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feedback   作者: swan
8/9

reunion

長らくお待たせしました。


 シンはどうやって誘おうかと本当に思っていた『彼女』への訪問をオリビアから切り出されて嬉しくなった。

 これでオリビアと彼女と自分で向き合える気がした。


「僕さ、彼女の家まで一人でたどり着ける自信が無かったんだ。オリビア、教えてくれる?」

「誰のうちよ」


 オリビアが呆れながら聞いてくれた。


「フローレットの家」

「まさか…」

「そうだよ、僕は行かなくてはいけないからね…」


 にっこり笑って御礼を言ったけどオリビアは何か考え込んでしまった。


 考え込んでいてもオリビアの中にはこの村はインプットされているようであんなに複雑な順路を一本も間違うことなくたどり着いた。


「フローレット」


 また玄関先で出迎えてくれた彼女にお礼を言ってシンは森で見つけていた野花を手渡す。

 嬉しそうに頬を染めた彼女に案内されて奥の部屋へ進む。


「オリビア」


 確認するようにシンはオリビアを振り返る。

 ちょっと間をおいて顔を上げたオリビアと目を合わせると頷く。

 これは、自分の中で最後の決心をまとめるようなもの。


 目の前にある扉をゆっくり開けると、安楽椅子でうとうととしていた彼女が顔をむける。


「…おはよう、アディ?」


 シンの言葉にアドロアは、驚いたように目を見開く。


「どうして、その呼び方は…」

「驚いてしまいますよね、この前初めて会ったばかりなのに…でも、僕は覚えてます。あなたの事を」


 シンはずっと持っていた手の中の花束をそっと差し出す。


「これは…これは……イーニー…」


 彼女の生きてきた分だけの年月の時を刻む手は震えながらもシンから白い花束を受け取る。


「白いデルフィニウム…それはあなたの事でしょう?」


 その皺が目立つ顔がそっと笑みを作る。瞳には涙が浮かび始めていた。


「そう、私よ…」




 目の前で二人が広げる光景にオリビアは戸惑ったように訊ねる。


「どうしておばあちゃんがデルフィニウムなの…?」


 シンは頷きながらオリビアに告げる。


「この国の西南の領地にガレロっていう地域があるんだ。行った事は無いんだけど、ガレロではすっごく珍しい白いデルフィニウムのことをアドロアとよんでいたんだ。言葉の起源はよく、分からないけれどね」

「…あなた、イーニーを知っているのね?」


 シンはそっと彼女の手をとると自身の胸の上に手を重ねる。


「えぇ、彼は…ぼくの中に」


 ずっとずっと昔、このアドロアがまだ若い娘であった時の恋。

 小さな町での能力者狩り、当時の能力者たちを恐怖に陥れアドロアを翻弄した恋。

 プレセハイド村に逃げ込み、愛する人と結婚し、子供ができても忘れられなかった事。


 彼は、アドロアを売ったのだと当時一緒に暮らしていた仲間は言った。

 軍にいる彼がアドロア達の特殊な能力を見抜いていたのだと。アドロアは利用されてしまったのだと両親は嘆いた。


「…アドロアさん」


 急速に過去に意識を飛ばし始めていたアドロアに若い凛とした声が響く。

 顔を上げると緊張した顔で彼は自分を見下ろしていた。


「ぼくの中のイーニー・ウィニーの言葉、思いを伝えます」


「イーニーの言葉…?」

「えぇ」


 シンはアドロアに目線を合わせるように膝立ちになるとアドロアの持っていた花束を一度オリビアに返す。そっと両手をシンが取って微笑んだ。


「僕が上手く伝えられるか自信がないけれど、伝えますね。目を閉じてみてください」


 アドロアは素直に瞼を閉じる。


『アドロア、私のアディ…こんな形で二度とキミに逢えなくなるとは思ってもみなかった』


「イーニー…」


 明らかにいつものシンの声や喋り方とは違うことに後で見ていたオリビアは驚く。


『私はまさか…軍があの土地で能力者を捕獲しようとしていたなんて思いもしなかった。そして、君たち家族がその中にいた事も…』


 シンも瞳を閉じていて、シンとアドロアの二人はなんだか光に包まれているようにも感じた。


『けれど、私が軍人で君達の仲間を殺し生活の場を奪ってしまった事には変わりがない。こんな私を怨んでいるだろうね…』


「いいえ、イーニーそんなことはなかった」


 呟くようにアドロアは言った。

 シンは口元に少しだけ笑みを浮かべたが、アドロアの言葉はただの記憶であるイーニーへ響くのだろうか。


『君がいなくなって私の周りは随分と変わってしまった。

 一番変わったのは私の心かもしれない。

 冷徹な命令も抵抗無くこなし軍の中で沢山の情報を操作するような仕事に打ち込んだ…しかし、君の事は結局ひと時も忘れる事が出来なかった。

 君の事をこんなに愛していたのかと、私はどうしてすぐに君にこの気持ちを伝えなかったのかと後悔ばかりだ。

 アドロア、こんな私からの言葉いつか君に伝えられるだろうか…』






 シンの言葉が途切れ、空気の流れまで止まったかのような沈黙が生まれた。

 アドロアは閉じていた瞼を開ける。

 それと同時にゆっくりと俯いていた顔を上げるとシンは少しぶっきらぼうにアドロアを見た。その顔に浮かぶのはいつものシンの柔和な表情ではなく、大人のビックリするくらい凛としたものだった。


『アディ』


 彼の手のひらがアドロアの頬に触れる。彼と目を合わせるとアドロアの顔が少女のように輝く。


「イーニー?」


 アドロアのシミと皺の刻まれた手のひらが彼と同じように彼の頬を撫でる。


『あぁ、そうだよ』


 彼は口元を少しだけ緩める。


「どうなっているの…?」


 思わず後から呟いたオリビアに彼は振り返りながら答えを返す。


『この体を…この少年…シン・ナカムラが一時的に私に引き渡してくれたようだ』


 聞きたい事が沢山出てきていたオリビアだったが、彼の目に強い意志を感じ、見守ることにした。彼の目にシン自身の意思も見た気がしたから。

 顔を再びアドロアに戻した彼は言葉を紡ぐ。


『アドロア、君がここで生きていてくれた事を嬉しく思う。私だけであれば決して再び君に逢う事が出来なかっただろう。私をこんな風に取り込んだ彼に感謝しなくてはいけないな。

…―これが君に逢う最初で最後になる。だから、これだけ言わせておくれ。

私は…君を愛している』


「ふふっ、こんなおばあちゃんに向かってイーニーったら」


 本当に嬉しそうに微笑んでアドロアは頷いた。


「私も貴方にこんな風にでも会うことができて良かったわ。私は怨んだりしていなかった。だってずっとずっとあなたの事を愛していたんだもの」


 彼は膝立ちから身を浮かせてそっとアドロアに口づけを落とす。


『さようなら、愛しい人』



 彼が呟いた直後シンのからだがぐらりっと傾いだ。

 力が抜けてアドロアに寄りかかるような状態になる。


「シン!」


 放心して二人のやり取りを見ていたオリビアは慌ててシンの体を支える。

 床に二人座り込むようにして体勢を変えたところでシンが顔をゆっくり上げる。


「アドロアさん、ウィニー情報特務官に会うことはできましたか? 彼の言葉を聞く事は出来ましたか?」


 ぼんやりしていたアドロアがシンの呼びかけに意識を戻して頷く。


「ええ、シン…貴方のおかげで長年会うことができなかった彼に会うことができたわ。

 …ありがとう」


 アドロアの言葉にシンの顔を歪む。

 体が辛いという様にシンは口元を押さえたがオリビアには、別のものも一緒に抑えている気がした。


「シン…どうしたの」


「僕は…人の記憶を食べて生きてきた。

ウィニー情報特務官だって彼の全てをぼくの中にいれている…こんなに最低で酷いことに、ありがとうなんて言われたことがない。言ってもらえる資格なんて…」


 オリビアが口を開こうとしたがその前に少し上から声下りてくる。


「そんな事はないわ。あなたは素晴らしい人よ」


 安楽椅子からアドロアは先程とは違い長く生きたものの持つ威厳をたたえていた。


「貴方はイーニーと私を幸せにできた。それは、貴方の能力が無かったらできなかった事よ。

 彼を私に逢わせる、そんな事をするために貴方はこんな風になるまで努力をした。それは本当に誇れるもの、自分を貶める事を言ってはいけないわ」


 にっこりと笑ったアドロアに、シンの顔がまた歪む。

 でも、辛そうではなくなんだか心底安心したような表情。

 横目でシンと目線がかち合う。


「えっ…」


 シンをじっと見ていたオリビアはシンの手のひらが急に自分の視界を埋めて声をあげる。


「オリビア、みるなよ」


 シンの恨めしそうな声が聞こえる。


「…わかったわよ」


 本当は言い返したかったし目隠しの手を払いのけたかったけど、シンの声が涙声だったのでしばらく待つ事にした。

 


 好きな女の子に涙を見せまいとするシン、シンを気遣いながら寄り添うオリビア。


 そんな二人をアドロア“おばあちゃん”は優しい顔で見守っていた。



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