It wishes the prayer of a new year's beginning.
ステージを飾る前にセットを作る必要が在るように、正月にも前準備が在る。
「何で、お餅を飾るの?」
「お供えだよ。神様にね」
二つ、無垢な茶色の硝子が僕を見上げた。僕は微笑んでそう説く。感情の無い、子供ながらにうつくしい顔と温度の定かじゃない視線を湛えて僕を見た彼女は、年を取る毎に表情を無くしているように思う。彼女の母親たる圭も本当に細やかな、機微しか悟らせない女性であったけれど、やはり血筋なのだろうか。顔立ちは僕が模した『誰か』とよく似ているのに。
この年で微笑が主な笑顔では、と少し心配をしつつ、僕は鏡餅のセッティングを終えると彼女に屈んで目線を合わせた。彼女は、由比は、真っ直ぐ僕を見据える。……少々居心地の悪さを感じるのは致し方ない。
「神様にお供え?」
「うん。新しい年を迎えるためにも、たいせつなことなんだよ?」
「神様なんかいないわ、侑生」
冬の風に揺れる金属が、身を切るように鳴いた。由比の落ち着いた声が宣託が如く告げる。
確かに。
そうかもしれなかった。
「……」
けれど。
「由比」
賛同を、僕はしなかった。
「神様は、いないかもしれないね。だけどね、祈りは無駄じゃないんだよ」
由比が首を傾げた。きょとん、とした表情は案外に素直で、年相応に思えて、内心ほっと胸を撫で下ろした。僕は続ける。
「あのね、由比。祈ることは、願うことは、[何か]を想うことなんだよ」
幾度、僕は嘆いただろう。
何度も、何度も強く、描いて、弾かれた。
求めたのは、念じたのはただ、ひとつだったのに。
「それにね、由比。祈ることや願うことは、生かすことでも在るんだよ。自分自身を、生かすんだ」
かつて僕が祈って止まなかったことは、願って止まなかったことは、現状僕を生かしていた。僕は生きなければならなかった。目の前で僕が語る言葉を咀嚼して飲み込もうとする少女のために────いや。
少女の中で受け継がれて脈々と流れる血、血を作る遺伝子……圭の、遺伝子のために。
「生かすんだ。だから、こうしてお供えすることは無駄じゃないし、大事なんだ。形式は意識を形にするしね」
形にすることは戒めを生む。戒めは、無くてはならないんだ。やっぱり、自分を生かすために。齢六歳の子供に何を熱弁してるのだろうかと冷静な自分が突っ込む。だけども、わからなくて良いんだ、今は。
聞いている現在をたとえ置き去りにしてしまっても、いずれ由比も身を以て理解する日が来るだろうから。
「侑生は、」
「うん」
「おかあさんのために、祈って、願うのね」
「……そうだね」
聡い由比の頭を撫でる。
年が明ければ、由比はまた一歳、年を取る。圭が高齢まで受け続けた『不老延命措置』の弊害が影響した体は、平均寿命を十五歳と聞く。一年、一年、年を経るたびに僕は常に心を傷め、痛める。
由比の長生きを望むのが、“由比自体の存在”を切望するからではなく“圭の遺伝子の継続”を渇望するからであると自覚しているゆえに。
由比は、当然気付いていた。賢い子だもの。
「侑生」
「うん」
「私は、頑張るよ」
「……うん」
そのあと、二人で正月の飾り付けをした。由比が、圭の遺伝子が、これからも生きて、そうして。
しあわせで、在るように、と。
静けさがいつかを思い出す。あの日の祈りは、今は違う形で続いていて、僕はそれがまだ変わらず在ることを願っていた。
『ドール』は残酷だった。もしかしたら人間より。
それでも、慕う彼女を可愛いと感じるのは偽りではなかった。
だから、生きて。
【Fin.】







