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セカンド・パラドックス

作者: 雨都アマネ

「あぁ、君『彼』と取引しちゃったんだね」


少女の前に現れた青年は残念そうに言った。


「誰?」


「そうだね、『世界を管理する者』といったとこかな。まぁ、僕を神と呼ぶものもいるけど」


 少女にとって青年の正体はどうでもよかった。重要なのは『敵』かそうでないかだ。


「君は目的の人物の死を回避することに成功した。だが、キサラギホタル、君に断言しよう。君が本来いる場所にいないことで、他の友人が死ぬんだ。一人は確実にね」


私は選択を間違ったのだろうか。


少女は9歳まで退行した自分の体を見下ろして思った。


闇カジノで手に入れた願いを叶えるコイン。それを手に入れ、カジノのオーナーである『彼』に願いを叶えてもらった。彼の正体は最後まで分からなかったが、目の前の男と似たようなものなのだろう。


しかし、すべて万能というわけではない。幼馴染の少年を救うため彼と運命を交換することになったし、未来で起きる事故に関してはもう一度自分が干渉する必要がある。


「とは言っても、これから何年か先の話だ。君はもうキサラギホタルとしてあの場所にはいられないけど、彼の運命と同じく感染症で死ぬこともないし、望むならあそこで生きるための戸籍だって用意してあげるよ」


「破格の申し出ね」


「君が変えてしまった過去によって、いくつかほころびが生じてしまった。君はこの世界の住人だし、自由に変える権利はあるけど、世界が望む形っていうのは存在しててね。そのためだったら、手伝ってあげるよ。なんだったら、君の知人の『時空旅行者』をつけてあげてもいい。十分に世界で動くことのできる『干渉権』を与えてね」


「でも、彼は…」


「まぁ、彼の場合は他の世界の出来事だから、介入できなかった。だけど、こちらの世界のことは自由なんだよ。なんせ彼はここの住人なんだから。とは、いっても彼も能力が使用できる年齢が決まってるから、ぽんぽん君の手伝いができるわけではないけどさ。便利屋さんだったら『予知者』の彼女の方がいいかな?でも、彼女は遠い場所にいるからコンタクトをとるのが相当大変だけどね」


「潤にもソフィーにも力は借りないわ」


「だけど、存在を失った君には協力者は必要だ」


 その日を境に少女は昔友人がつけてくれた自らの名を捨てた。



 ある所に不幸な少女がいた。少女の周りの子供たちも不幸だった。何の因果か彼らが生まれた先は実験工場。ある程度の大きさに育った彼女達は、バラバラに分別され訓練を受けさせられた。少女は大好きな人と離れたことは悲しかったが、その存在を支えに生き抜いた。少女が分別された先は肉体改造の部署だった。


多くの仲間が処分される中で、少女は奇跡的に生き残り、大好きな人に出会えることを夢見ていた。やがて、その施設が上層部によって解体され、生き残りの子供らが密かに日本で生きていることを知るまでの間、一人孤独の中で耐え抜いた。やがて、それは狂気を生む。依存しなければ生きていけない過酷な運命は彼女を無残にも捻じ曲げてしまったのである。生き残った少女――コトネがかの地を離れ、目的の人物を探すまで6年の月日が流れた。


「もうすぐ。もうすぐ会えるの!待っててね私の――」



 県立綾野高校。


 ホームルームを終え、生徒が帰宅していく中、中原蓮はだるそうに帰り支度をしていた。高校に入ってまだ新しい。


 蓮は特定の部活に入ることもなく、だらだらと学校生活を謳歌していた。憧れの先輩を追っかけて高校に入ったものの、相手はもう部活を続けていなく、自分を結ぶ共通点もなくなってしまった。もともと、大会で数回しか会ってないので、相手が自分を覚えているのかも自信がない。


未だに3年の教室に足を踏み入れることなく、もうすぐ1ヶ月が立とうとしていた。いきなり、1年が上級生の元へ行くには勇気がいる。


 後方のドアが開き、顔なじみの少年が一人教室に入ってきた。


「蓮、帰ろう」


「おう」


 蓮が顔をあげる。長い付き合いの蒼空がいた。


 ずっと一緒にいたのに、最近、何か物足りないような感じがした。それが、モノなのか人なのかいまいちはっきりしなかったが、欠けたピースが見つからずしっくりこない。


「ちょっと、中原くーん!」


 どうしたのかと声の方へ顔を向けると、同じ中学の川村恭子が日誌を持って立っていた。


ちなみに、蒼空とは小中高一緒だ。


「もう、日直忘れてるでしょー!」


「ぁっ、すまん」


「ったく、これだから、×××がいないと…」


 ―今、彼女はなんといった?


 蓮が思わず恭子の顔を凝視すると、彼女は「あれ?」と首をかしげて、「何言ってるんだろう私」とぶつぶつ独り言をいう。


「えと、日誌は中原君の分も書いておいたから、今度からちゃんとしてね」


「悪りぃ」


「日誌は私が出しとくから。じゃぁ」


 彼女はそういうと、鞄を持って教室を出て行った。


 恭子が教室からいなくなったのを見て、「ああそういえば」と蒼空がぽつりともらす。


「蓮のクラスの女子さ、嫌がらせ受けた子がいるんでしょ?」


「お前、そういうの早いよな」


「優等生の君と違って、僕の取柄は知識面だけだからね」


 蒼空の短い言葉にこめられた意味を蓮は知っている。過去、蓮のようになりたくて蒼空が必死に努力していたことも。しかし、その能力差もここでは意味を持たない。


「いや、俺みたいなのはここではバケモノさ」


「…蓮。でも、君はきっとその能力に感謝する日が来るよ。僕らのすぐ隣に非日常は存在する」


「そうだといいけどな…」


「それで、話戻るけど、さっきの川村さんもその被害者だった知ってた?」


「…あぁ。本人何も言わないから、俺も知らないふりしてっけど」


「なんかさ、まだ新学期なのに妙だよね。被害受けるのも無差別みたいだしね」


 そう語る蒼空は、自分の靴箱に切り刻まれたぬいぐるみが入れられていたことを蓮に話さなかった。心配させるから言わなかったのではない。もし、蓮が首を突っ込んだとしたらこちら側にもう戻ってこないような気がしたからだ。



「失礼しましたー」


 目的の担任の席を見つけた恭子は日誌を置き、職員室から出た。春なので放課後というのに廊下は明るく、節電のせいか廊下の蛍光灯はつけられていなかった。


 玄関までもう少しというところで、つるっと手がすべり鞄が地面に落ちる。がちっと、留め金が外れ、中身が廊下に散乱した。


「うはっ」


 恭子がノートを集めようとすると、別の手がそれを拾う。顔を見上げると知らない女子生徒が恭子の私物を差し出していた。


「はい、どうぞ」


「あ、ありがとう」


 一瞬、少女に見とれていたせいで恭子は言葉が詰まった。

上履きの学年カラ―が同じであるので、彼女も一年生なのだろう。後輩から借りているのなら別だが。


名前を尋ねると、彼女は一之瀬かずさと答えた。隣のクラスだという。恭子が自分の名を答えようとすると彼女は「1組の川村恭子さんでしょ」と言った。


 恭子が驚くとかずさは「かわいらしい人だから気になっててね」とほほえんだ。


 初対面の人間に言われ、思わず赤面する。これが異性だったら絶対好きになっていた。


「気をつけて帰るのよ」と言い残し、かずさは颯爽と去っていく。靡く黒髪を見つめながら、恭子はふと我に返った。以前、彼女と出会った気がするのである。


(うーん、あんなかわいい娘だったら覚えているはずよね)


 デジャビューというやつだろうと結論付け、疑問を追い払う。


(あー、帰ろう、帰ろう)

 

 


 コトネは鼻歌を歌いながら、街中を歩いていた。可愛らしい外見をしている彼女を危険視する通行人は誰もいない。


 コトネにとって、今日は最高の日だった。なにせ、あの人の周りのいらない人間を一人消すのだから。


 あの人は喜んでくれるだろうか。


 コトネをほめてくれるだろうか。


 もはや、彼女にとって一般の常識は存在しない。独自に構築されたコトネの世界には必要ないからである。


 そして、特殊な環境で育ったコトネを止めることができる者が多くはいないことをコトネはよくわかっていた。


 目の前の横断歩道にターゲットが信号待ちをしていた。


 思わず口角が上がる。


――哀れな哀れな羊さん。あなたはお兄ちゃんにはふさわしくないの!


 コトネが川村恭子の背中を押そうと近付く。


 あいにく彼女は気づいていない。手を伸ばせば簡単だ。


 あと、1m。


 あと、40cm。


 あと…

 


 恭子は悪寒を感じ、後ろを振り返った。しかし、後ろを振り返ったが不審な人物は誰もいない。信号が青に変わりメロディーが流れる。恭子は変わらない日常に向かって歩き出した。


 ――どういうこと!?


コトネは自分の腕をつかんだかずさを睨みあげていた。かずさは何も言わず、コトネの腕を引っ張ったまま、裏路地へ連れていく。


彼女が自分が殺すはずだった女に接触した人物だとコトネはしらない。ずっと自分を見張っていたことも。


 内心、コトネは無表情のかずさが怖かった。いろんな感情を殺した顔だ。


 コンクリートの壁にぶつかった衝撃でコトネは小さな悲鳴を上げた。



――なんなのよ、こいつ!?



 コトネのリストの中には目の前の少女は存在しない。コトネにとってイレギュラーだ。そのイレギュラーに自分の計画を止められてしまった。


「私はあなたのことを良く知っているわ。コトネちゃん」


 かずさはまるでコトネ以外の存在にも聞かせるかのようにゆっくりしゃべり始めた。


「本当は、2年前にあなたは中原蓮に接触を持つはずだった。でも、私が情報屋になるはずだった蒼空の人生を変えてしまったから、あなたはその情報を手に入れることはできなかった。別に私は、あなたが蓮の妹だろうとなかろうとそれ自体には興味ないわ。ただね、こんなアプローチの仕方は感心しないわ」


 そういいきるとかずさはすぅっと目を細める。


 コトネは上手く息ができず口をパクパクさせた。もし、冷静だったらこの場から逃げるための反撃もできたかもしれない。だが、かずさの言葉を耳に入れてしまってから自らのコントロールを失った。


 自分のペースに乗せて、主導権を握ることはかずさにとってたやすい。とくに、浅はかなコトネのような少女ならば。自分の方が勝つと思っている人間ほど崩れた時はあっけないものだ。



――私は、私は!



「『私はずっと地獄のようなところでお兄ちゃんのことを待っていたのよ!』とは言わないんだ?」


 言いたいことを言われ、思わず目を見開く。そんなコトネの様子を見ながら、かずさはかつてもう一つの世界でコトネから聞いた言葉を思い出す。それに比べれば、目の前のコトネは子ウサギのようなものだ。


 かずさが過去の自分を消したことによって、コトネのターゲット外れてしまっていた。第一ターゲットになるはずだったのは、今は存在しないキサラギホタルだったのだから。


「ねぇ、唯一のSナンバーさん」


 かずさは言葉を続ける。


「正直、あなたに同情する時もあった。依存が悪いってわけじゃない。あなたはそうすることで今まで生きてこれたんだから。ただ、方法を誤ってしまった。彼女達に手を出さなかったら、私もこういうことはしなくて済んだんだけどね。」


 あぁ、彼女の次の言葉の後で自分は殺される。コトネは悟る。説教するだけなら、道端でもいいはずだ。裏路地に連れ込むのは合法でない行為をするため。


 喉がカラカラと乾いた。


 かずさの手がコトネの頬を包む。


「まずは、保護してもらっているところでその体を治してもらいなさい。このままだと、お兄ちゃんに会うまでにあなた死ぬわよ」


「な、んでそのことを知って…」


「私もジェネティックチルドレンだったからね。Nナンバーだったけど」


「あなたは…」


「あぁ、蓮と同じNナンバーだからって妬くのはやめてね。あなたが今後手を出さないのなら、私は何もしないから。痛いのはいやでしょ?」


「そんなに好きなら直接蓮に会いに行けば?」といいながら、かずさはその場を後にする。


 コトネは気が抜け、その場にしゃがみこんだ。欠陥品であったコトネが他のジェネティックチルドレンにかなうはずがない。それが例え、薬物強化を受けてないNナンバーであっても。


 彼女が同郷のよしみで自分を生かしたのではないことだけは分かった。


 普通でないことを求められて育ったコトネには普通であることがわからない。ただ、歪な形をしていた愛が少しだけ変化した。



「いやぁ、劇的な出会いだったね」


 かずさの自室で寛ぐ男は楽しげに話す。急に表れた侵入者にかずは反応することもなく、視線だけ彼に向けた。


「相変わらず、暇人ね。私はあなたの娯楽じゃないのよ、管理者さん」


「でも、これで一つ君の友人の死が回避された。よかったじゃないか」


「そうね。恭子が車に轢かれていたら、あの子のこと許してなかっただろうし」


「しかし、君と彼の契約内容もやっかなもんだね。あと、数か月は蒼空君と会えないんでしょ?」


「別にもう慣れた」


 9年前、かずさは魔人とも呼ばれる青年と契約を交わし、望みを叶えた。しかし、その効力を維持するため、蒼空が16歳になるまで彼に契約したことを知られてはならない。かずさはそのため、高校に入るまで彼らとの接触を徹底的に避けている。かずさが契約内容をしゃべることはないだろうが、自分がいる場所がかずさから奪い取ったモノだと知ったら、彼はきっとショックだろう。


 魔人の力は決して万能ではない。ときどき本来かずさがいるはずだった痕跡を残したりする。かずさの望み通り安定してはいないのである。


 かずさは自分の行動を後悔したことはない。自分の信念の下行動するだけだ。だから、自分が善人ではないことは自覚している。今回のコトネの件も応急処置だ。


「ねぇ、かずさ。君は蒼空君がくれた名前を捨ててまでして彼を守ったんだ。きっと、彼らは君を受け入れてくれるよ」


「蓮と蒼空にとって『ほたる』は特殊施設で死んだ女の子よ。多分、会っても気づかないわよ。自分で言うのもなんだけど、彼らが知るほたるより性格が変わりすぎているし」


 かずさは知らない。彼らが今日話した3分の会話の中に無くしたはずの如月ほたるが存在しかけたことを。かずさが思っているよりも魔人の魔法が緩いことも。


 かずさ自身、彼らが真実を知るまで無関係な一之瀬かずさを演じ続けるだろう。かずさにとって2度目の人生でも、彼らにとっては1度目だ。相手を混乱させる情報を与える必要はないとかずさは思っている。なにせ、かずさは救いたい人間は蒼空だけではないのだから。



――これからは君一人で対処できないことも出てくるよ。ねぇ、かずさ。君は僕を利用すればいい。そのために僕は君の側にいるんだから



 男は全てをかずさには語らない。判断し決定をするのはかずさ自信でなければならない。


 以前、かずさは思ったことがある。少しだけなら彼らに会うことも可能ではないか。たった3分だけなら。しかし、それを実行したことはない。


完成していない本文のパラレルです。


書きなれていないため、速読すると文章量がとても少なく感じてしまいますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

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