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ボクの本当の気持ち


「ねえ、織歌。ボクは、あの子の事を深く深く傷つけたね」


仕方が無い事だとは思うけれど。それでも、曖昧だった自分に腹が立つ。


「そうね。そうかも知れない。あいつ、本当に好きだったみたいだから」


それでも、と彼女は言葉を続ける。


「傷つかずに進んでいく物語は無いよ。傷つくことは、進んでいるっていうことだもん」


だから。そう呟いて、彼女はボクを見据える。


「お姉ちゃんは、向き合うの。過去と、自分の気持ちに」


そう言うと、彼女は過去の遠い記憶をこじ開けた。

 

 ──ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃん、大好きだよ


 昔から、泣き虫で、我儘で、優しい妹──織歌が、ボクに「好きだ」と言いだしたのはどれ位前だったのか、もう思い出せない。

 その言葉に、僅かながらも期待を抱く自分の汚さを自覚したのは何時いつ頃だったのか、まるでもう居ない人の記憶みたいに ぼんやりとして居て、思い出そうとする度に吐き気がする。

 他人は誰でも、思い出したく無い記憶があって。ボクにとって、最も思い出したくない記憶が、あの日織歌に吐いた、最低な嘘だ。


 ──ボクも織歌が大好きだよ。だから……





 ──……だから、ずっと一緒に居てね。……ボクは、織歌の物だから





 そう囁いた瞬間、織歌が酷く悲しそうな表情かおをした事を、良く覚えて居る。

 きっと、彼女は聡い子だから。その言葉一つで、ボクが彼女に何を求めて居るか、彼女をどんな目で見て居るか、手に取るように解ってしまったんだろう。

 妹に抱く感情じゃない事くらい、ボクだって理解して居る。『織歌』と云う存在を愛しい訳では無くて、妹に恋をしていると云う背徳感に酔っているだけだって事も。

 けれど、感情は加速する。留める事を知らずに、独りで。……まるで、織歌みたいに。


 ──………………うん。ありがとう、お姉ちゃん


  織歌が、「嬉しい」と呟いて、寂しそうに微笑んだ瞬間。深い後悔と、自己嫌悪が押し寄せてくる。

 ────あの日からだ。織歌がボクを「駄犬」と呼び、きつい言葉で周囲を威圧するようになったのも。

 強く気高くあろうと、自分を律する様になったのも。



 ──……ボクに、「好きだ」と言わなくなったのも。



 全ての始まりは、あの日の、あの瞬間からだ。



 ────お姉ちゃんに近付かないで



 ────駄犬。誰が貴女を一番見ていると思ってるの?



 そういう度に、だんだんと周囲から孤立して、その度にボクばかり見つめる織歌の姿を瞼に思い描けば、喉の奥がくつりと鳴り、緩みそうな頬に手をあてて抑え込む。

 ボクの為に、気高くあろうとして。ボクの為に、周囲を威嚇して。何よりも、ボクを第一に考えて、ボクだけを見つめる。そんな彼女が、可愛くて可愛くて仕方がなかったのだ。


 ────ねぇ、織歌。君は、とてもいいこだね


 他人の為に、自分の周囲からの評価を落としても良いと思う程、織歌にとって「好き」と言う言葉は、もっと、ずっと大切な言葉なんだ。

 酔ったような、高熱で言わされた譫言うわごとのような、不確定で、不安定な言葉では伝えきれないくらい、大切な言葉。

 甘い、甘い毒が、身体を蝕んでいくことに気付かないみたいに。蝕まれていく痛みが、心地良いと思うみたいに。

 彼女はボクに毒を注ぎ続けて、ボクを甘やかしてくれていた。それが、気持ちが良くて、堪らなかった。

 あの頃のボク達は、きっと互いが互いに依存していた。織歌は、ボクを愛して、ボクの行動を束縛することに。ボクは、そんな彼女からの束縛や、愛情を一身に受けることに。

 愛されることが心地よく感じるボクと、愛することが心地よく感じる彼女は、互いを預け合う事が一番最善だったのだ。



 ──…………だけど、もう



 互いに縋るのは、依存するのは、甘えるのは────………………もう、終わりにしよう。



「……ねえ。ボクには、とても大好きな子が居るんだ」



 彼女の耳元でそう呟いて、ちゅっ、と軽く君の耳にキスを落とす。

 その感触に彼女がほんの少し身じろぎして、ふい、と顔を背ける。


「知らないわ」「本当に?」


 解りきった嘘を吐く彼女に、思わずくすりと笑みが零れる。

 嘘を吐いた時に、右の眉がぴくりと動くのは、君が知らなくてボクだけが知っている癖だ。

 十年間、ずっと君だけを見詰め続けて居たんだから。だから、もう逃がしてあげない。


 ──ねえ、お姉ちゃん。大好きだよ


 君があの日に言った言葉に、今、答えるよ。





「ねえ、織歌。ボクは、織歌の事が大好きだよ」





「………………生意気な駄犬ね。おしおきが必要だわ」






「君が望むなら、いくらでも」




 そう微笑んで、織歌の華奢な肩に顔をうずめれば、「本当、生意気」と呟いて軽く髪を撫でる。


「駄犬、泣いているの?」「……雨じゃないかな」


「随分ピンポイントに降る雨ね」「………………冷たい?」


 恐る恐る、けれど顔は織歌の肩に埋めたまま訊ねると、少し間が空いてからゆっくりと髪を撫でる。



「……いいえ、とても温かな雨ね」



 織歌は、ほんの少しだけ、泣いているみたいだった。

 相手に伝わる様に愛情を表現するのは、とても難しい。

 自分を好いてくれる人を同じように恋愛対象として見れないのは、とても苦しい。

 織歌も、夏琳も、皆愛情を伝えただけだ。ボクは織歌を選び、夏琳を選ぶ事が出来なかった。

 けれど、ボクは、世界が何度変わっても。何度生まれ変わっても、必ず織歌を選ぶだろう。


「……ねえ、駄犬」


 だって、こんなにもボクの記憶に、強烈に残り続けるのは──



「好きよ」



 この先、君しか居ないと思うから。





「ねえ、お姉ちゃん。あの後、夏琳とあたしが話した事、知ってる?」


そんな事を、唐突に君が言うものだから。驚いて、零れる言葉が震えてしまう。


「夏琳はボクに用事があって来ていたって言ってたよね?」


震える声でそう問いかけると、彼女は唇をきゅっと曲げる。


「本当は教えたくないけど、お姉ちゃんにだけは教えてあげる」


そう言って微笑んだ織歌の顔は、知らない女性のような顔をしていた。

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