特別な日の朝
細かくだらだらした感じ小説が苦手な方は、このお話はそれです。
私にとって、誕生日というのはそれまで大きなイベントではなかった。たくさんの人におめでとう、と言われるのも照れくさいだけで、あまり嬉しいとは思わなかった。
プレゼントだって綺麗な包みをもらうことが私にとって喜びだったから、中身はなんでもよかった。
でも今日だけは違う。
私はすでにわくわくしていた。 いつもは母さんに起こしてもらうまで寝ている私も今日は優ちゃんの声(優ちゃんは必ず朝起きてドアを開けておはようと言う)でパチリと目が覚めた。
「おはよう、優ちゃん」
私があいさつすると、優ちゃんは少し驚いて、テレビの音量を小さくした。
「ごめんね、起こしちゃったね」
「違うよ。目が覚めたの」
「今日は加奈の誕生日だもんね」
優ちゃんは優しく笑う。そしてコーヒーを飲む。
その優しい笑顔のまま、誕生日おめでとう、と言って私を抱き締めた。
優ちゃんはよく私を抱きしめてくれるけど、誕生日にこうされるのはいつまでたってもなれない。
私はなんだかくすぐったくてふふふ、と笑うと優ちゃんは体を離して私に言う。
「あんなに小さかったのに、早いねえ」
私が産まれたとき、優ちゃんは11歳だった。
母さんはよく言う。 優ちゃんはひたすらあなたを可愛がったのよ、と。
そして父さんも言う。
優は母さんに負けないくらい加奈のお母さんだったよ、と。
「14歳だよ、まだまだ小さいね」
「そうだね。でも、大きくなったよ」
優ちゃんはやっぱりにこにこしながら私に言う。
「まあ、加奈がいるわ」
陽気な母さんは朝から大袈裟に言ってみせる。
「おはよう、母さん」
優ちゃんがまず挨拶して私もおはよう、と続ける。
母さんはさて、と一人言を呟いてキッチンに向かう。
「加奈、ご飯食べる前に制服に着替えてきなよ」
「はあい」
私はスキップをしながらリビングを出て寝室に向かった。
がらり。
まだ寝ている人もいるのも忘れて私は勢いよく襖を開けてしまった。
寝室ではお父さんがちょうど目を覚ましたところらしく、足だけを布団に入れて体を起こしてぼんやりとしていた。
「おはよう……お父さん」
「ああ……」
もそもそと口の中で呟くお父さんを見ながらハンガーから制服をとり、部屋を出た。
私はお父さんが少し苦手だ。ぶっきらぼうなのは知っているけど、いつも無口で何を思っているかわからないお父さん。
だから私は"お父さん"だ。
洗面所の鏡を見つめる。
そこにはいつもと変わらない、昨日の私と同じ私がいた。
誕生日になるといつも思う。何が変わったのかと。
「ほらほら加奈、お兄ちゃん起きてこないうちに食べちゃいなさい。バタバタするからね」
「うん」
母さんがカウンターに並べた朝食をテーブルに持っていき、優ちゃんの隣に座った。
「今日はゆっくり食べられるね」
私は優ちゃんについでもらった牛乳を飲みながら目玉焼きに醤油をかけた。
「ほらほら、周も急ぎなさい。お父さんも」
周兄ちゃんはパジャマのまま席について母さんが持ってきた朝食をもそもそと食べる。
お父さんはいつも通り新聞を読みながら朝食を食べる。
優ちゃんはコーヒーだけを飲む。
そして私は目玉焼きに醤油をかけて食べる。
私たちの朝だ。
「周、今日は送ってあげるから」
「なんで姉ちゃんに送られて学校行かなきゃなんないんだよ」
周兄ちゃんは吹き出した。
「どうせ周の高校の近く通ってるんだし。それに周、遅刻ばっかりでしょ」
「わかったよ」
周兄ちゃんはいつも優ちゃんには負けてしまう。
私も優ちゃんの言うことならなんでも聞いてしまう。
言うことは理論的だし、丁寧だし、何より優しいのだ。
私はそんな周兄ちゃんを見ていたら目があって、小さく誕生日おめでとう、と言われた。
「ありがとう」
私はすごく恥ずかしくなって、すぐにキッチンに皿を運んでリビングを出た。
周兄ちゃんは小さなころたくさん遊んでくれたけど、今はそれが恥ずかしくなっている。
私はかばんを肩にかけ、靴をつっかけて、大きな声で言ってきますと言い、右足から踏み込んで左足で家を出た。