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逢魔刻の黄昏竜  作者: ましろ
一章 騎士は空に剣を掲げるも出番なく
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一章 騎士は空に剣を掲げるも出番なく②



「今度来たら、本当に承知しないわ」

 レリアはぶつくさ言いながら、ルカの傷口に消毒液をさ、と塗る。ずきり、と痛んだが、ルカは何も言えなかった。

 すでに暗闇に包まれた窓外。夜の静けさは、この資料室にも忍び込んできて、いっそう薄暗く感じられた。

「レリアは、ここで何を調べてたんだ?」

 机の上には多くの本が積まれている。少し触ったら今にも崩れてきそうなほどだった。

「ちょっと、私自身のことをね」

 ――私自身。

 そう口にする彼女は、少し困ったように笑む。それにルカもまた返す言葉が迷った。

 レリアの言う私自身は、まさにレリア自身のこと。もっと詳しく言うなら、彼女の中に流れる『血』のことだった。

 レリアは、類まれなる人間、天使、悪魔、三つの種族の血である〝混血〟持ちである。

〝混血者〟は共通して、右目が金色、左が橙色という、違う色を持っている。さらには、身体能力及び知能もまた高かった。

 生まれながらにしての天才――それが〝混血者〟であるけれど、闇の一面がある。

 それは『戦闘狂』と呼ばれるほどに、好戦的かつ血に飢えているのではないかと思えるほどの戦いぶりを見せるのだ。自分が傷ついても、それこそ体の一部が損失しようが、喜々として戦い続ける。決して立ち止まることはなく、そこに敵がいる限り戦い続けるのだ。

 その力は悪魔や天使を簡単にひねり倒せるほどの力を持っている。

 レリアもまた例外ではなかった。

この間もレリアはルカに突っかかってきた少年たちを相手にした。相手はユルたちで、その中には大人の悪魔もいたのだが、レリアはかすり傷を負うこともなくユルたちを徹底的なまでに叩きのめした。

『こんにちは、ユル。それと取り巻きの皆さん? あなたたちはここで何をしているの?』

 にこやかに微笑んでいるのに、その威圧感はすさまじかった。その笑みを向けられていないルカでさえ、恐怖で心臓がばくばくと鳴るほどだった。

 にっこりとその端正な顔に笑みを浮かべればとても可憐な少女のそれで。けれど、レリアという『異端性』を知っているルカたち――ユルたちから見れば、悪魔以上に恐怖の存在だった。

 ――強い。

 レリアは強い。おそらく、この里の長――養父のハクリにも勝つはずだ。それくらいに、レリアは強い。

「やっぱり見つけられないのよね……」

 はぁ、と物憂げにレリアが溜め息をついた。

「そう簡単に見つけられるものなのか?」

「――まぁ、そう簡単に見つかっていたのなら、苦労はしないわ」

「笑っている場合かよ?」

 レリアはあはは、と勝気に笑う。

〝混血者〟は生物上の中でもとびきり優秀な種族だ。けれど、〝混血者〟は長命ではない。そもそも〝混血者〟は生まれてすぐに死んでしまうことの方が高いのだ。

 理由としては人間、天使、悪魔という通常では有り得ない三つの血が混ざっているためだ。かつては人間が欲望のために、人間を材料に天使と悪魔の血を入れて作ったと言われている。それが本当かどうかはわからないが、〝混血者〟として生まれ落ちた者のほとんどは死亡し、運が良ければ存命できる。

 でも、〝混血者〟は暴走しやすかった。

 それは主に戦場だ。自我を失い、敵を倒すまで暴れ続けて、疲れてようやく制止する。『戦闘狂』の一面はここからきているのだが、疲れ果てるまで暴れ続けるため、己の死には無頓着だ。つまり、死ぬまで戦い続けることさえ厭わない。だから、死ぬまで戦い続けるため、死にやすいのだ。

 無論、レリアもそうだ。

〝混血者〟である彼女もまた『戦闘狂』の一面を持っている。しかし、

「どうしても『暴走』を止める術が全然見つからないのよねー」

 彼女は『戦闘狂』になることは望んではいなかった。

「だから、調べてたのか?」

「そうよ。だって昨日はこの資料室に資料が増えたじゃない? だから、それなりに手掛かりが見つかるかと思ったんだけど……今回もダメそうね」

 レリアが本を数冊手に取って、書棚へと戻していく。どこに何がしまわれていたのかわかるのだろう、迷うことなく片づけていた。

「レリアは……」

「ん?」

「やっぱり、暴走を止めたいんだよな?」

「当たり前でしょう。私は私でいたいもの」

 レリアがちらりとルカを振り返り、再び本を戻していく。

「あなたも私のことを怖がっているように、私も、私自身が怖いのよ」

「俺は……」

「別に隠さなくていいのよ。里のみんなも私のこと怖がっているしね」

「……」

 レリアが〝混血者〟ということを里のみんなは知っている。その〝混血者〟故の特性も異常性も。

 二ヶ月前の悪魔の儀式の際、悪魔にならなかったのは二人だけだ。

 ルカとレリア。

 ルカは悪魔になりたくなかったために悪魔になることを蹴ったのだが、レリアもまた同じ理由だが――そもそも悪魔の司祭はきっとレリアが悪魔にならなかったことを心から安心しているだろう。

〝混血者〟であるレリアが悪魔になった時、レリアは一体何者になるのかがわからないからだ。

 人間である今のレリアが簡単に、なり立てとはいえ悪魔の子供たち五十人相手にかすり傷負わずに容易に勝ててしまう。幼い少女がたった一人で天使を倒してしまう。それが悪魔としての力を手に入れたときはどうなってしまうのだろうか。それは誰にもわからない。レリアでさえも。レリアは口には出さないけれど、悪魔になった後のことを考えて拒絶したのかもしれなかった。

 そのレリアの異常性は里のみんなが恐怖した。

 誰も近寄らず、視線も合わせようとはせず。突っかかってくるユルたちは、異常性に戦きながらも勇敢にも――それは無謀ともいえる――挑んでくる。それだけだった。

 ルカもまたレリアのことが怖いと言えば怖い。でも、普通に過ごしているレリアは普通の少女と何の変りもないただの少女だった。だから日常生活ではレリアの傍にいられる。

「お前、本当はいいやつだもんな」

「珍しいわね。あなたがそんなことを言うなんて」

 もう片付け終えたレリアがルカに近寄ってくる。

「別に」

「慰めてくれているんでしょう? でも私だって怖いものは怖いわ。何しろ、戦いになると本当に何をしているのかわからなくなる。気づけば何もかも終わっていて。全身は返り血だらけで。――不幸中の幸いは、ルカ、あなたが死んでいなことだけよ」

「怖いこと言うなよ」

「だって本当のことだもの」

 里のみんなは誰よりもレリアのことを怖がっている。でも、一番怖がっているのはレリア自身だ。彼女の言葉通りに、彼女は自身のことを恐れている。だから、それを克服する術がないかいろいろと探っているようだけれど、いつも何事もなく終わってしまう。

 誰よりもレリアの傍にルカはいるというのに、ルカは彼女の不安や恐怖を取り除くことができない。自分は何もできないと思うが、ここまでできないとは。

「――どうしたの? そんなに落ち込んで?」

「……自分のふがいなさに絶望しているところ」

「ふぅん? まぁ、私には誰も必要はないわ。怖がりたい奴が怖がればいいし、嫌いなら嫌えばいい。だって私にはあなたがいるもの」

 ちら、とレリアを見れば、レリアはにっこりと笑っていた。それは心からのレリアの言葉であり、笑みであるということがよくわかる。レリアが心を許すのは自分だけということに少しだけ嬉しくなった。

「ルカは? ルカはどうなの?」

 ぐい、と顔を近づけてくるレリア。それにルカは顔を反らした。

「俺は、別に」

「あら、つれないわね」

 言葉ではそっけないけれど、ルカだってレリアのことを大切に思っている。

 悪魔だらけのこの里で、二人は異端者。何をしても嘲られ、無視され、腫物のように扱われる――二人の待遇はそうだった。

 お互いが唯一の仲間であり、味方だ。

 レリアがいるから大丈夫。そう思えるほどに、ルカはレリアを信頼していた。



すでに日は落ちていたけれど、ルカとレリアは里のはずれにある丘へと来ていた。小高い丘は一面の草原が広がっており、空を見上げれば満天の星空が広がっている。吹き抜けていくそよ風がとても心地が良かった。そして、周囲にはうるさい悪魔たちも誰もいないため、静寂に包まれている。手元にランタンをともして、二人はぼんやりと静かな時間を過ごしている時だった。

「あ、やっぱりここにいた!」

 綺麗な金色の髪が夜闇に沈んでいるけれど、けっして、光を失わず。童顔で中性的な顔立ちのせいでいつも少女であると勘違いされる少年、カロン・ルノだった。

「どうしたんだよ?」

「お前たちの家に誰もいなかったから、探したんだ!」

「今日は義父さん、会議でいないからなぁ……」

 だからこうして遅い時間帯までここで遊んでいた。養父であるハクリに見つかってしまえば怒られるどころか、心配に押しつぶされて泣きわめいていただろうけれど。

「何だよ、またケンカしたんだって?」

 青い目がにやり、と意地悪気に細められる。その目がルカからレリアへと移り、

「ケンカというよりは、いじめ、か?」

 カロンは口を歪ませた。

「別にいじめてなんかいないわ。ただのちょっかいよ」

「ちょっかいねぇ。あんたのちょっかいは死活問題だからなぁ」

「何よ、それ」

 けけけ、と可愛らしい顔立ちのカロンがそんな風に笑う。それに呆れたようにレリアは溜め息をついた。

「軽く遊んであげただけで、どうして死活問題になるのよ?」

「オレたちから見れば、あんたは獰猛な獣――怪物なんだよ」

「失礼ね」

 ふい、と顔をそむけるレリアにカロンは笑うと、表情は一変してルカに険しい顔を向けた。

「んで? あんたは何で反撃しない? 一向に反撃しないから、あいつらはつけあがって、あんたに攻撃するんだ。弱いから、という問題じゃないよ」

 その言葉はとても辛辣だった。

「……わかってるよ」

 そんなことはルカにもわかっている。わかっているのだけれど、反撃すればするほどユルたちは面白がり、さらに攻撃してくるのだ。相手は悪魔で、ルカは人間。相手が力を加減しようと、少しでも間違えれば死ぬのは自分だ。

「いいや、わかってない。あんたはそうやって諦めて、自分を守ろうとしているだけだ。そんなんじゃいつまでたっても強くはなれない。わかっているのか?」

 ――大きなお世話だ。

 でも、カロンの言うことは正論だった。正論なだけに、耳にも心にも痛い。その間にもカロンはがみがみと言い続ける。ルカは何も言えずに、ただ黙っていた。

 カロンは不思議な悪魔の少年だった。

 カロンはとても強さに憧れる少年だ。強くなるためには努力は惜しまずに、力を吸収しようとする。普通ならレリアに対して羨望や嫉妬、恐怖を向けるはずなのに、カロンにはそれが一切なかった。

 それどころか、レリアに挑戦的な態度を取ったり、ルカにも気さくに声をかけてくる。里の悪魔たちはルカとレリアを煙たがるというのに、カロンに至っては、

「悪魔とか人間とか〝混血〟とかさ、別にどうでもいいことだよ」

 とあっさりと言ってのけたほどだった。

 ルカとレリアが心を許せるのは養父の他にあとはこのカロンだけだった。カロンは自分たちを差別しないし、こうして笑いあえた。

 ランタン一つを三人で囲んで、談笑する。

 レリアが笑い、カロンはふてくされて、ルカはそれを見て苦笑して。

 楽しい時間だった。これが永遠に続けばいいのに。そう思えるほどに。



 すでに月は真上に来ていた。

 空にある天界。天界の中央にある大きな白亜の城。さらにその頂上にある神殿。豪奢で厳かな意匠が彫られた壁面は一面の白。さらに美しく磨かれた乳白色の床。堂々とそびえる白い柱。天界に住まう極彩色の鳥が描かれた白い天井。真っ白な神殿の玉座に神は座っていた。

 流麗な金色の髪に、宝石のような黄金の瞳。小柄で華奢な体には白いローブを纏っている。その美貌に浮かぶのは『無』だけだった。まるで精巧な人形が豪奢な椅子に座っているような風景がそこにある。

 しかし、その少女は神であり、この天界――そして世界を支配する存在だった。

 その神の前に一人の男の天使がひれ伏している。

「どうか、ご慈悲を……!」

 男の声は震えている。背中にある純白の翼も心なしか委縮しているようだった。男の目は神ではなく床に向けられている。目を見開いて、ただ必死になって許しを乞うていた。

「お願いです、今度こそ、必ずや……」

「貴方は」

 人形めいた神の口が厳かに開いた。

「貴方は必ず悪魔の国を見つけると言いながらも、見つけ出すことはできませんでした」

「――お、お許しください!」

 男がさらに恐怖で悲鳴を上げるように許しを請う。

 しかし、

「裏切り者」

 まるで首を刈り取るかのように、神は男を弾劾する。

「わたくしは、裏切り者は許しません」

「お許しください! お願いです、お許し……っ」

 男の声がそこで途切れた。ひれ伏していた男は床に倒れる。ごとん、と転がったのは男の首だった。切り離された胴体からおびただしい血が流れていた。それを少女は無感動に見つめて、その金色の瞳からほろりと涙をこぼした。

「裏切り者は許しません。わたくしと約束を交わし、果たせぬ者などわたくしが断罪しましょう」

 男の亡骸を前に、さらに神は言う。

「人間を殺さなければいけません。かわいそうですが。人間なんて死んでしまえばいいのです。それもまた、かわいそうですが……」

 憎い。殺したい。

 でも、それはかわいそう。守ってあげたい。

 相反する気持ちが神の心の中で暴れ狂う。それを抑える術を神は知らない。ただ暴れる思いを抱えて、

「お前も裏切るのでしょう?」

 と、〝自由の里〟にいるであろう天界の同胞に問いかけた。けれど、その答えは返ってこないままだった。



     * * *



 月が真上に昇り、夜闇の帳を落とす〝自由の里〟に冴えた月光が照らしている。

「壊さないと……」

 ぶつぶつと呟きながら、その人物は水晶殿へと侵入した。ひっそりとした水晶殿の空気が侵入者を出迎える。

 水晶殿の扉の前には門番が二人いた。門番二人を殺したその人物は息と気配を押し殺しながら、水晶殿の中を歩いていた。静まり返った水晶殿の中は薄暗く、そして、冷たい。僅かな呼吸でさえも反響してしまいそうだった。

「壊さないと……あのお方の願いを叶えないと……」

 焦燥を必死に押し殺しすその人物の前には大きな水晶玉があった。水晶玉の表面には自分の顔が映っている。目が虚ろで、けれど、その目の奥には燃える使命感と、凍えるような恐怖があった。

 その人物は水晶の表面に手をかざす。

「――壊さないと、神様に殺されてしまう……!」

 悲痛な言葉とともに、手のひらから光が迸った。そして、水晶に亀裂が入り、水晶は粉々に砕け散った。

〝自由の里〟を守っていた結界の一部が音もなく解除される。その綻びは――……。



     * * *



 地面を大きく揺るがす轟音にルカは目を覚ました。

「な、何だ!?」

「ルカ!」

 慌ただしくルカの部屋の扉を開け放ったのはレリアだった。ベッドの上で呆然とするルカへと走り寄って、レリアはルカの腕を引っ張る。

「レ、レリア? どうしたんだ?」

 何が起こっているのかさっぱりわからない。促されるままに立ち上がり、ベッドから半ば引きずり落とされる形で降りると、すぐに走り出した。

「いいから! 話はあとよ! 今は逃げないと!」

「逃げる?」

 いったい、何から?

「天使よ!」

「てん、し……?」

 愕然として声も出ないルカをレリアはぐいぐいと引っ張る。家の窓から外を見ると、何故か外は真っ赤になっていた。もう深夜だというのに、この明るさは何だろうか――そう考えて、もう答えをルカは弾きだしていた。ルカはレリアに連れられながら、壁に掛けてあった剣を手に取る。ひんやりとして、重たい感触が現実だと告げていた。

「みんなは……みんなは無事なのか?」

「わからない! でも、今、義父さんが避難誘導しているわ!」

「……」

「いいから、走って!」

 どたどたと慌ただしく外へと駆け出す。扉を開けて外へと出た瞬間に、空気を炙った熱気にさらされた。

「――――っ」

「こっちよ!」

 レリアが再び走り出す。ルカはレリアに引っ張られるがままに走り、ついに侵略者の姿を見てしまった。人間の姿だけれど、その背に純白の鳥のような翼を持った天使。その天使が〝自由の里〟みんなにめがけて、光の矢を放っていた。

「天使を倒せ!」

「早く子供たちを助けるんだ!」

 数少ない大人の悪魔たちと、王国から遣わされた軍の悪魔たちが応戦する。しかし、突如として現れた天使たちを前に慌てふためき、応戦らしい応戦ができていなかった。

「何で、天使が……?」

「わからない。でも、義父さんの話だと、水晶殿の水晶が壊されたみたい」

「水晶が? いったい、何で」

 誰が水晶を壊したというのだろう。

「――それもわからない。でも、今はとにかく逃げるしかない。生き延びて、何とか態勢を整えるしか、生きる道はないわ」

 珍しく切羽詰ったような雰囲気のレリアは、ただ真っ直ぐに走っていた。

「ルカ、大丈夫。あなたは私が守るわ」

 当然のことのように口にするレリアに、ようやくルカは一瞬だけ我を取り戻した。

「バカ言うな! 俺よりも自分のことを大切にしろ!」

 レリアに死んでほしくない。その一心だった。レリアは何も言い返さない。

 ルカは気づいた。

 誰よりも――この里で一番強いのはレリアで、一番弱いのは他でもない自分だ。自分がレリアを守る、そう口にできたらいいのに。でもそんなことは言えやしない。ルカとレリア。このまま生き残る可能性が高いのは、レリアだけなのだから。

 ルカは里を見渡す。

 火の海に飲まれたこの里は、きっと、もう元には戻らない。

「何でこんなことに……」

 疑問は膨れ上がったまま、けれど、恐怖を前にすればそんな疑問なんて、些細なことだった。



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