのも、この竜のおかげのようだった。目には見えないが、薄い膜――結界が周囲に張られているように感じられる。だからこそ、レリアは竜がどんなに速く飛んでも無事でいられた。そのことが、よくわかる。
竜はこの蒼穹よりも深く、そして透徹とした青い鱗を持っていた。鋭い一本の角に、優美に靡く鬣。蝙蝠を思わせる翼は風を叩き、長い尾は優雅に踊っていた。縦に割れた銀灰色の目が、時折レリアを見る。何かもの言いたげに目を細めては、すぐさま前へと向いた。
「ねぇ、あなたの名前はなんていうのかしら?」
こうしてレリアは青竜の背に乗ってはいるが、実のところ、この竜の名を知らない。竜はレリアに背中に乗ることを許してはくれたが、名を教えるほど青竜はレリアのことを許してはいないようだった。
レリアは小さく溜め息をつく。
――この竜と出会ったのは、昨日のことだった。
ハクリがルカをある洞窟を案内し、その洞窟から戻ってきたのはどういうわけかハクリだけだった。ルカは? と訊いても、ハクリは「大丈夫じゃ」というわけのわからない答えだけが返ってきた。何度聞いても、それだけだったのでレリアはそれ以上、訊くのをやめた。
その代わりにハクリはレリアをある場所へと連れて行ったのだ。
そこはルカが入ったっきり戻ってこなかった洞窟の、さらに上層部にある洞窟だった。
ハクリに案内されて、理解できぬまま洞窟へと入る。そこで出会ったのが、この青竜だった。
「ぬしは、死ぬ心配はないじゃろう」
その言葉に首を傾げる。その瞬間、この青い竜がレリアに向かって襲ってきたのだ。
その瞬間、レリアは大いに驚く。驚いて――思わず、その竜を文字通りに叩きのめしてしまったのだ。その時の養父の表情を忘れられない。驚愕の中に、微かな恐怖が浮かんでいたことに。
「それで、これはどういうことなの義父さん?」
「パパと呼べ」
「ごめんなさい、パパ」
「いや……これは試練じゃったんじゃが……」
試練? とレリアはさらに首を傾げる。もうこの養父が自分に何をさせたいのか――してもらいたいのか、さっぱりわからなかった。
「これは、レリアにとっての試練じゃった」
「試練?」
「そうじゃ。ぬしは〝混血者〟であるが故、己を制御できずにいる。だからこそ、竜に乗れば、〝混血〟に頼らず、心に余裕ができ、己の制御をしやすい。と思ったんじゃがの」
当てが外れたわい、と、ハクリが苦笑する。
「己の、制御?」
レリアは、青い竜を見た。叩きのめされた竜は生きている。けれど、相当のダメージを負ったらしい竜は長い首をもたげて、必死になって立ち上がろうとしていた。
「竜に乗れば、〝混血〟を制御できるの?」
「――確実ではないがの。その可能性があったわけじゃ」
「ふぅん。それで、試練って、何?」
「竜と戦うことじゃ」
――戦う?
「私、勝ったわよね?」
「そうじゃな」
「試練に合格ってことかしら?」
「まぁ、のう」
何とも煮え切らない返事をするが、レリアは構わない。レリアは青い竜へと近づいた。竜はレリアの接近に気付いたのか、警戒するように牙をむき出しにする。
『竜に乗れば〝混血〟を制御できる』
それはレリアにとって、とても魅力的な言葉だった。
戦いとなればすぐに我を失い、戦いが終わってもなお戦おうとする〝狂戦士〟である〝混血者〟。それがまさに自分である。
そして、それはレリアにとって悩みの種だった。
戦うことは別に構わない。
戦えばすっきりとするし――別に〝狂戦士〟と呼ばれても仕方ないと思っている――何よりも、自分の限界へと挑戦できる。
ただ一番の問題点は、我を失うことだった。
忘我し、戦い狂い、正気に戻った時、そこに残っているものはあるのだろうか? もし、レリアが自我を忘れて戦い、――その場にルカがいたとしたら?
〝狂戦士〟となったレリアは、ルカを殺してしまうかもしれない。ルカだけではない、ハクリも、里のみんなも、自分以外の全てを殺しつくすかもしれない。
それが、何よりも怖かった。だからこそ、我を失いたくない。そのために今まで〝混血〟を抑える術を探ってきたのだ。けれど、有効な手段を見つけることなく、〝混血〟の恐怖におびえながら今まで生きてきた。〝混血〟を制御する手段。その有効な一手が目の前にある。それが目の前にいる竜だ。
「義父さん」
「パパじゃ」
「パパ」
「何じゃ?」
「もしかしたら、この竜に乗れば私の中にある〝混血〟を制御できるかもしれないのよね?」
「かもしれん」
「だったら、私、この竜に乗るわ」
そ、と手を伸ばせば、竜が怯えるように体を硬直させる。その首筋をなだめるように撫でれば、竜はぱちくり、とレリアをその銀灰の双眸に映した。
「私、この竜に乗るわ。私の〝混血〟を抑えることができるなら、私は何でもする」
そう宣言すれば、ハクリは笑う。その笑みは心配そうな色を浮かべていたが、どうやらレリアに任せてくれるようだった。
「よろしくね、えーと……」
竜の試練に勝っても、竜は名を告げることはなかった。ハクリ曰く、名前は本当に認めた者にしかわからないという。つまりは、まだレリアは認められてはいないということだ。
「どうして、あなたは私のことを認めてくれないのかしら?」
青竜は振り返らない。背中から青竜の目を見ようとするが、視線を合わすことができなかった。
――どうして私のことを見てくれないのだろう。
この竜だけがレリアにとっての頼みの綱だというのに。その頼みの綱は知らんぷりしたままだ。
本当に〝混血〟の制御ができるのだろうか?
この調子のままでは決して、うまくいかない。そんな確信がある。
ふと、胸中が不安でいっぱいになった。全てを吐き出したいような衝動に襲われて、抑えるように胸元を掻き毟る。青竜がレリアの異変に気付いたのか、ちらり、とこちらを振り返った。心配そうではない、ただ、不思議そうに観察するかのような眼差し。レリアは落ち着くために、小さく呼吸を繰り返した。竜は目を細めて、何事もなかったかのように、再び前へと向く。
レリアはその竜に心の中で問いかけた。
――私の何がいけないというの?
もちろん、その答えはない。レリア自身にも、答えは見つけられないままだった。レリアは頭を振る。
そして、ここにはいないルカのことを思った。ルカもおそらく、竜を紹介されたのだろう。今、もしかしたら彼は試練を受けているのかもしれなかった。いや、もう騎乗しているのかもしれない。会っていないから何とも言えないが、無事であることを祈るしかなかった。
朝の日差しは次第に昼の日差しへと変わり、少しずつ太陽が傾きかける。そんな昼下がりに、事件は起きた。
騎乗の感覚を掴むために、レリアは竜にそのまま乗り続けている。次第にその感覚に慣れ始めて、心に余裕ができた時だった。
不意に、脳裏に疑問がかすめ通る。
それは、戦場の時に、竜をどう操ればいいのだろう? というものだった。
レリアは剣を扱う。それならば、それに連携した動きを竜に求めなければいけなかった。 そして、次にこう思ってしまう。
戦場でこの竜とともに駆け抜けたらどれほど気持ちが良いのだろう? どれほど強くなれるのだろう? どれほどの敵を多く倒せる――殺せるのだろう?
そう考えて、――レリアの思考が止まった。別に戦いに関することは日常的に考えている。決して、特別なことではなかった。
でも、いつもとは違うことが起きたのだ。
――見ている。
あれが。
〝混血〟が。
私を、見ている?
そんな感覚に襲われる。心の隙間から、レリアを窺うようにじ、と見つめているのだ。レリアのことを。その言動を、その感情の動きを。
見ている。
見られている。
――怖い。
怖い。怖い。怖い、怖い、怖い、怖い、怖い!
乗っ取られる――!
その瞬間、レリアの思考は真っ暗になった。
ぱち、と目を開ければ、その視界いっぱいに、ハクリの顔があった。
「義父さん……?」
うまく呼吸ができず、自然と眉間に皺が寄るのがわかる。呼吸どころか、体全体が怠かった。しかも、痛い。
「パパと呼べと、言うとるじゃろうが……」
「あぁ、そう。そうだったわ。パパ」
「大丈夫か?」
大丈夫? 何が? と心の中で首を傾げた。ちら、と視線を動かせば、レリアの視界は木々の天井を映す。生い茂る葉が、向こう側にある夕空を隠していた。
夕空?
「え……!?」
レリアは驚いて、上体を起こす。上体を起こしたことで、自分が今まで横たわっていたことに気付いた。
「え、何、何が起こったの……?」
わからない。
視線を周囲へと巡らせれば、ここが森の中だということが分かった。でも、不思議だった。さきほどまで自分は空の上にいたような気がする。――いや、青竜の背中に乗っていた。青空の中を飛んでいる感覚がまだ残っている。
それが、何でここに?
「混乱しているようじゃが……、ぬしは、〝混血〟に呑まれておった」
「……え?」
「ぬしは我を忘れて、暴れておったのじゃ」
「え? え?」
頭が混乱し始めた。私が暴れていた?〝混血〟? 何のことだろう? ぐるぐると思考が過去をさかのぼっていった。確かに自分はあの時、空を飛んでいたのを覚えている。そして、思考が戦いのことを考え始めて――そして、あいつが……。
ぞく、と背筋に悪寒が走る。
そうだった。あいつが――〝混血〟が自分のことを見ていたのだった。恐怖でいっぱいになって、意識が真っ暗になって……。
「パパ。あの子は? あの竜は!?」
〝混血〟に呑まれて『戦闘狂』となっていたのなら、青竜はどうなってしまったのだろうか。無事だろうか、それとも巻き込んでしまったのか。
「安心するんじゃ。あの竜は生きておるよ」
「本当に?」
「あぁ、ぬしが〝狂戦士〟となった瞬間、ぬしを振るい落としたようじゃからのう」
「そう……」
無事でよかった。安堵から体から力が抜けていく。
「ぬしを振り落した竜が、わしのところまできたのじゃ。暴れておるとな」
そうだったのか。養父が来たということは、どうやら他に巻き込まれた人はいないだろう。
「それで、レリア。体は大丈夫か? それと、体調はどうじゃ? あぁ、気分が悪いなら―――――――…………」
養父の言葉がレリアの耳の中を通り過ぎていった。
ただ、レリアは恐怖でいっぱいだった。
〝混血〟に呑まれていた事実。
それによって犠牲者が出ていたかもしれない最悪な未来。
竜と心を通わすことができない現実。
〝混血〟を制御できない最悪な可能性。
――もう嫌だ。
レリアは、うなだれる。初めて、諦めを受け入れた。
夜になった。
ルカは今、竜洞の前の崖に腰掛けている。眼下には森が広がっていた。儀式場には微かな灯りは見える。この時間帯だと、みんなあそこに集まっていろいろと話し合っているはずだ。本来ならルカもそこにいるのだが、どうにもそこへと行きたくなかった。みんなと顔を合わせれば憎まれ口は叩かれるはずだし、そもそも、ルカとレリアはみんなに竜のことを話していない。もし、何かのきっかけで竜のことがみんなに知られれば、いろいろと説明する羽目になる。それはそれで面倒だった。だから、ここにいる。ルカはそこから目を離して、夜空に浮かぶ月を見つめた。
竜はすでにこの竜洞の中にこもってしまっていた。夜になって竜が襲ってくるのではないかとびくびくして。恐る恐る竜洞に入れば竜が寝ていたのを見て、がっくりと肩を落としたはつい先刻のことだ。
試しに寝込みを襲ってみようとしたが、竜がぱちり、と目を開けてぎろりとルカを睨みつけてきた。隙はない。ルカもまた疲れ果てていたために、戦う気など(逃げる気など)さらさら起きず、こうして、竜洞から出てきて月を見上げていたのだ。
「ルカ?」
不意に闇夜に、少女の声が響く。
「レリア……?」
上の崖から降りてきたのはレリアだった。夜闇にその藍色の髪は溶け込んで、その金と橙の目だけが輝いて見える。レリアは疲れ果てているルカとは真逆に軽やかな足取でルカの隣に座った。
「ずいぶん、疲れているようね?」
「レリアもね」
「あら、そう見える?」
「……見える。珍しいな、お前が疲れを見せるのって」
「あはは」
レリアは苦く笑う。それからルカたちは他愛ない話をした。
こうして二人っきりなのは久しぶりだった。なんだかひどく落ち着いて、会話が不意に途絶えても、二人して月を見上げる。そんな沈黙さえも、心地よかった。ルカは隣をちらりと見た。
レリアの横顔を見るのもまた久しぶりな気がする。実際は昨日一緒にいたのだけれど、竜に追いかけられている一日がとても長く感じたからなおさらかもしれなかった。
レリアはどうだったのだろう?
ハクリはルカとレリアに竜を紹介した。レリアはもう竜に乗れるという。里の中で最強なレリアに竜が必要かどうかはわからないけれど。
もう竜を乗りこなせるレリアの横顔には、どこか疲れ切っているような――どこか、辛そうな色が見て取れた。どうしたんだろう、と思う。でも、言葉は出てこなかった。ただ、その表情を見ていると、ひどく落ち着かない。何とかして、元気になってもらいたかった。でも、今の自分にはその力がない。自覚しているからこそ、もどかしかった。
「ねぇ、ルカ」
「……何だ?」
「ルカはどう?」
「何が?」
「竜」
「……」
「あまり良くなさそうね」
「うん。まぁ……。もしかして、レリアもか?」
「そうよ」
レリアは頷く。そして、それから竜に会ったその後のことを口にした。予想していたとはいえ、レリアが簡単に竜を倒した現実に焦燥感が募る。でも、竜がレリアに背中を乗ることを許しても、名前を教えてらもらっていないことに驚いた。名を教えてもらうには、条件が必要なのだろうか?
ルカも、竜のことを話した。ただ、レリアのようには淡々と説明できず、ただ逃げ回っていたことを伝える。レリアはルカの言葉に真剣に耳を傾けていた。最後には、
「大丈夫だったの? 怪我はない?」
と逆に心配されてしまう。ルカは素直に頷いた。
「――ルカ、やめた方がいいんじゃない?」
何を? とは言えない。レリアが言っているのは、竜の試練だということがわかっているからだ。
「いや、俺はこれをいい機会だと思ってる。竜の力を手に入れれば、俺だって戦うことができるんだ」
そうはいっても、まだ逃げ回っているだけだけれど。
「それにお前との約束もある。だから、生き延びるためにも俺は力を手に入れたい」
レリアは何も言わない。少し考えるように、色の違う双眸をぱち、と瞬きして、
「でも、悩んでいるのでしょう?」
と、鋭く切り出してきた。
どき、と心臓が跳ね上がる。金と橙の瞳が、じ、とルカを見据えた。まるで心の中を覗くように。
――本音は、とても迷っていた。
違う。もう諦めていた。何しろ、逃げてばかりで勝機なんか見つかるはずもなく。ただ、自分の無力を突きつけられた。そんな自分が竜に勝てるのだろうか? そう考えれば考えるほど、『勝利』の未来は見えない。でも――……。
「レリアの前では嘘をつけないな」
「それは、あなたのことだもの。よくわかるわ」
レリアも珍しく深い溜め息をつく。それにルカは逡巡して、口を開いた。
「いろいろと考えるんだ。戦いたい、でも、戦いたくない。でも、戦わなければ、生きていけないし、レリアとの約束を守ることだってできない。けど、戦わないで惨めに陰で暮らしていれば自分は戦う恐怖すら知らずに、のうのうと生きて、約束を守れるんじゃないかって」
「……」
「でも、それじゃあ、戦場を駆けまわるレリアの傍にいることができない。だから、戦いたいんだ。そのために、力を手に入れたい」
それがルカの本当の想い。レリアは反論することなく、ルカの想いを沈黙して聞いていた。月を見上げているレリアの横顔は、無表情のままで。その姿は綺麗だったが、でも、何を考えているのか全く分からない。けれど、レリアはぽつりと、こぼした。
「いいじゃない。戦わなくて」
「……え」
「あなたは戦わなくていいわ。私が戦う。あなたを守って、私が生きれば、それでいいわ」
「別に守ってくれなくていい」
無意識にそう言葉にしている自分がいた。あ、と自覚した途端、苛立ちや情けなさが一気に湧き上がる。里の中で一番弱いのは、自分だから。今のような緊迫した状況に陥れば、足手まといは自分だし、守られる立場になる。でも、そうじゃない、とルカは頭を振った。
「ルカはいいの、戦わなくて。私が〝混血〟を抑えられるようになったら、私はずっと戦えるわ。あなたとずっと一緒にいられるわ」
「そういうことじゃない!」
あまりの大声に、レリアが驚いた顔でこちらを見た。
「そういうことじゃない……俺は、本当の意味でお前と一緒にいたいんだ」
「でも、あなた、戦えないじゃない」
ばっさりとレリアはルカの言葉を切り捨てる。
「あなたは戦場で戦うどころか、竜にだって勝てない。そんなあなたが、どうやって戦場を駆けられると思うの?」
反論する言葉は出てこなかった。ルカは奥歯をかみしめる。だって、本当のことだからだ。
「ねぇ、ルカ」
不意にレリアが声をかけてきた。
「私は平和な世界に、生きたいわ」
まさか、レリアがそんなことを思っていたとは思わなかった。ルカは口をつぐむ。
「もう、あんな思いをするのは、もう嫌なの」
レリアの金色と橙色の瞳が微かに揺れる。それは、あの時のことを思い出しているようだった。そう感じるルカもまた、過去のことを思い出している。
生まれ故郷に天使が襲来し、兄が殺され、村が壊滅したあの時のことを。
「でも、それは……俺が、約束を、破ったから……」
小さく出てくる言葉は震えていた。レリアは頭を振る。
「あれは、あなたのせいじゃない。そもそも、この世界がおかしかった。神による支配も、従属する術しかなかった人間も、堕ちてしまった悪魔も、全て」
「……」
「私は世界を平和にしたい。だから、戦うの」
レリアの決意が本物だということがわかった。その決意が本物だからこそ、レリアはまっすぐに突き進むだろう。それこそ、ルカを置いてでも。
そして、ルカもまた選択をしなければいけない。
ずっと一緒にいると約束した。その約束を違えるつもりはない。
それならば、ルカは戦わなければいけなかった。戦う決意をしたレリアはどんどん先へといき、ルカを置いて行ってしまうだろう。それでは約束を果たすことができないのだ。
――レリアに頼ってはダメだ。
ルカはぎゅ、とこぶしを握り締める。
戦わなければいけない。
竜と戦い、勝ち、力を手に入れなければいけない。
――でも、俺は竜に勝てない。
そう認めているからこそ、ルカは泣きそうになった。その横で、レリアが困ったように、ルカを見つめていた。
* * *