四章 光明差す曇天に竜騎士は舞う
四章 光明差す曇天に竜騎士は舞う
――あれから一時間後。
深い闇が広がっていた夜は、朝の気配をうかがわせていた。
悪魔たちは魔術砲台の発動により、忙しなく動いていた。これから天界へといく準備をする悪魔もいれば、壊れてしまった結界を修復する悪魔、あまりの急激な事態に惚ける悪魔もいる。
ルカとレリアはカロンが亡くなった塔の上へと来ている。自然と二人で肩を寄せあうように座り込んでいた。背後には二頭の竜がルカとレリアを遠巻きに見守っていた。
あれから。
ルカたちは、特にレリアは仲間から怖がられていた。
心当たりはある。何しろ、レリアは自我を失い、〝混血〟の暴走するままに天使と悪魔を殺したのだ。誰もが怖がるのは当然だと思う。
そして、レリア自身も。
何しろ、レリアが一番恐れていた事態が起こったのだから当然だ。
――仲間を殺すかもしれない、という恐怖。
それを止めたいがために自制の術を探していたというのに、こんな結末を迎えてしまった。おそらくレリアは後悔や恐怖やら――いろいろな感情が渦巻いているはずだ。
レリアは、根はいいやつ。それをルカは知っているから、よけいにやるせない気分になる。
レリアが悪いというわけじゃない。そう言いたいのに言えない自分は、やはり弱い。
ルカもまた腫物を扱うような態度を取られた。
今にも死にゆく天使を看取った。それが、悪魔たちには面白くないのだろう。
そんな悪魔たちの自分たちに向けられる険悪な視線に、どれほど孤独感と不安をあおられただろうか。
それに何より、カロンが死んでしまった。
そのことがルカ――レリアも、堪える。
失ってはじめて知るその大切さ、とはよく言ったものだ。まさにそれを痛感している。胸奥に荒れ狂う感情と、ぼんやりと広がる虚無。その二つがせめぎあい、どうしようもなくなってしまう。
「……っ」
隣でレリアが嗚咽を漏らした。色の違う目からぽろり、と涙がこぼれる。
「――泣くなよ」
「……うん」
小さく頷くレリアはそれでもぼろぼろと涙があふれ続けた。
ルカもその涙を見て、つられてなのか、鼻の奥がつん、とする。目の奥が熱くなり、そのまま泣いてしまいたかった。
――どうして死んでしまったんだ。
カロンとの日々を思い出すと、その思いだけが募る。
天使だから。
悪魔だから。
――敵だから。
そう簡単に終わってしまっていいのだろうか。
もしかしたら、自分たちの過去には「助かる」という可能性があったのではないだろうか。
そう詮無きことを考えては、過ぎてしまった過去を変えることはできない、と嘆くしかなかった。
レリアもルカも、静かに泣いた。その涙が滲む視界に、朝日が美しく滲む。
――俺たちは何のために戦うんだろう?
友を殺して。
仲間から蔑まれて。
自分を悪魔として命を使い果たして。
敵だからという簡単な大義名分のために戦って。
「ルカ……」
ふと、落ち着きを取り戻したのか、レリアが頭をルカの肩に預ける。
「何?」
涙で震えた声。それにレリアは隠すことはしなかった。
「もし、ね」
レリアが続ける。
「みんなが仲良く暮らせる世界があったら、良かったのにね」
「……」
みんなが仲良く暮らせる世界? 天使も、悪魔も、人間も関係なく。争いもなく、憎悪もなく、敵愾心もない、平和な世界。
悪魔たちは悪魔たちの平和な世界を求めて戦ってきた。おそらく天使たちもそうだろう。決してそこに「みんな」という「共存」を示すことはなかった。
その種族の「幸せ」を願い、戦ってきたのだ。
けれど、レリアのいう「みんな」という響きは、とても斬新だった。しかし、自分たちが――ルカとレリアが願う「平和」に、しっくりとくる感覚である。
――共存。
確かにそんな世界があればどんなに嬉しいだろうか。しかし、それはとても「奇跡」に近い世界だ。
こんな世界では、決して望んでも、得られない未来である。でも、どうしてもその「共存」という言葉が頭から離れなかった。
「そうだな……」
結局、ルカに言えたのは、それだけである。自分には力がないから、それしかできなかった。
天界の白亜の一室で、神は泣いていた。溢れてくる涙は止まらない。止めようとしても、止まらないのだ。
「どうして……」
嗚咽の合間に、出てくるのは疑問の言葉。
「どうして、わたくしは泣いているの?」
ほろほろと涙が頬を濡らしていく。
なぜ?
どうして?
違う。
「ひどい……」
そう、ひどすぎる。残虐すぎる。多くの天使たちが殺された。悪魔に。人間に。竜に。すべてに。ひどい、許せない。
「ふ、う……ぅ……」
許せない、許せない、許せない――っ!!
「全てを滅ぼしてあげましょう……っ」
許せない。神にあだなす者はすべて消し去って見せよう。
そうして、神は――嗤った。
その瞬間、天界から、世界へと四つの騎士が放たれた。
赤い騎士。
青い騎士。
白い騎士。
黒い騎士。
四つの騎士は東西南北へと走る。神の威を見せつけるために。
それにいち早く気づいたのは、魔王のサフィル・ロードと、竜のハクリ・シンロの二人だった。
「まさか……?」
「神め、〝神威〟を発動させたか!」
焦燥が募る。緊張感が一気に張りつめた。
「あと二十四時間……神を倒さなければ。世界は滅びるぞ」
【世界の終わりまで二十四時間】
そよ風が吹き抜けていく。さらさらと揺れる木の葉と、みずみずしいまでの青さを呈している草。けれど、一陣の不吉な風が過ぎ去った瞬間、その青さは次第に乾いていき、不自然にも枯れ始めた。
それは突然のことだった。何かがはるか上空を通過していった。
塔の天辺にいたルカとレリアは、何かが飛んでいった方角を見つめる。まるで流星のように消えていった何か。
「何だ、今の……?」
「わからないわ」
レリアは涙を拭うと立ち上がった。
夜であれば流れ星だといえただろうけれど、今は朝である。流星など見えない。
けれど、とてつもなく嫌な予感がした。流れていくその姿を見たとたん、ぞ、とした恐怖が腹の底から沸き上がり、凶兆に鳥肌が立ったほどである。
「グルル……」
背後にいた二頭の竜が唸りを上げた。
「ダスク?」
「どうしたというの?」
二人の疑問の声はほぼ同時。しかし、竜はルカとレリアを見ていない。その竜の視線の先にいたのは、明けの空に浮かぶ白い影。天使の群れだった。
「天使?」
「なぜ、ここに……?」
結界は張ってあるというのに、どうして、天使が悪魔の国に姿を現す? 違う。結界の修復に時間がかかりすぎて、天使たちは修復しき切れていない結界の破壊の爪痕から侵入してきたのだ。
天使たちの数は多く、その空を無数の天使たちが飛んでいた。そこへ悪魔の軍隊が天使を討伐しようと城から飛び出してくる。そうして、天使と悪魔たちが戦い始めた。
その風景を見て、どうやら竜たちは戦おうとしているのか、牙を空に向けている。
でも、ルカたちはどうしても戦う気が起きなかった。その戦いを見ていると、カロンが死んでしまった光景を思い出してしまう。
――決して、諦めるな。
そうカロンは言った。でも、あんな思いをもうするのは、嫌だった。隣にいるレリアもカロンのことを思い出しているのか、ぼんやりと空を眺めていた。
「――私なんて、死ねばいいのに」
そうぽつりと、レリアは不意にこぼす。
「何、言ってるんだよ。馬鹿なこと言うな」
ただでさえ、カロンが死んでしまい気分が落ち込んでいるというのに、なぜ、ここにきて、自分が死ねばいいなんて言うのだろうか。
「暴走しなければ、こんなことにはならなかった。カロンだって死ぬことはなかった」
レリアはいまだに後悔の念にさいなまれているようだった。それは自分だって同じである。
「それに――そんな後悔しているくせに、私はまた戦いたいと思っている。また、みんなを殺してしまうかもしれないというのに」
はは、とレリアは自嘲気味に笑った。戦いに関しては、レリアもまた重圧がある。レリアの身の内に潜む〝混血〟。ルカにはそれがないため、その重圧と恐怖はわからなかった。
力がない自分と、力がありすぎて自我を失う彼女。
そのプレッシャーなんて、きっと計り知れないものだ。
――オレがもっとちゃんとしていれば。
カロンも死なずに、レリアだってこんな思いをしなくて済んだかもしれないのに。
そう思わずにはいられなかった。
悪魔たちは天使と必死になって戦っている。
仲間がどんどん死んで、天使がどんどん死んで――戦いが激化していった。けれど、自分たちのほうが圧倒的にやられていく。神の加護があるからか、それとも【神の階】の結界が破られた焦りや怒りからか定かではなかった。
けれど、天使の必死の様子はうかがえる。そして、天使の――神の怒りは激しく燃え上がっているようだった。天使たちはあろうことか城下町へと降りていく。
「止めろ!」
城下町には悪魔がいた。
その悪魔たちは軍に所属していない――いわゆる普通に暮らす悪魔たちである。その悪魔たちは戦闘能力を持っていなかった。悪魔だけではない。人間だっているのだ。
そんな彼らに、天使たちの制裁が下ろうとしている――。
【世界の終わりまで十八時間】
広大な湖が、その湖面に眩い太陽と、青い空を映していた。しかし、風が横切る。太陽の日差しの温度が徐々に高くなっていき、大地を熱で炙っていく。さらにその広大な湖の水位が下がっていき、湖は干上がった。
「おい、何か、来るぞ」
町から悪魔たちは空を見上げた。
そこには純白の翼をはためかせた天使の姿がある。しかも、こちらへと向かっていた。
軍に所属していない悪魔とはいえ、天使がどのような存在であるかはわかっていた。その天使たちがここへ向かっているということは――危険が迫っているということを。
「逃げろ!!」
誰かが叫んで――瞬間、眩い閃光が弾けた。




