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逢魔刻の黄昏竜  作者: ましろ
二章 空へと羽ばたく幼い竜騎士
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二章 空へと羽ばたく幼い竜騎士


二章 空へと羽ばたく幼い竜騎士



 ここは〝自由の里〟から少し離れた山の中にある小さな神殿。悪魔の呪文が象られた巨大な柱で支えられている神殿は、人間が悪魔へと契約を交わす聖なる儀式場だった。

 月が真上から少しずつ沈み始めたころ、そこでようやくルカたちは一息つけていた。しかし、一息つけるには程遠い一息だった。誰もが全身で呼吸をして、視線がせわしなく森の中を探っている。もしかしたら、天使が来るかもしれないという恐怖。戦うことへの不安。何がどうしてこうなったかもわからない混乱。

 そんな張りつめた恐慌に満ちていた。

 ただ平然としていたのはレリアだけで、レリアは色の違う双眸を〝自由の里〟の方へと向けている。その眼差しは険しく、戦場に想いを馳せる戦士というよりは、今にも暴れだしそうな獣のようだった。

 ちら、とルカは周囲を窺う。

 ここにいるのはほとんど悪魔の子供たちだった。大人たちあの戦火の中、天使と戦っているのだろう。いつもは戦うことに躍起になっているカロンも、顔色悪く口を閉ざしている。ユルの姿もあり、さすがの優等生のユルであっても戦争に慣れているはずもなく、ただ呆然と地面を見つめている。取り巻きたちもいるが、顔が見えない者もいた。ここのどこかにいるか、それとも戦闘に巻き込まれてはぐれてしまったのかはわからない。ただ、最悪なことは考えないようにした。

 里を見ていたレリアがルカの隣へと腰を下ろした。その長い藍色の髪がふわりと揺れる。そんな彼女を見て、ようやくルカも少しだけ安堵感に包まれた。レリアがこうして腰を下ろしたということは、近くには危険がないということだ。もし、危険があればレリアがいち早く察知するだろう。

「ルカ、大丈夫?」

「まぁ、俺はな……」

「ルカ」

「……何?」

「痛い?」

 レリアの金と橙の瞳が心配そうに曇っていた。改めて自分の姿を見下ろしてみると、傷だらけだった。打ち身による痣や、火災による火傷、悪魔と天使たちの戦闘によって爆散した木や小石などで作った切り傷。そんな傷だらけだった。

「……痛いよ」

 素直に頷く。虚勢を張る余裕なんて、なかった。

「そう」

 レリアはそれ以上何も言わずに、膝を抱える。レリアの体にも多くの傷があった。むしろ、ルカの傷よりもはるかに多かった。レリアはルカを守りながらここへと来た。そのおかげでルカは軽傷だったが、それでもさすが〝混血者〟なのだろう、レリアの傷は多いけれど浅かった。しかし、周囲にいる悪魔たちはそうではない。全員が全員、ぼろぼろだった。見た目もそうだけれど、それよりも精神的に、だ。

「ぼろぼろ、だ……」

「そうね」

 体も心も、全てがズタボロ。明日もまたいつものような日常が来るのかと思っていた。けれど、それは容易に裏切られる。そうだ、絶対なんていう言葉はないのだと気づかされた。

 呆然とするルカたちの近くの茂みが微かに揺れる。ルカや悪魔たちがびくり、と体を震わせたが、レリアだけが視線をそこへと向けただけだった。

「ぬしたち無事であったか」

 ルカたちの前に現れたのは、一人の青年だった。

 いつもは赤いひもでくくっている銀色の髪は無造作に広がり、にっこりと笑む金色の目は焦燥で満ちている。いつも着ている紺色の「和服」という装いはところどころに破けて無残な姿となっていた。

 ハクリ・シンロ。

 それがこの里長であり、ルカとレリアの養父だった。

「義父さん」

「これ、ルカよ。わしのことはパパと呼べと言っておるだろう!」

「パパ、今はそんなことを言っている場合じゃないわよ」

 冷静にレリアが指摘する。レリアも律儀に守らなくてもいいと思うのだけれど。

「おぉ、レリアも無事であったか。パパは嬉しいぞ」

「そうね」

 号泣する養父の前でレリアはさらりと頷く。そんな温度差など関係なく、養父であるハクリはぐるり、とルカたちを見渡した。

「よし、ぬしらも無事であったか」

 ほ、と安堵するハクリだが、実際、無事であると喜ぶにはみんなは傷ついている。みんなもまたようやく大人――里長であるハクリの姿を見て安心したのか、泣いてしまう子供たちまでいた。

「よしよし、怖かったな。――ここなら、安全じゃ」

 その言葉にルカは儀式場を見渡す。ここに来るのは二度目だった。一度目は悪魔の儀式の時。今は、避難場所としてここにきている。ここにも里とは別の結界が張られているため、天使に見つかる可能性は低かった。

「――ねぇ、パパ」

「ん? 何じゃ、レリア」

「みんなが安心感に満たされているところで悪いのだけれど、ここはどこまで持つの?」

 レリアの言葉は、文字通りに安心感で満たされていた悪魔の子供たちの空気を壊すには十分な威力がありすぎた。ここは神聖な儀式場であり、ハクリもいるから大丈夫。そう思っていたのだろう。ルカも根拠もなく、そう確信していた。レリアがそう切り出すまでは。

「……ぬぅ、やはりぬしは聡い子じゃのう」

 ハクリは小さく溜め息をついて、ルカたちを――悪魔たちを見渡す。そして、その金色の目を鋭く細めた。

「ぬしたちに言っておこう。――〝自由の里〟は、天使たちによってやられてしもうた」

 ざわ、と悪魔たちがどよめく。顔を蒼白にさせて、ハクリの言葉を信じられないようだった。

「どうして天使が〝自由の里〟へと来たのかはわからぬ。そして、ここもじきに天使たちが来るだろう」

 ひ、と誰かが悲鳴をあげる。それをハクリは視線で制した。

「じゃが、すぐに来る、というわけではない。ここにも結界の水晶があるからの。けれど、天使たちとてバカではない。すぐにこの結界に気付くじゃろうて」

「それで、私たちはこれからどうすればいいの?」

 おそらく、この中で唯一冷静なレリアが、冷静に疑問を口にする。

「ここにおるのは子供の悪魔たちじゃ。何もできない。きっと、魔王が気づき軍を動かすはずじゃ。それまで待つしかない」

 それまで持ち堪えればいいのだが――ハクリが言外にそう含ませた。悪魔の王がこの事態に気付きすぐに手を打ってくれれば、ルカたちは助かるだろう。けれど、王が気づかずに、対応に遅れれば自分たちは死んでしまう可能性が高い。

 王が気づいてくれているという確信を得られない今は、ただ恐怖と絶望を必死に振り払わなければいけなかった。

「ねぇ、パパ」

「何じゃ、レリア?」

「――戦ってはいけないの?」

「は?」

 誰もが目を見開く。ハクリもきょとん、とレリアを見返していた。

「だって、私たちは――まぁ、私は悪魔じゃないけれど、悪魔はいずれは天使と戦うのよ? それなのに、今逃げてどうするの? むしろ戦って活路を開いた方がいいんじゃないのかしら?」

「……ぬしの言いたいことはわかる。しかし、ここにいる悪魔はぬしほど強くはない」

「あら、何を言っているのかしら? 私も喧嘩をしたことは何度かあるけれど、戦争は初めてよ?」

「それなら余計に進められぬわ」

「でも、こうして手をこまねいて、ただ待っているだけで、攻められたときどうするの? パパが戦うの? でも、限度があるわ。天使たちは百を超える。いくらパパが強いとはいえ、全てに応戦できるはずがないわ」

 淡々と指摘するレリアの口元には、いつものように勝気な笑みが浮かんでいる。ハクリはそのまま押し黙った。確かにレリアの言うことには一理あった。何もせず助けを待つよりかは、いざという時に備えた方がいいに決まっている。

 天使と戦う。

 それが自分にもできたらいいのに、と思った。

 ここにいる悪魔たちは子供であるため未熟。けれど、成長すれば戦力になるだろう、でも、ルカは人間で、成長しても何もならない。

「そうじゃな。レリアの言うことはもっともじゃ。ともあれ、結界をさらに厳重にするための陣を敷く。魔術が使えるものはわしとともに来い」

 そう言うと、魔術が使える子供たちが次々と立つ。そして、儀式場の外へ出ていく背中をルカは見送った。レリアもその背中を見送って、小さく息を吐く。

「レリア、大丈夫か?」

「私は大丈夫よ」

「――なぁ、レリア」

「何?」

「俺にも何かできることってないのかな?」

 自分はどちらにせよ、何もできない。戦いが起こっても、きっとこの瞬間も、できることはとても狭くて、限られているはずだ。でも、きっと何かできることがあるはず。

「足手まといはさっさと死んで来い」

 レリアの声ではない誰かが、ルカとレリアの間に割って入る。それは、傷だらけのユルだった。それにレリアは少し不機嫌そうにユルを睨み付ける。

「ユル、ルカに謝って」

「何だよ、レリア。お前だってそう思ってんだろ?」

「あなたと一緒にしないでちょうだい。それに今はいがみ合っている場合じゃないわ」

「だからこそだろ? 自分の身も自分で守れないようなやつ、足手まといにしかならないじゃねぇか」

 ぐ、とルカは奥歯をかみしめる。

 自分の身は自分で守れない。確かにそうだ。ここへと来るまで、ルカはずっとレリアに守られていたのだから。

「だから何? 私はルカを守りたいから守っただけ。あなたにとやかく言われる義理はないわ。それ以上言うと、私だって黙ってないわよ?」

 レリアが静かに立ち上がる。相当苛立っているのか、纏う雰囲気も刺々しかった。それにユルは一瞬ひるむものの、口には皮肉気な笑みを浮かべている。

「まぁ、そうだろうな。お前、戦いとか血とか大好きなんだろ? それこそ我を失うほどにな。なぁ、〝混血者〟さん?」

 ユルの嫌味に、レリアが目を見開く。

「待てよ!」

 思わず、ルカは二人の間に割って入った。

「何だよ……?」

「レリアの言うとおりだ。ここはいがみ合っている場合じゃないだろ。お互い、助け合わないと……」

「助け合う? 何もできないお前が?」

「……」

「自分の身は自分で守れるのか? その〝混血者〟の陰に隠れていつもピーピー泣いているくせによ!」

「――俺は自分の身くらい、自分で守れる!」

 ルカの怒声が儀式場に響き渡った。ユルは目を見開いていたが、次の瞬間には大きな声で笑っていた。

「あっははははははは! 笑える! 本当に笑える! 自分の身を守れるって? じゃあ、守ってみせろよ!」

 ユルが笑いながら、帯剣を抜く。その鋭い剣身がルカの視界に眩く煌めいた。

「ユル!」

 レリアの鋭い叱責に、しかし、ユルは止まらない。

「ほら、しっかりと守れよな!」

 ユルが剣を構えた。ルカもまた腰にある剣を抜く。ただの飾りとなっていた剣が、すらりと抜かれた。

「ルカ、あなたもやめなさい!」

 絶対に、やめない。こうまで馬鹿にされて、黙っていられなかった。何より、レリアを貶めたことが、自分でも思っていた以上に頭に来た。

「待ちなさい! 二人とも!」

 ユルが剣を振りぬくのを、ルカは受け止める。きん、という音が、甲高く響き渡った。けれど、その音は止まない。ユルが次々と斬撃を繰り出してきた。ルカもまたそれに応戦する。

 ルカは悪魔のような身体能力はないし、魔術も使えない。

 けれど、ルカはルカなりに、剣術の修行をしていた。厳しいハクリの指導のもと毎日のように修行し続けたルカは、剣術はレリア以上に優れていた。ルカは瞬きすらせず、相手が繰り出してくる剣を次々と防ぎ、そして、

「はぁっ!!」

 反撃へと移る。

「っ!」

 その一撃の重みはおそらくユルが思っていた以上だったのだろう。ユルは驚きに目を見開き、足がどんどん後退していく。そして、攻勢だったユルは防戦一方となっていた。

「……なかなかやるじゃねぇか、でも、これならどうだ!」

 ふと、ユルが小さく呪文を唱えた。耳慣れない悪魔の言葉で呟かれた呪文は、ルカの前で炎となって弾けた。

「ぐっ!!」

 吹き飛ばされたルカの体は、強く儀式場の床に叩きつけられる。受け身を取ったが、強く背中を打ち付けたせいでひどく痛み、意識が一瞬遠のいた。けれど、無我夢中で意識を現実へと縫い止めて――目を見開いた時、ルカの目前には剣の切っ先が突きつけられていた。

「結局、悪魔の力の前では何もできないじゃないか」

 ユルの嘲笑に、ルカはさらに見開いた。ぎり、と奥歯をかみしめる。

 ここまで違う。

 剣で勝っても、悪魔の力には勝てない。

こんなにも自分と悪魔たちとの差は激しい。どんなに剣術がうまくても、結局は魔術を前にすれば優勢が劣勢になってしまうのだ。悲しいのだろうか、それとも悔しいのだろうか。ルカ自身にもこの感情がうまくわからない。

 ただ非力だ。

 天使が支配するこの世界で、悪魔としてではなく、人間として生きていくにはあまりにも非力すぎる。

 ――俺はこのまま生きていけるのだろうか。

 悪魔たちにも勝てない。天使にだって勝てないのだろう。

 このままでは死んでしまう。

 ――死。

 その単語に、ぞわり、と背筋が寒くなった。死んでしまうことは、恐ろしいことだ。そして、何よりも、


――『お前は生きて、そして、幸せになって生きてくれ』。

『ずっと一緒に』。


 かつて交わした約束が果たせないということ。

 誓った約束を破ってしまうということ。

 そのことが何よりも怖かった。

 ――諦めてはいけない。

「誰が、諦めるか……っ!」

 ルカは低く唸った。ここで諦めてはいけない。諦めてしまえば、約束を守れないとの同義だ。

「ルカ!」

 レリアは立ち上がろうとするルカの肩を掴んで制する。

「ルカ、やめて! こんなことをしている場合じゃないわ!」

「うるさい!」

 ルカはレリアの手を振りほどこうとする。ルカとレリアは同じ背丈だ。けれど、男女としての体格差はある。それなのに、ルカが振りほどこうとしても、レリアの手はびくともしなかった。

「ははは! 女に負けてやがる!」

「――――っ」

 ユルが嗤い、周囲にいる悪魔たちもユルにつられて笑う。ルカは歯噛みし、何とかレリアをどかそうとしたが、結局はどうにもならなかった。

「レリア、どけ!」

「どかないわよ! ここで争って何になるの!」

 レリアの言うことはもっともだった。ここでルカが弱くても、それに反発しても、結局はこの事態をどうにかすることなんてできやしないのだ。

「うるさい!」

 頭ではわかっていても、ルカの中にある小さな自尊心がそれを許さない。だから、何度も振り払おうとする。

「ルカ! いい加減にしてちょうだい!」

 レリアの鋭い言葉が飛んだ。ルカはぐ、と拳を握りしめる。

 悪魔であるユルとルカの力の差は歴然だ。けれど、ルカと同じ人間であるレリアに力で負けるという現実。レリアは〝混血者〟であるけれど、ルカと同じ人間だというのに、何故、こうも自分は弱いのだろう。悔しい、やるせない、ふがいない、惨め。どれが自分にあてはまるだろうか。

 違う。

 こんなことで、自分はレリアとの約束を守れるのだろうか?

 守れやしない。

 その現実に逃げ出したくなる。

「悔しい……!」

「ルカ?」

 小さく呟いたそれを聞き取れなかったのだろう、レリアは小さく首を傾げた。

「うるさいって言ってるだろ!」

 怒号が、儀式場に大きく反響する。ルカの肩を掴んでいたレリアの手のひらが小さく震えた。

「ル、ルカ? どうしたのよ? 何かあるなら言ってちょうだい。何か不安があるなら、私も手を貸すから……」

「お前に、俺の気持ちがわかるはずない!」

 強者に、弱者の気持ちなど、想いなどわかるはずがない。わかっても、言葉だけだ。こんな惨めさも孤独感も分かるはずがない。

「ルカ……?」

 心配に揺れる金色と橙色の瞳が、真っ直ぐにルカを見つめる。その視線を真っ向から見られるはずがなくて、ルカは視線をそらした。

「どうした? 何の騒ぎじゃ?」

 しん、と静まり返った儀式場の中に、ハクリの不思議そうな声が場違いに響く。

「義父さん……」

「こら、ルカ、わしのことはパパと呼べと……ん?」

 ルカたちの妙な気まずさと沈痛さを感じ取ったのだろう、拗ねようとしていたハクリが小さく目をすがめた。

「どうした?」

「いや、別に……」

「レリア、理由を言え」

「……」

 レリアは何も答えない。今の状況をどう説明すればいいか、考えあぐねているのだろう。

「レリア」

「――ユルがルカをからかって、喧嘩になっただけよ」

 そのあとのことをレリアは説明しなかった。ユルも何も言わない。レリアの言葉通りのことが起こったのだから、反論はしないようだった。ただ、この非常事態だというのに、そのことが知られたことで罰が悪そうにしている。

「ふむ……? まぁ、良い。ルカとレリアを残した皆は外へと出て、陣を張る手伝いをしておくれ」

「はい」

 ユルとルカたちを遠巻きに見ていた悪魔の子供たちは頷き、それぞれ動き出す。ユルはちらり、とルカを見たが、それ以上何も言うことなく自ら筆頭となって指示を飛ばし始めた。そうして次々と悪魔たちが儀式場の外へと出ていく。

「パパ、私たちは?」

「ぬしたちは、ここへ残れ。話があるからの」

「わかったわ」

 ルカは座り込んだまま、ハクリから視線をそらして地面へと落とした。レリアもルカの隣に座る。けれど、口を閉ざしたままで、ルカに声を掛けることもなかった。この儀式場から誰もいなくなったのを見て、ハクリは小さく息を吐く。

「ルカ」

「ごめんなさい」

 小言を言われる前に、ルカは素直に謝った。気分はまだささくれ立ったままだが、少し頭が冷えた今、変に反抗心もわかない。

「……まったく、しようのない子じゃ」

 ハクリが大きな手のひらで、ルカの頭を撫でた。次いでと言わんばかりに、レリアの頭も撫でる。

「ルカ、わしはぬしの気持ちは全くわからん。じゃが、理解はしようとしている」

 ハクリが何を言いたいのか、ルカは察しがついた。ハクリはこう見えても、五千の時を生きている。こんな十七年しか生きていない子供の感情など、お見通しなはずだ。

「そして、レリア、お前の恐れも、理解しようとしている」

「……うん」

 レリアはしおらしく、頷く。

「ぬしたちはこの里――否、悪魔たちの住む世界では異端な存在じゃ。まぁ、確かに悪魔の住まう国では人間はいるが、人間たちは戦いに身を置こうとしない。補佐として十分活躍しておる。じゃが、ぬしたちはいつも戦火の中にいる。レリアはそれを受け入れ、ルカは拒絶しながらも巻き込まれておる。本当に異端じゃ」

 ハクリは小さく嘆息した。

「ぬしたちを育てたわしとしては王国で悪魔の補佐をする人間として生きていてほしいのじゃが――なぜか、それは無理そうじゃ」

 レリアが俯く。何故、ルカたちが戦い巻き込まれるのかというと、レリアが〝混血者〟だからだ。レリアは人間であり、悪魔ではない。しかし、その実力は悪魔以上だ。〝混血者〟に癖があろうと、天使と戦うには十分すぎるほどの戦力があるため、おそらく、王国の悪魔たちはレリアを戦場へと連れていくだろう。そして、ルカはレリアの傍にいると決めた。だから、たとえ弱くても、レリアがいる場所ならどこへだって行くつもりだ。

 ハクリはそのことを知っている。知っているからこそ、どうにもならないと嘆いていた。

 ハクリはルカたちを前に黙考する。何を考えているのかわからないが、必死に思考を巡らせているのがわかった。そして、ようやく考えに至ったのか――けれど、どこか覚悟を決めたように、口を開いた。


「ぬしら、竜に乗ってみないか?」


 ルカは思わずレリアと顔を見合わせた。

「「竜?」」

 竜はこの世界に生きる天使、悪魔、人間の他に知能を持つ存在である。獣たちの王とされて、長らくその姿を見た者はいなかった。ただ、その伝説上の存在である竜は、このハクリ・シンロである。世界で最後の竜として謳われている、らしかった。ただ、ルカとレリアはハクリの竜としての姿を一度しか見ていない。しかも、ルカとレリアが天使に急襲され命からがら逃げてきた時だったため、恐慌状態に陥った思考ではちゃんと記憶はされておらずどこかあやふやだった。

「俺たち、義父さんの背中に乗るの?」

「ルカ、パパと呼べ」

「義父さん」

「だーかーらー、ルカ、ちゃんと……」

「パパ、話が進まないわ」

 レリアは口を挟めば、ハクリはどこか不服そうに頬を膨らませた。見た目は青年で、中身は五千を超える大人(竜)の仕草だとは思えない。

「無論、乗るのはわしではない。ぬしたちが乗るのは、わしの遠い親戚じゃ」

「遠い親戚? 義父さんの他に、竜がいるのか?」

「あぁ、そうじゃ。ただ、わしのように長くは生きておらぬ。言語を解すことはあっても、口にすることはできぬがな」

 本当なのだろうか? ルカは再び、レリアと視線を合わせる。レリアもルカと同じ思いなのか、眉根を顰めていた。

「ぬしたちに、わしの同胞を紹介しよう。一緒に来るのじゃ」

 身をひるがえしてハクリは歩き出す。ルカとレリアはもう一度だけ視線を合わせて、立ち上がり、ハクリの後を追いかけた。


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