歯車に恋した者
歯車の日記のカルディナ視線です
純粋では足りない。
無垢というには悍ましい。
例えるなら枯れた井戸。
例えるなら深い深い海の底。
例えるなら芽吹くことなく息絶えた花の種。
例えるなら生まれることなく死んだ赤子の骸。
空虚で無為で底なしの芽吹く前に死んだ心。
そんな哀れな娘に俺は一目で恋に落ちた。
彼女に初めて出会ったのは友人と本人との結婚式だった。
恋人がいるはずの友人に同情しつつも俺はリルアから目が離せなかった。
はじめに目を惹いたのは限りなく黒に近い藍色の瞳だった。
それは毒を水だと偽り、喉の乾きを癒すために大量に飲んでいることに本人も気付いていないような、本来あるべき本能であったり五感であったり、そんな大切なものが欠落しているような危うい色。
初めの印象は親に捨てられたことに気付かない獣の子だった。
鴉の濡れ羽のような美しい漆黒の髪が映えるように照りを抑えた白いドレス。
落ち着いた紅を差した口を幸せそうに釣り上げ、作られた笑顔は誰が見てもしあわせな花嫁だった。
それが余計に瞳の仄暗さに拍車をかけていた。
偽りの笑みと言うより誰かから借りてきた笑みが相応しい。
そんな彼女の本当の笑顔が見たい。
もし笑い方が知らないのであれば教えてあげたい。
そんな庇護欲にも似た何かが湧き、同時に友人に殺意に似た何かが湧いた。
それは俺の物だ。俺の物を奪った挙句愛さないという未来を背負わせるなんて!
取り戻せ、そう悲鳴を上げる本能を捩じ伏せ、体調が悪いとその場を後にした。
そして月日は経ち、俺は徐々にリルアとコンタクトを取って行った。
「神様に毎晩遅くまで祈っているんです。それなのに御子は宿りません。どうしたらいいのでしょう?」
「大丈夫、リルア嬢がそのまま祈りを続けていたらきっと御子に恵まれますよ。」
お茶を飲みながら無自覚ながら拗ねたような顔をするリルア嬢。
逢瀬を重ねる毎に徐々に感情が芽生えていくリルア嬢を見るとまるで妹や娘の成長を見守るような暖かい感情と感情に対する価値観は俺がリルア嬢に見せた感情を基本としていることに仄暗い、何とも言えないドロドロした感情が胸に満ちる。
何も知らず何にも染まらず。
夜の分野では全くそんな調子であるリルア嬢にある意味ほっとした事は秘密だ。
友人も意中の令嬢にしか種を巻かないなんて我ながら優秀な友人を持ったものだと変に感心してしまった。
「カルディナ様?」
甘えることを知らないさみしがりの子供が上目で見つめてくる。
濡れたような瞳はまだ飢えて、求めるような色を帯びる。
普通の男であれば勘違いをして2人でシーツに隠れようとするような無邪気で淫らな視線。
出来れば自分も今すぐリルア嬢をシーツにの下に引き摺りこみたいと思ってはいるが彼女はまだ無知だ。
無知である彼女に無体は出来ず、今のところ己に課された兄や父親のような役目に徹する。
熱に負けそうな本能(下半身)を捩じ伏せ、彼女の髪を撫でる。
「なんの話をしていたんだっけ、リル?」
短い名前にさらに短くした愛称で呼び、砕けた話し方を意識するといっそ可哀想な程目が輝く。
聞くところによるとこの家はおろか、実家ですら名前を呼ばれることは稀だという。
あまりの待遇に涙を誘われる。
次会う時はボート遊び、その次は市井へお忍びでの見学。その次は遠駆けをしつつ領地経営の勉強。
例え友人の為を考えた行動に付き合わされているとしても俺に不満などなかった。
なぜ?
それは彼女が笑ってくれるから。
不器用に、不慣れに、そっと蕾が開くように微笑んでくれるから。
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彼女に会うのを禁止されるのはとても辛かった。
夜会やお茶会で友人の隣に侍る令嬢を見ると歪みながらも一途に友人を思いやるリルア嬢を思い、強引に引き離したくなった。
徐々に徐々に、彼女は社交界から姿を消した。
風の噂で聞いた。
彼女が友人の恋人に嫉妬して嫌がらせをしていると。
風の噂で聞いた。
それに怒り狂った友人が彼女を離縁し、修道院へ送ると。
「捨てるのなら、要らぬのならば俺がもらってもいいよな?」
あの無表情で無感動で哀れで甘え知らずの愛され知らずの可愛い、愛おしい子供を、手にしてもいいのだな?
どうしてこうなった\(^o^)/
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