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feedback   作者: swan
5/9

vice


 シンはゆっくりと目を開ける。

 別にそんな事をしなくても全てを見ることは出来るのだが、自分の意思で見ている事を確認するためにも目は開けておきたかった。


 決して目を逸らさないために。



 自分の体ではない『それ』は真っ直ぐに見ていた。




―――

―――――

――――――――



 硝煙が上がる。家々が破壊され人々がまるで物のように転がる。


はっ、はぁ、はぁ。


 走る。肺が酸素を求めて焼け付くように痛い。


――――助けなくてはいけない。


 なんて自分は馬鹿なんだろう。

 だって、これは全て彼女に関わる事。


 この作戦を聞いたのは今朝の緊急の招集だった。

 本当は上官たちにとってはずっと前から用意されていたシナリオだったのかも知れない。

 この穏やかな町をおとずれていた本当の理由。

 それを今しがた聞かされたばかりだった。


 “能力者の捕獲”一瞬何を言われているのか分からなかった。この町の一角を占める一族、彼らは国王が求める徴兵から逃げている能力者だと言うのだ。

 能力者…その響きにさえ驚きを覚えていたのに、彼が同僚から説明された地区を見て目の前が真っ黒になった。


 愛する彼女の住む家がその中に入っていたのだから。



 作戦では、王都からの礼状を持ち招集の旨を彼らに伝える。彼らが抵抗するようであれば、彼らを捕獲せよというもの。


 彼らが能力者としての招集要請に従ってくれることを祈った。

 彼女をこんな形で失いたくない。

 約束の丘に近い区域、能力者の一族が住まう家々を囲むように自身の分隊は待機していた。

 銃を握る手に力がこもる。初めての戦闘が、彼女を襲う事。



『おい、大丈夫か? すごい汗だな、能力者相手にビビッてるとか?』

『んなことある訳ないだろ』


 冗談交じりに声をかけてきた同僚に、何とか答えを返す。

 本当なら彼を今撃ち殺して彼女を助けに行きたい位だというのに、自分はそんなやり取りをしている。





 記憶が訴える悲愴にシンも打ち震えるしかない。

 シンは最後まで見届けるのだ。過去に起きた事を変える事は出来ない。


 



――彼の祈りなど、誰も聞いてくれるはずはない。





 案の定、軍の要求を拒否した彼らに対し上官は突入の命令を出した。

 彼が思っていた以上に沢山の火器が用意されていた。どんどん家々に打ち込まれる弾に呆然とするしかない。

 彼女があの中にいるかもしれないのに。いや、いるのだ。だって昨日の夜、彼女をこっそり家まで送っただろ?


“明日、あの丘で待ってる。大事な話があるの”


 彼女が耳元で囁いた言葉。

 仲間と共に自分も銃を抱え走り出していた。

 彼女の家族かもしれない、彼女の友人かもしれない彼らは抵抗し仲間に目の前で撃ち殺される。

 バッっと自分の目の前に広がる血に気がおかしくなりそうになる。


『馬鹿っ! 何殺してるんだよ!?』

『捕獲だろうっ!』

『そんな事言ったってこいつ等、戦闘系の能力者ですよっ!』


 同僚と隊長が交わす言葉。

 ほぼすり抜けていく。でも、耳に残った単語を口の中で繰り返す。


『戦闘の能力者?』

『そうだっ! 奴ら念動力や攻撃性の高い能力者ばかりの一族だ、ぼさっとするな』


 同僚に押されて止まりかけていた足が前に進む。

 しかし動きは、鈍い。



 戦闘の能力者、彼女が…。

 囚われてしまう、彼女が。


 ナニモデキナイ。



 たいして役に立たない新兵である彼はその動揺を見破られて、後陣へ回される。

 それからいくらも時間がたたないうちにそれは終わってしまった。



 空がオレンジ色に染まる。

 約束の時間だった。

 彼女に愛を誓った、丘へ待ち合わせた時間。



 事後処理を任された彼は再び彼女の住んでいた地区へ足を向ける。彼女の家はもう焼け落ちていて、誰が住んでいたかなんて分からない状況だった。

 ただ、彼女が好きな白い花が花壇の中で踏みにじられているだけ。

 全容を知る同僚の話では彼らの中にサキヨミの能力者がいたことで、この招集・攻撃を知られていた可能性があった。彼らは軍が来る前にほとんど逃げていたのではないかということだった。

 今回捕獲された中には女性はいなかった。

 亡くなってしまった彼ら、その中に彼女がいたかも不明。


 彼女に会うことはできない。


 それから、彼は後悔を抱えつつも約束の丘へはいけなかった。

 あんなにも愛していた彼女を自身の部隊が襲った事を悔やみつつ、動揺する彼は何かに急かされるように、丘を離れた。






 月日は流れ、彼は彼女を守れなかった報いを受ける。

 心を凍らせ仕事に打ち込む彼は中央の幹部までになり、彼女たち能力者という仲間から記憶を奪われるという報いを。


 少年の中で彼の記憶は保ち続けていた。

 

 そして、少年を通して彼の中にあった記憶が彼女を見つけ出したのだ。


 あの柔らかい笑顔…

 あぁ、彼女に会いたい。彼女に伝えたい。伝えたい。ツタエタイ。ツタエテクレ…



―――――――

――――

―――





「…くはっ!」


 真っ暗な闇の中から急速に意識が戻ってくる。

 でもそれはリアルではなく…。


「深層意識か…」


 現実と自分の記憶たちとの境目、沢山の記憶を集めた本棚のようなその空間にシンはぼんやりと立っていた。

 どこまで続くかも解らない天井に沿うように記憶たちが並ぶ。それをぐるりと見回す。シンは意識してここに立つことなど滅多に無い。わざわざ入らずとも勝手に浮上してくる記憶を利用する事が多いからだ。


 けど、今日は逃げるわけにはいかない。


 この胸を締め付けられるような思いをこの自分が見逃してはいけないのだ。弱虫のまま奥底に隠していてもいつか露呈して辛くなるだけ。

 意を決してシンは一歩踏み出した。

 この記憶の中から探し出さなくてはいけない。

 なにせ、彼はシンに何を伝えるべきを最後まで伝えてくれなかった。


 それは彼の思念が擦れたのか、シンへの試練を準備したとでもいうのか。




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