ブードゥーの叫び 2
ブードゥーの叫び 1 の続きです。
もしよければ、 『1』 からお読みください。
一年後、僕はまたあの山に登っていた。
下山してから卒業論文をなんとか完成させ、論文はそれなりに評価された。
それを紐にゼミの教授になんとか大学院の推薦状を書いてもらい、変わらずに同じ大学に通っている。
ある時の飲み会の席で、教授に『何故、今頃三島なんて選んだのか』と改めて問われたため、一年前の藤堂家で見た日記がきっかけであると伝えた。
教授はいたく感心を持ったようで、その日記を見てみたいと言われた。
難色を示していると僕の卒論の欠点をネチネチと指摘し出したので観念して承諾したのだ。
一年ぶりに訪れたあの山は何も変わっていなかった。
最寄駅も山中の休憩所も、山道も、もちろん藤堂家もである。
煉瓦のアプローチを歩み、一応玄関をノックして金メッキが剥がれたドアノブに手をかけて開ける。
ドアは軋みながら開き、陽光が家内を明るく照らした。
木の匂いと埃の臭いは変わらず、むしろ湿気臭さが加わっているようだ。
一応、お邪魔しますと声をかけ、さらに各部屋をチェックする。
恥かしい話、誰かが住みついていたら、と思うと確認せざるを得ない。
そう、殺人鬼とか。
鎧戸は相変わらず占められており、僅かに鎧戸の合間から洩れ入った光が塵と室内を薄暗く照らすのみで、持参した懐中電灯を使って各部屋を見回る。
異常が認められず、日記のある部屋へ入る。
やはりこの部屋も変わっておらず、壁はクレヨンでぐちゃぐちゃに汚されていた。
一年前はこの部屋の異様な光景にぞっとしたが、今日はずんずんと机まで歩み出て引出を漁る。
当り前というかなんというか、ぼろぼろのノートはすぐに見つかった。
僕は懐かしく思い、もう一度机の椅子に腰をかけて日記を読み返した。
『 過ぎゆくなにもかもが私の心を透過する。私の心のろ過紙は網目が広く、一切合切何かをこすことはない。元来、そんな人間が日記をつけることなど許されることではないのだが、この出来事は書き記さねば私が赦さぬ。そう信じていた。 』
自然と口が歪曲する。
読み始めた時は、『中二病乙』なんて思ったことを思い出したのだ。
男の魂に触れて考えを改めたけど。
普遍的な文章は読み返す度になんらかの新鮮味を覚えるというが、僕はまたしても男の日記に涙を流してしまった。
いや、あの時は涙など流していない。
何故だろうか。
その理由を脳内で探る。
三木早苗を探している経緯や結果、失意が克明と具体的に描かれているのは去年見たのと同じ。
いや、何か見落としている?
違和感を感じながらも読み進め、
『
9月8日
死ぬことにした。
ありがとう →
』
という最期の分まで辿り着く。
破かれた数ページもそのままで、違和感の正体は掴めずじまい。
ふと日記をそのままにして、立ち上がって本棚に目をやる。
相変わらず理系の専門書とジョジョの奇妙な物語が並べられている。
が、ここにも違和感が。
「ふ、増えてる……?」
思わず呟いてしまった。
ジョジョ七部のスティールボールランの背表紙を見てしまったからだ。
僕は日記を読み返した。
違和感が分かった。
日記に書かれている内容が増えている。
いや、正確には文字が足されている。
僕の記憶では三木という人間が存在しないことが判明した後、すぐに死ぬという告白が来たはずだ。
それなのに、その後の藤堂の様子も描かれている!?
もう一度、最初から読み返す。
増えている描写に気を配りながら。
そして、破り去られた告白までの四日間ほどを覗いて、最後まで読む。
『
9月8日
死ぬことにした。
ありがとう →
』
この矢印はなんだろうか。
始めからあっただろうか?
いや、この一年で増えたと考えるのが普通だ。
震えた手で恐る恐るページをめくる。
『
9月9日
死ねない。
怖い。
9月10日
生きてても彼女と会えないならば死にたい。
死ねば彼女に会えるかもしれないのに。
彼女を見つけたのだから、
でも、会えなかったら?
私は孤独のままだ。
誰か、一緒に死んでもらおう。
そうすれば一人じゃない。
私も死ねるだろう。
9月11日
折しも夕方から天気が荒れる。
ラジオの天気予報では曇りと告げているが、宇宙からの衛星ともう24年もここに住んでいる人間とでは経験値が違う。
荒れる。
あの時の台風ほどではないにしろ、必ず荒れる。
運命の人を探すには今日は絶好の命日だ。
失敗した。
また、死ねなかった。
女は殺した。
けど、醜い女だった。
容姿がではない。
三木には程遠い精神性しかなかった。
筆談をキモイといった。
キモイとはどういう意味か分からないが、不快な言葉であることは口調で分かる。
あの、幼い頃に遊んだ洞窟。
三木が死んでいた洞窟で殺した。
やはり、私を理解してくれる人でないと駄目だ。
そう、この日記を読んでいるあなたのように。 』
「いぃちぃねぇん、まぁったわぁぁ」
背後からしわがれ、腹の底から響き、胃液を逆流させるような女の声が聞こえた。
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