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ボクと織歌と、本当の気持ち

ボクは写真に目をとめながら、隣で静かに話を待つ織歌にゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ねえ、織歌。ボクの気持ちに、本当は気付いていた?」


君は妙に聡い子だから。隠しておきたい気持ちにも、きっと気付いていたのだろう。


「……さぁ、あたしは何も知らないわ。お姉ちゃんから、教えて?」


そう言うと、織歌はにやりと意地悪げに微笑む。


────嗚呼、全く。君は本当に、狡い子だ。


「じゃあ、一度しか言わないよ。ちゃんと聞いていて」


そう呟くと、ボクは君に、あの日の事を語った。

 

 ──……ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんは、あたしの傍にずうっと居てくれるよね?


  橙色に染まる帰り道を、今よりも少し小さな織歌と、やはり今よりも一回り小さなボクが手を繋いで歩く。

  心なしか、ボクの手を握る織歌の手が、ほんの少し小刻みに震えていて。


 ──当たり前じゃないか、織歌。ボクは、世界で一番 織歌のことが大切なんだから。だから、そんなこと心配しなくても良いんだよ


  そう言って安心させるように織歌の手をぎゅっと握れば、瞬間それでは足りないと言うように、織歌がボクの手に自分の指を絡める。


 ──お姉ちゃんは狡い。あたしだけのお姉ちゃんなのに


 ──とか、他の女の子とも仲良しで。なのに、そうやっていつも、あたしに期待ばかりさせて




 ──だからお姉ちゃんは、ずっとあたしから離れないでいてね?




 ──うん。ボクは織歌から離れないよ。ずっとずっと一緒だ




 ──………………………嘘をついたら?




 ──…………そうだなあ…………




 ──……ボクの全部を、織歌にあげる




 最低な嘘をついた。その場凌ぎの、最悪な嘘。

 聡い君の事だ。きっと、その言葉が嘘だと気付いて居たんだろう。

 織歌は、今にも泣きだしそうな笑顔で「うん」と頷いて、ボクと手を繋いだ。湿った、夏特有の生ぬるい風がボクと織歌の間を擦り抜けて、何処かへと消えていく。

 ボクは何時もの通り、織歌の柔らかな髪を梳こうとして、手を伸ばす。


 けれど────


  ──……お姉ちゃん、早く帰ろう。もうすぐ夕飯だから。


  さり気無く、けれど確かな意志を持って織歌がボクの手を避ける。

  不意に心臓が痛くなって、何故だか心の奥に明確な苛立ちが生まれる。それが何故生まれたのか、今ではもう思い出せない。





「……ねえ、クズ」





  織歌が、まるでボクを庇うかのように立ちはだかり、夏琳を文字通り刺す様に睨みつける。


「…………何かしら、小さな子」


  織歌は夏琳の嫌味を、フンと鼻であしらうと、ボクの方をちらり、と見て、その薄桃色の唇をそっと開く。


「……クズは、お姉ちゃんの事が好き?」


「勿論よ」


「どの位?」


「どの位……って──……」


「世界一?宇宙一?そんな陳腐な言葉でこの人を括らないで!」


  織歌は、まるで癇癪を起こした子供の様に泣きながら叫ぶ。耳の奥が貫かれて、鼓膜が強制的に震わされる。

  嗚呼、この子は危険だ。妙に大人びて居る分、誰よりも脆くて、傷付き易い。

  だけど、まだ。この子はたった10歳なんだ。無垢で純粋で、他の少女よりも少し大人びて居るだけで。誰よりも繊細で、脆い子供なんだ。


「クズはお姉ちゃんの事何にも理解してないよ!何一つ、解ろうとしてない!「好き」って気持ちだけで、全て上手くはいかないよ!」


  強い言葉は、自分を守ろうとしているだけ。


「解らないわよ!他人の考えなんて、気持ちなんて想像でしか解らない!」


  反論は、心中をてられたことへの苛立ちや焦りを隠すため。

  そのどれもが、本気で他人と関わろうとしているからこそ、浮き彫りになる。



 ──……なら、ボクは?



  本気で他人と関わろうとしているのだろうか。本気で、君に伝えた事があっただろうか。

 ──「☓☓☓☓☓」って、「☓☓☓☓☓」って。


 ──…………「☓☓☓」って、伝えた事があっただろうか。


  彼女から向けられる独占欲が、心地良かっただけなんじゃないだろうか。

  そうだ。織歌から向けられる独占欲が、夏琳から向けられる愛情が、妙に心地良かっただけだ。

  ボクの気持ちは、ずっと。君に出逢った時から。




 ──……ちゃんと、決まっていたのに。




  ボクは、唯一の人の元へ、馬鹿みたいに駆け出す。……嗚呼、本当に、ボクは────


  ──……ボクは、本当に彼女の有物みたいだ。


  ずっと、ずっと後悔して居た。彼女を傷つけた事を、彼女を『特別な存在』として扱わなかった事を。

  だからこそ、今。ボクは彼女に伝えないといけない。


 ──「好きだ」って。


  彼女の赤いランドセル越しに、屈んで君の首にそっと腕をまわす。心臓の音が、妙に高鳴って聴こえた。

  子供騙しの、ボクの気持ちを誤魔化す為の御芝居は、もう閉幕しよう。


「……ねえ、織歌」


  だけど、少しだけ悔しいから。君にはまだ、答えをあげない。

  ボクのほうが優位な、こんな状況がたまにはあっても良いだろう。…………なんて言えば、彼女は不満げに唇を尖らせるのだろうけど。


「……何よ、駄目犬」


  相も変わらず、気ばかり強くて。それでも、その強い態度と反するような華奢な肩は、いつも怯えたように微かに震えている。


「ちょ、夏夜」


  ごめんね、夏琳。本当は、ちゃんと君の好意に気付いて居たんだ。

  気付きたくなかっただけで、その手を離すことを躊躇っただけで。本当はずっと前から、彼女の気持ちには気付いていた。

  応えられないから、ずっと君の気持ちに見ない振りをし続けていた。応え無くても、友人として傍に居たかった。

  それでも、きっと。ボク達はそれじゃいけなかったんだ。いつまでも答えを出せなかったからこそ、こんな風に糸は捻れてこんがらがってしまった。

  それでも、この気持ちが前に進む切っ掛けになれる事を願うのはどうか許して欲しい。

────最低で、我儘で、依存ばかりするボクのことを、憎んで貰って良いから。

  ボクは、彼女の首筋に顔を(うず)めて、この関係を終わらせる為の呪文を唱える。



「………………ねえ、織歌、夏琳。ボクの話を、聞いてくれる?」




「あのね、お姉ちゃん。あの時、あたし、嬉しくて、苦しかったよ」


唐突に、君がそんな事を呟くものだから。やっぱり知っていたんじゃないか、なんて溜め息を吐いてしまう。そんなボクを見て、織歌は「信じきれなかったの」と呟く。


「お姉ちゃんの言葉が、嘘だと思ってた。今でも、時々信じられなくなる」


「………………」


「ねえ、お姉ちゃん。もう一度、伝えて」


胸に疼く傷跡を、甘く、深く傷つけられる。


────嗚呼、本当に、彼女はなんて子だろう


妙に大人びているくせに、こんな時ばかり、子供のようにまっすぐな目をする。


「……教えてあげるよ、織歌。あの時の事も、君が知りたがっていることも、全部」


そう呟くと、ボクは遠い記憶の傷跡を探った。

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