終章 約束の終わり
終章 約束の終わり
『それはもう××××年も前の話です。
かつて世界は人間、天使、悪魔、竜が仲良く暮らしていました。とても平和な世界だったのです。
人間のとある青年と、天界の一番偉い神さまは、そんな平和な世界で愛しあっていました。
けれど、ある時、突然、青年は神さまを裏切りました。
神さまは怒りました。
神さまの怒りに触れた青年は死刑にされました。
しかし、神さまの怒りは止まりません。
怒った神さまは、人間の世界である地上と、悪魔が住む冥府と、天使が住む天界を分けました。
そして、神さまは人間たちに復讐するために、世界を支配しました。
人間を奴隷に、悪魔を永遠に冥府へと追放したのです。
そうして世界は神さまのものになったのです』
――とある古い昔話より。
――????年後。
大空には、竜が飛んでいた。
色とりどりの竜は空を舞い、雄々しく翼を広げている。
その竜の前には天使たちがいた。
純白の翼を羽ばたかせて、果実を手に楽しそうに談笑している。天使たちは竜に笑顔で手を振っていた。
竜は空から地上へと――さらにその冥府へと降り立つ。
そこには悪魔たちが果実酒を手に、楽しそうに踊っていた。彼らもまた竜を見ると、手を振る。
竜はまたそこから飛び立った。
向かう先は地上だ。
そこは古い本がある図書館。
大きく広い部屋には多くの本が並べられている。誰もが口を閉ざして本を探し、手に取って、読んでいるその空間はとても静かだった。
その区切られた読書用のスペースで、少年と少女は一冊の本を読んでいる。
肩を寄せ合い、その絵本を読みふけっていた。
それは遠い昔のお話だった。一人の青年が、神を捨て、捨てられた神が怒りのままに世界を征服していた。人間は奴隷となり、戦ったのは悪魔だという。その悪魔の中に竜騎士という存在がいた。
それは――……。
「おい、天使と悪魔がケンカしてるぞー」
まるで他人事のように口にしたのはいったい誰だったか。さして、切羽詰まった様子はなく、「またか」と言わんばかりの肩の竦めようだった。
「何やってんだよ、お前ら」
ヤギの頭とライオンの体と持つ悪魔の少年と、純白の翼をもつ天使の少年。その双方の間に割って入ったのは一人の少年である。赤茶色の髪に、やや吊り上がった目は赤色だ。背は低くて、華奢で、童顔。男らしい要素は一切なさそうだが、それでも、ケンカを止めに入る姿勢は肩をすくめた男よりは男らしかった。
「「こいつがいけないんだ!!」」
同じことを口走る両者は、お互いをにらみつける。
「こいつがそもそも天使だからいけないんだ!」
「それを言うなら悪魔のお前だからだ!」
もうケンカの原因すらわらかなかった。少年は溜め息をつく。
「待てよ、そういう言い方をするからいけないんだろ? お互いもっと落ち着いて……」
「人間はすぐにそう言う!」
「お前はどっちの味方なんだ!」
「え」
まさか矛先がこちらに向かうとは思わなかった。思わず口ごもる少年の肩をたたいたのは、一人の少女だった。
「あら、味方とかどうでもいいじゃない」
「「げ」」
柔らかに波打つ藍色の髪をなびかせながら、現れた少女は金色と橙色の違う目の色でにっこりと微笑む。
「喧嘩両成敗っていう言葉、――知ってる?」
軽く握られた拳に、勝気に浮かぶ笑み。明らかな脅迫を持っている迫力に、天使と悪魔は首を横に振った。
「「ごめんなさい」」
「素直で結構」
少女は笑う。それを前にして天使と悪魔が逃げ出した。
「お前な……、今、〝混血〟を軽く発動させたろ?」
「あら、そのおかげで、簡単に終わったじゃない」
「そうだけど」
「私にできることは何でもするわよ。みんなが笑っていられるならね」
少年が少女にこれ見よがしに溜め息をついた時だった。
「おーい!」
そこに金色の髪をした天使の少年が現れる。中世的な顔立ちで、童顔という彼は、一見すれば女の子のようだが、実際は男だ。そんな彼は実に晴れやかな顔で、二人に手を振っていた。
「何やってんだよ? ケンカか?」
どこか楽しそうに笑う金髪の少年に、赤茶色の髪をした少年と、藍色の髪を持つ少女は顔を見合わせた。
「別に」
「ケンカ、っていうほどじゃない」
「……あぁ、うん、なんとなくわかったよ」
金髪の少年は溜め息をついた。
その上空では赤色の竜と、青い竜が旋回している。
「ほら、あいつらが待ってるぞ」
その指摘に少年と少女は笑った。
「そうだな」
少年は少女に手を差し出す。その手を少女は掴んだ。
「行きましょうか」
澄んだ空に竜が舞い、それを少年と少女が笑いながら追いかける。そんな幸せな風景がこの世界に広がっていた。
今日も、この世界は平穏な時を刻んでいく。
図書室の読書用に区切られた空間には、すでに誰もいなくなっていた。
そのテーブルには一冊の本が開いた状態で置かれている。
『世界は神さまのものになりました。
悪魔と天使は戦うことになったのです。
けれど、そこに騎士が現れました。
騎士は黄昏色をした竜に乗っていました。
竜騎士は黄昏竜と呼ばれました。
黄昏竜は必死になって戦いを止めました。
しかし、黄昏竜は死んでしまいました。
その代わりに手に入れたのは平和だったのです。
黄昏竜は今でもこの世界のどこかで、世界の平和を見守っているのです』
不意に開け放たれた窓から風が吹く。その風は本の上を滑り。
――パタン。
その本は静かに閉じられた。
竜は空を飛び、天使は天界へ、悪魔は冥府へ、人間は地上へ。
それぞれの世界が違えども、その四つの種族はある存在によって共存できるようになった。
その様子を静かに見ている者たちがいた。
真っ赤な髪を無造作に束ねている青年と、長い銀髪を持つ青年。そして、金色の髪を持つ少女と、その少女に寄り添う夜明け色のような明るい藍色を持つ青年。
四人はその世界を見て微笑むと、空気の中へと溶け込んでいく。
語り継がれるのは、【黄昏竜】。
かつて世界の運命を変えた伝説の竜騎士である。
終




