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逢魔刻の黄昏竜  作者: ましろ
五章 竜騎士は終止符を語る
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五章 竜騎士は終止符を語る②



 アビスに乗り、戦場を駆け抜けていたレリアは異常を感じ取り、動きを止めた。

「何があったの?」

 ――いや、何が起ころうとしている?

 そう疑問を抱かずにはいられなかった。

 あれほど多くいた天使たちが一斉に姿を消したのである。まるで嵐の前の静けさのような不気味な静寂が広がっていた。アビスもまた何か異変を感じ取っているのか、しきりに周囲を伺っている。

 そして、

「あら……」

 思わず、レリアは笑ってしまった。

 軍隊。

 そう、天使たちの軍隊だった。

 その数はゆうに千を超えるほどの天使たち。整然とした隊列を崩さずに、こちらへと向かっている。

 レリアは背後を振り返った。

 背後にいる悪魔たちは疲れ切っている。もう限界を超えた彼らは、あの軍と戦うことはできないはずだ。

「……ルカ」

 彼の名前を呟いて、彼の方角へとみる。彼は今も戦っているはずだ。ダスクと手を組んで、天使たちと戦っている。

「……はぁ」

 自分にしては大きな溜め息をついてしまった。

 あの軍勢を前にして、自分一人で戦わないといけないなんて。なんて骨が折れる行為なのだろう。でも、諦めはしない。

「勝って見せようじゃないの」

 ここは自分らしく戦おうと決めた。自然と口元か、笑みになる。

「アビス、あなたも最後まで一緒に飛んでくれる?」

アビスはちら、とこちらを見て、

「オオオオオオオォォンッッ」

 と、大きな雄叫びを上げる。

「ありがとう、アビス」

 レリアは一度だけ微笑んで、毅然と前を見据えた。剣を構える。神経を研ぎ澄ませて、〝敵〟を睥睨した。

「行くわよ」

 静かに告げて、アビスが大きな翼を羽ばたかせる。そして、一直線に、軍勢へ突進した。

 ――負けるかもしれない。

 おそらくレリアとこの軍勢との戦いは。別に負けてもいい。みんなの力に――これからの世界の平和へと繋がるのなら、それでいい。

『さぁ、私たちの強さを見せつけようじゃないの』

 そう告げたのは、レリアの心にある存在。

 ――〝混血〟、だ。

「えぇ、私たちの強さを見せつけましょう」

 それにレリアは答える。そして、レリアの深奥に住まうそれがにっこりと微笑んだのを感じた。

 そして、一気に感覚の全てが研ぎ澄まされる。五感全てが鋭利になり、風の流れすらも手に取るようにわかった。

「絶対に勝つ――!」

 アビスは吠える。

〝混血〟は笑った。

 レリアも、また勝気に笑って見せる。

「世界を平和にするために!」



 まさに血の戦場と化した。

 天使たちの中で、まるで踊り狂うように剣を振るい、天使たちを殺していくレリア。その凄絶さに、天使が攻撃するのも躊躇うほどだった。

〝混血〟によって力という力が解放されているレリアにとって、この天使の軍隊との戦いは苦ではない。息をするような自然さで、ステップを踏むような軽やかさで、敵を殺していった。

 レリアは感嘆する。

 これが〝混血〟を支配し、制御できた実力だ。

 ここまで違うとは思わなかった。

 これなら勝てる――そう確信さえ抱くほどに。

「死ね! この穢れた化け物め!」

 これでも、あなたたちの血が私の中にも流れているのだけれど。そう心の中で嘲笑して、レリアは剣で薙ぎ払う。

 しかし、

「オオオンッ」

 何かを忠告するように、アビスが鳴いた。

 ――何?

 反射的に振り返った先で、天使が陣を描いている。天使が操る術。聖法だった。狙いは自分かと思ったが、レリアではなかった。あろうことか遠くにいるルカだった。

 ――ルカ。

 ルカが危ない、そう判断した時には、もう体が動いていることに気付く。それでもその本能のままに従い、レリアは天使が描く陣の先へと躍り出た。

「ルカを殺させはしないわ」

 にっこりと、不敵に笑って見せた。そのレリアの胸部に、雷の矢が貫通する。刹那の風が通り過ぎた後の静寂。突然、体が燃え上がるような痛みに襲われた。

 レリアはルカの方角を見る。

 雷の矢は、レリアの体を貫通したことで、ルカのところまで行かなかったようだった。彼は今も、猛然と戦い続けている。

「間に合って、よかったわ」

 小さくこぼして、視界が大きく揺れた。正面を見据えていた視界が、空を映す。気づけば、レリアはアビスの背中から転がり落ちていた。

 アビスの大きく見開かれた目とあう。

「――もうダメのようね」

 それが果たして言葉として紡がれたかのかはわからなかった。ただ、ひたすらに落ちていく。ぶつかりあう風と空気が、傷ついた体にとても痛かった。

 もう駄目だ。こんなところで死ぬなんて、悔しい。もっと戦っていたかった。世界が平和になった瞬間を見てみたい。でも、少し安堵していた。もう、戦わなくていいことに。

 レリアを追いかけて、アビスが急降下してくる。その目は「諦めるな」と語りかけていた。

 ――諦めるな、か。

 そうね、まだ、諦めたくない。でも、もう体が動かないの。

 アビスはレリアとの距離をぐんぐんと縮めていく。そうして距離がなくなったとき、そのままアビスの手によって腹部へと押し付けられた。まるで抱きしめられているようだった。レリアは突然のことに目を見開いていると、アビスの体が大きく震動する。何? と疑問を抱くと同時に、気づいた。

 天使の攻撃を受けている。でも、天使の攻撃は効かないはず――と、竜の体越しから見れば、アビスは天使の武器である槍によって背中を突き刺されていた。何度何度も、その槍の先端がアビスの背中を貫く。

「アビス……!」

 アビスはレリアを庇った。

 翼はもうボロボロで、すでに飛べるような状態ではない。それでも、アビスの鋭く尖った爪はレリアを傷つけないように、優しくレリアを守っていた。こんな状況でも、気遣うアビスにレリアは泣きそうになる。

「アビス!」

 声を上げれば、アビスはレリアを見た。優し気なその眼差し。


『大丈夫。守ってあげるよ』


 そう声が聞こえた。

「アビス!」

 ぐんぐんと落下していく。そして、地上へと叩きつけられる前に、アビスは体を回転させた。その傷だらけの背中で、地面へと着地する。その衝撃が抱きすくめられているレリアにも伝わった。

「アビス! アビス!」

 レリアは仰向けに倒れる竜の顔を覗き込む。竜の首を撫でれば、自分の血で真っ赤になってしまった。

『大丈夫?』

 アビスの虚ろな視線がレリアに向けられる。

「大丈夫よ! 大丈夫だから……!」

『そう、よかった』

 アビスは笑った。安心したように。

『レリア。短い間だったけど、今まで一緒にいてくれてありがとう』

 アビスは甘えるように鳴くと、そのまま目を閉じる。

「アビス……!」

 涙が、頬を伝った。


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