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6話: ―獣― 十余五<とお あまり いつつ>

ある日、人は遠くを眺めた。

大きくうねる大地の向こう側には、いったい何があるのだろう。

人は知りたかった。

木は言った。


それなら、歩いて見に行けばいい。


人は歩き出した。

木は見送った。


木は一人で待った。

ずっとずっと待ち続けた。

そうして時は過ぎた後、うねる大地の向こうから誰かがやってきた。

兄の帰還に、木は喜んだ。

兄のそばには、もう一人の人と、小さな人がいた。

この二人も家族だと、人が言った。

木は喜んだ。

木は兄を”おとこ”と、もう一人を”おんな”と呼んだ。

男と女は、小さな人を””と呼んだ。


木は、男と女と子のために実を落とした。

三人はそれを食べた。

夜は月のあかりを眺めながら、大地に体を預け、みな寄り添って眠った。

木と人は幸福を知った。


男と女と子は、またうねる大地の向こうへ歩き出した。

木は、また家族を待ち続けた。


木は待ち続ける間、寂しくて、涙を流す代わりに果実を実らせた。

それは、木の足元にたくさん落ちた。

誰にも食べられることのない実は、母なる大地に帰っていった。

そこから小さな芽が出た。

芽は伸び双葉が落ち、茎は太く頑強に、そして大きく枝葉を広げていった。

木の周りには、たくさんの木が育ち続けた。


男と女と子は、木の元へは帰って来なかった。

木は、たくさんの木に囲まれてもう孤独ではないのに、寂しくて仕方なかった。


それを可哀そうに思った月は、静かに涙を流した。

涙は葉に落ち、それは地面にたまって形を成した。

四足で歩き、鼻は長く、口には牙があり、体中は柔らかな毛で覆われたものが生まれた。

人とは違う姿のそれに、木は『毛者けもの』と名付けた。

木は毛者と友達になった。





「明日、ですか?」

「ああ。お前に頼みたい」


 屋敷奥の湯殿から出たところで、村長の(りゅう)(じん)に呼びとめられた雫。明日、『(きずな)()え』で村の外に出ていた女性たちが、子を連れて帰ってくるという。

 村はその土地柄から、あまり他所との交流がない。だが村を存続させるためには、きちんと命を繋いでいくことが大切だ。近親同士での交わりでは健全な命は育たない。絆替えとは、他からの血を引き入れる目的で行われる婚礼で、数人の女性に村外の者と結婚させてから子を作らせ、その子が4歳になると離縁し、子どもだけを連れて村に帰ってくるという独特の婚姻方法なのだ。

 絆替えから帰ってきた女性と子どもは、村に入る前に一旦ハルナキ滝で禊を受ける。しかし祈祷方法が母子それぞれ違う為、子どもは滝から離れたところで待たなくてはならない。村の外は森の獣が闊歩しており、それらから守る為に護衛につく者が必要になる。柳仁は、その護衛の役を雫に頼んでいるのだ。


「どうしても1人、怪我の具合が良くならなくてな。誰か腕の立つ穴埋めをと綾竹と話し合った際に、あ奴がお前を強く推したのだ」

「で、でも私、女ですよ?」

「……それがどうした?」

「長が仰っておられたのでしょう。女が帯刀して前線に立つべきではない、過去にそんな事例はなかったと」

「ああ、言った。しかしそれを覆したのは、雫、お前自身だろう」

「!」


 思わぬ柳仁の言葉に、喉が詰まったように声が出ない。


「随分前から、綾竹に手ほどきを受けておるそうだな。話はたびたび耳にしておったぞ」

「う、え、嘘……!?」

「嘘? 何がだ?」

「だ、だって、ご存知なら絶対に反対されると思っ……」

「ああ、それは……うむ」


 ごほん、と低く咳払いをする柳仁。


「葵に脅されたのだ。雫の鍛錬を邪魔するなら、自分も玉髄から今後学ぶことはないと」


 祖母に似て頑固でしたたかな娘だ、と困った表情で嘆いたが、それは柳仁も同じだと雫は思った。


「しかし私では役不足ではありませんか? 籐馬の方が腕も立つし、彼に任せた方が良いかと思うのですが」

「何を言っておる。お前を推薦した綾竹の面目を潰す気か?」

「いえ、そういうつもりは……」

「それに、お前も絆替えでここに帰ってきた子だ。明日帰ってくる子どもが不安でいっぱいなことは、お前にも分かっておるだろう?」


 雫は伏せていた顔をさっと上げ、柳仁を見つめた。


「もしかして、私と同じように母親が帰らない子が……?」


 雫の問いに、柳仁は無言でうなずいた。

 時折、絆替えで外に出た者が帰って来なくなることがある。夫となった相手に心惹かれたり、外の世界の自由さに慣れてしまったりなど、その理由は様々だ。しかし村はそれを咎めることはしない。子どもを村に預けるという条件の下であれば。

 雫の母親も村には帰って来なかった、否、帰れなかった、と言った方が正しいかもしれない。雫が4歳を迎える直前、その時住んでいた村が賊に襲われたのだ。母親はそれに巻き込まれて落命し、父親も一緒に亡くなった。助かったのは雫1人だけで、それはまさに奇跡的なことだった。そうして遺された雫を柳仁が自ら引き取り、娘の葵と、両親を病で亡くした漉慈と共に育てることにしたのだ。


「しかも、その子には人狼族の血が半分流れておる」

「人狼族、ですか」

「あまり仲らいのない種族ではあるが、見た目も生活様式も人と然程変わりはない。ここで暮らしていくには問題はないと思う。だが…」


 柳仁が自分に何を求めているのか、もうその先の言葉を聞かずとも分かった。

 見も知らぬ村に1人寄越され、流れる血は人と違える物で。慣れぬ景色に小さな心が感じる重圧は、同じような境遇を経験した雫においても計り知れない。

 柳仁はその子どもが気がかりで、できればその気持ちを一番分かってあげられるであろう雫に一助となって欲しいのだろう。雫も雫で、その重圧を少しでも取り除けたら、と思った。たとえ軽くできなくとも、一緒に支えてあげたい。禊を終えるまでの短い間だけの関係になるかもしれないが、それでもその子の一瞬に役立てれば、と。

 雫はその場に跪くと、床に右の拳を付き、恭しく頭を下げた。


「長。その御役目、謹んでお受けいたします」

「うむ。初めての任務で不安は大きかろうが、主立って護衛に立つのはお前の師である綾竹だ。頭の指示に従い、班の和を乱さぬように心して掛かれよ」

「はい!」


 雫の気力に溢れた返答に、柳仁は満足げにうなずく。村にはまた、新たな歴史が一つ生まれようとしていた。







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