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王女殿下から美男子ハーレムをいただいた結果

作者: 長月 おと
掲載日:2026/04/05

「私の箱庭の男たち、全部アヴリルにあげる。あなたの好きにしてちょうだい」



 突然、主人である王女ユージェニー殿下から告げられた内容に私は耳を疑った。

 私アヴリルは、今年二十歳。アンバー男爵家の長女で、麗しきユージェニー王女殿下付きの筆頭侍女である。

 どうしてこの若さで筆頭侍女かというと、きっかけは十年前。王女の友人を選定する茶会において、王族に一切媚びず、目立たないよう地味に過ごしていた姿が逆に国王の目を引き、王女の友人に選ばれた。

 それから間もなくユージェニー殿下から「たまにしか会えない友人じゃなく、毎日会える侍女になって」と頼まれ、翌年には話し相手兼侍女見習いとして王城入り。

 黒髪を後頭部にひとつにまとめ、緑色の目元はできるだけ知的に見えるよう化粧を薄く施し、王女付きの侍女として相応しくあろう努力を重ねた結果、異例のスピード出世。二年前に筆頭侍女となった。

 そして誠心誠意仕え、ユージェニー殿下のことは知り尽くしていたつもりだったのだが……。

 私はできるだけ冷静に問いかける。



「ユージェニー殿下、恐れながら聞き直してもよろしいでしょうか? 箱庭の男というのは……ユージェニー殿下がお選びになった、総勢五十名の観賞用美男子たちのことですか?」

「それ以外に、あると思う?」

「――!」



 どうか聞き間違いであってほしいという願いは、あっさりと打ち砕かれた。



「だって、わたくし再来月には帝国に嫁ぐでしょう? 私にはもう箱庭は不要だもの」



 ユージェニー殿下は五年前、同盟国である帝国の皇帝に嫁ぐことが決まった。

 帝国は魔物が発生する土地から各国を守る役目を持ち、大陸で圧倒的な影響力を持つ強国。そんな帝国を統べる皇帝の妃に選ばれることは、大変名誉なこと。

 ただ皇帝はユージェニー殿下のひと回り年上で、冷酷非情な人物としても有名。

 私もユージェニー殿下と一緒に姿絵を見せてもらったが、そこには凶暴な熊……ではなく、野性味あふれる男性が描かれていた。

 ユージェニー殿下なんて、一飲みで食べられてしまいそうな風格だった。

 帝国の庇護下にある我が国に拒否権はなく、だからといって蝶よ花よと育てられた王女が果たして生きていけるのか。

 そう私が主人の身を案じている一方で、ユージェニー殿下は落ち着いた様子で姿絵をしばらく見たあと、国王陛下に願ったのだ。



『お父様、国中から美男子を集めてくださいませんか? 一生分の美男子を眺めればその容姿に飽き、皇帝陛下のような容姿が新鮮で魅力的に感じるでしょう』と。


 婚約者がいるのに、他の異性を愛でるなどとんでもない願いごとだ。

 だが、娘を溺愛していた国王陛下は、そのとんでもない願いを聞き入れた。

 さらに驚くべきことに、嫁ぎ先の皇帝陛下もそれを許してしまった。

 それから貴族から平民まで身分問わず国中から美男子を集め、王都に専用の屋敷を建て、本当に囲ってしまったのだ。

 これが王女の箱庭のはじまりである。


 ユージェニー殿下が箱庭を訪れるときに必ず集まるのであれば、美男子たちの出入りは自由。屋敷に滞在しても、ただの憩いの場として足を運ぶのでもかまわない。招集時にきちんと集まれば、報酬が支払われる仕組みだ。

 もちろんユージェニー殿下は皇帝に嫁ぐ身のため、指一本であっても美男子が触れないよう騎士や侍女による監視は徹底されていた。

 まさに王女のためだけの、期間限定の楽園。

 だからユージェニー殿下が嫁ぐのであれば不要になると、私も理解しているが……。



「どうしてユージェニー殿下の名で解散をせずに、私に与えようと? 箱庭の男性たちも、そのつもりだったと思うのですが」

「アヴリルったら、わたくしのことばかり優先して夜会にも出ていなかったでしょう? 出会いがなければ婚約者もいない。これでもアヴリルを独占した責任を感じているの。だから好みの男性がいれば、関われる機会を与えようと思ったのよ」



 ユージェニー殿下が眉を下げて微笑んだ。まさに慈愛に溢れる天使の笑み。

 なんと美しく、心優しいご主人様だろうか。

 って、危ない危ない。極上の笑みを浮かべるのは、ユージェニー殿下が自分の要望を押し通すときに繰り出す常套手段。絆されて、美男子ハーレムを受け取ってしまう流れにハマるところだった。



「ユージェニー殿下、お気持ちありがとうございます。ですが、結婚相手はこれから自分で探しますので――」

「もちろん誰も選ばずに箱庭を解散するのもアヴリルの自由。でも、まずは受け取ってもらうわ。セットでこの屋敷も譲渡するし、十年先までの維持費もアヴリルに支給すると、お父様に話は通してあるの」

「え!?」

「わたくしに非常に献身的だった褒美として、特別報酬もついてくるわよ。でも断ったら、全部なし」

「そんな」

「ふふ、目の前に莫大な利益があるんだもの。商家生まれのアヴリルは断れないでしょう? 諦めてちょうだい♡」



 ユージェニー殿下は、それはもう無邪気な笑みを浮かべられた。

 相手の性格を熟知しているのは、ユージェニー殿下も同じ。しかも国王陛下が認めた贈り物を、しがない男爵令嬢が断ることなどできない。

 こうして私は、ユージェニー殿下から美男子ハーレムを受け取ることになった。


 

 翌週から、箱庭の所有権は私に移った。このスピード感。あの国王と王女(おやこ)は随分と前から私に渡すつもりで動いていたようだ。

 ということで早速、権利譲渡書を国王陛下から受け取った私は動いた。



「当初の予定より一か月ほど早いですが、現時点で箱庭契約を解除される方には退職金を用意し、次の働き先を斡旋いたします。希望を教えてください」



 ホールに集めた美男子たちに、ハッキリと告げる。

 ユージェニー殿下のお気持ちは有難いが、気持ちだけで十分だ。

 だって美男子ハーレムに私の好みの男性はいないし、美男子たちも地味女の私には興味がないだろう。

 箱庭は早々に解散し、両親と弟を呼び寄せるつもりだ。

 私はユージェニー殿下が帝国に嫁いだら王宮の侍女を辞し、生家の事業の手伝いに入る予定。

 それに我がアンバー男爵家が営む商会が近年好調のため、屋敷を訪問する商談客が増えた。

 しかし現在住んでいる屋敷は古く狭い。商品を並べたり、保管する場所がなくて困っていたのだ。

 それに比べて箱庭の屋敷は、美男子たちが生活するために比較的大きく造られている。現在住んでいる男爵邸以上、上位貴族の屋敷未満の大きさはまさに理想。

 家族会議の結果、有難く使わせてもらうことにした。



「アヴリル様、仕事先は選べるんでしょうか?」



 とある美男子から質問が飛んできた。



「求人がなければご紹介できませんが、その際は国王陛下に助力を仰ぎ、できるだけ希望に近い就職先を探しましょう」

「では、できれば料理の修行ができる場所に――」

「後日、実家のほうに候補先を記した手紙を送ります。いままでご苦労様でした」



 私の後ろ盾には、ユージェニー殿下と国王陛下がいる。条件のいい仕事先を紹介してもらえると知った平民の男性たちは、素直に従ってくれる。

 仕事先の希望を伝え、退職金を受け取るなり箱庭から出ていった。

 問題は貴族の令息たちだ。

 十人ほどの令息がホールに残っている。

 その中から、癖のある桃色の髪をかき上げながらひとりの男性が私の目の前に立った。



「ねぇ、アヴリル嬢。次は君が僕を飼ってくれない。良いでしょう?」



 中性的な容姿に大変自信を持っている伯爵家の三男――レック様が、甘えるような声色で告げた。

 好きにしていいなら、このまま屋敷の外に放り投げたい。私は自信過剰なナルシストが苦手なのだ。

 しかし、彼らは男爵家出身の私よりも格上の家門の生まれ。舐め腐った態度だとしても、王女付きの筆頭侍女として、対外用の微笑みを保ってみせる……!



「申し訳ございません。私に美男子を飼うメリットがないので、お断りいたします。それにご希望であれば、仕事先ではなく婿入り先を探すべく、私から国王陛下に口添えを依頼いたしましょう」



 美男子たちは、家を継がない次男や三男ばかり。箱庭に召集されていなければ、今頃どこかに婿入りしていたはずの者もいる。

 もちろん箱庭のせいで婚期が遅れるリスクは事前に説明し、本人と家門の当主からも承諾を得ている。

 なので国王陛下からは予め婿入り先リストを用意してもらっていたのだが、レック様は私の頬に手を添えて、ウィンクをきめてきた。



「じゃあ、アヴリル嬢の婿にしてくださいよ」

「私、ですか?」



 意外な要望に内心驚きつつ、すまし顔で聞き返す。



「国一番の美女ユージェニー殿下ほどじゃないけれど、アヴリル嬢もなかなか美しいから、僕と釣り合いは取れるかなって。殿下に触れることが禁じられて出番はなかったけれど、テクニックには自信があるんだ。いい夢見させてあげられますよ――ぐぎゃ!」



 気付いたら私は、令息の腕を掴んで放り投げていた。

 一度目は我慢したのに、無駄になってしまった。

 でも気持ち悪いことを言いながら、私の頬に触れたんだもの。ホールが広くて、外まで放り投げられなかったのが悔やまれる。



「くっ、どうして侍女がこんなことできるんだ?」



 レック様は苦痛で顔を歪めながら、問いかけの眼差しを私を送ってくる。



「ユージェニー殿下の侍女たるもの、軽い武術くらいできて当然。男性の騎士がついてこれない着替えや入浴の場面で襲撃があっても対応できるよう、私は訓練を受けていましたから。ということで申し訳ありませんが、私は自分より弱い殿方を婿にするつもりはありません」

「僕の顔にも興味がない!?」

「私は顔よりも、強くできるかぎり逞しい男性が好みなのです。特に筋肉質ではない私程度の女性に投げ飛ばされるような、ひょろひょろの顔だけ男には興味がわきませんので失礼」



 ユージェニー殿下には悪いけれど、私の結婚相手は王宮騎士から探すつもりだ。

 美男子ハーレムの男性たちは、どうもスラッとした体型ばかりで魅力に欠ける。

 一方で侍女として、王族を守る王宮騎士たちの頼もしさはよく見てきた。不審人物に対しても臆することなく立ちはだかる筋肉の壁……じゃなくて、騎士の壁。非常にときめいたものだ。



「……馬鹿にしやがって」



 プライドが傷ついたようで、レック様の顔が怒りで真っ赤に染まっていく。

 ナルシストな上に短気なのは知っていたけれど、女性相手にも手をあげるタイプの気配がひしひしとする。

 私が王女付きの侍女ということを忘れたのだろうか。まだ私は王家のもの。手を出したら、一発で長期謹慎なのに……。

 ううん、全てを顔に使ってしまったので、頭は成長できなかったのかもしれない。可哀想に。

 そう思いながら私が攻撃に備えて、密かに構えようとしたとき――



「では、強くなればアヴリル様の婿候補にしてくれるんですか!?」



 令息集団の中から、金髪碧眼の青年が元気よく飛び出してきた。

 確か彼はマーカス・アディソン。

 アディソン侯爵が五年前に再婚した後妻の連れ子で、今年二十二歳。後妻のアディソン侯爵夫人は帝国出身の元伯爵夫人で、夫とは死別だったはず。

 そんな彼の色素の薄い金髪はさっぱりと整えられ、サファイアのような青い瞳はアーモンドアイ。身長は美男子ハーレムの中でも高く、爽やかな顔立ちは麗しい。ユージェニー殿下の一番のお気に入りだったと記憶している。

 そんなマーカス様は駆け寄った勢いのまま片膝を突いて、キラキラした眼差しで私を見上げた。



「俺に鍛える時間をください! あなた好みの男になってみせます!!」

「抜け駆けはずるいぞ!」

「じゃあ僕もチャンスを!」



 マーカス様に続き、残っていた他の令息たちまで名乗りをあげた。

 どうして、みんな私の婿になりたがるのかさっぱりわからない。

 私はしがない男爵家の令嬢。家業である商会は好調だけれど、私は跡継ぎではない。

 いや、このまま生家に戻るよりは今後家業を手伝う私の婿になって、生活基盤を手に入れた方が良いと判断したのかも。

 私の紐になるつもりなら諦めてほしいところだ。

 しかし、このまま諦めてと言っても身を引いてくれるような気配が彼らにはない。



「では、適性試験を行いたいと思います。私が用意した訓練のメニューについてこれたものを婿候補とします! なお、あくまで婿候補であり、確定ではないのでそのつもりで」



 それからレック様を除いての、婿の適性試験を行うことなった。

 私は騎士団長に相談して、とびっきり厳しいメニューを用意。根を上げて、婿候補を辞退してくれればいいと願って始めた……のだが。



「アヴリル様、次はどんな訓練ですか!?」



 次々と脱落者が出る中、マーカス様だけが残った。

 他の参加者がいなくなっても訓練は終わっていない――と、さらに厳しくしたのに、マーカス様は必死に食らいついてくる。

 クリアしたら、褒めて!と乞うようなキラッキラの笑顔が困りもの。

 ユージェニー殿下のそばで五年間、顔の良い男性たちを眺めてきて耐性がついている私でも眩しい。汗が輝いているから、物理的にも眩しい。

 ただ、どうしてマーカス様がここまで頑張るのかと不思議だ。後妻の連れ子だとしても生粋の貴族の血を引いているし、家族仲が悪いと聞いたこともない。

 しっかりとした長男がいるし、跡継ぎ争いを避けるため、あえて格下の令嬢と結婚する必要もない。

 その麗しいお顔だけでなく、訓練についてこれる根性と器用さをアピールすれば、もっと良家から婿入りのお誘いがあるでしょうに。本当にもったいない。



「今日の訓練は終わりですが、ひとつ聞いてもいいですか? どうしてマーカス様は私の婿候補に名乗りを上げたのでしょう。私の婿になっても紐にはする気はなく働いてもらいますし、家族と同居ですよ?」

「あれ? 俺、まだ伝えていませんでしたっけ?」

「何をです?」

「あなたに求婚したのは、ずっと前からアヴリル様を好きだからってことを」

「!?」



 予想もしていなかった答えに、私は目を丸くした。

 あまりにも理解不能で、恥ずかしさすら生まれない。



「意外でしたか?」

「え、えぇ……だって箱庭の解散を宣言する前まで、まともに言葉も交わしたことがなかったと思うのだけれど」

「そうですね。でも俺はずっとあなたを見ていました」



 マーカス様は目を細め、これまで以上に柔らかな笑みを浮かべて言葉を続ける。



「箱庭の男たちを眺めに来るユージェニー殿下の隣には、必ずあなたがいた。常に主人を敬う一歩引いた慎ましさ、勝手に主人に触れようと狙う男たちを常に牽制する眼差しの鋭さ、主人にだけ向ける柔らかい微笑み……どれもが美しい。気付いたら惹かれていました」

「私が美しい!?」



 所作はともかく……笑みまで美しいなんて、初めて言われた。

 私の隣りには絶世の美女であるユージェニー殿下がいるから、どうしたって霞んで見えるはずなのに。

 言われ慣れていない褒め言葉に、私の顔はどんどん熱を集めていく。



「俺の目には誰よりも美しく、綺麗に映っていますよ。周りに言われるがまま何の目標もなく生きて、人間として腐りかけていた俺の心は――誰かのために寄り添い、心から尽くすアヴリル様の姿に救われたのです。俺の女神は、あなたなのです」



 マーカス様はそれはもう、とびっきりの笑顔で言い切った。

 きっと美しい男性たちを見慣れていない一般人なら、失神するであろう輝き。

 ただ、この程度で靡くほど、私は単純ではない。

 私はユージェニー殿下のそばで、キラキラ男子を五年も見てきた。同じく、顔の良さを利用して箱庭で働く王城から派遣されたメイドに甘く囁き、乙女の恋心を弄ぶクズも見てきたのだ。

 国王陛下に相談してひっそり始末……じゃなくて箱庭から追放したが。

 とにかく、まだ私はマーカス様の表面上の性格しか知らないし、彼の言葉も本心かどうかも不明。

 私は深呼吸をして、動揺を落ち着かせようとした。

 そのとき、マーカス様が不満げな表情を見せた。



「その顔、俺の気持ちを信じていませんね?」

「……」

「でも交流を始めて日が浅いので、仕方ありませんね。ですが……悔しいのには変わりません」



 否定するのも無理があるので無言で笑みを返せば、マーカス様の目の奥がキラリと光った。



「アヴリル様に信じてもらうために、これからは全力で溺愛させてもらいます! 覚悟してください!」

「……はぁ」



 マーカス様にビシッと指をさされ宣言され、気迫に押されつつ頷くしかできなかったこのときの私は本当に考えが甘かった。



「アヴリル様、今日もあなたの顔が見れて良かった」



 と、顔を合わせるたびにマーカス様は蕩けるような笑みを浮かべて手を振り。



「あなたの美しい黒髪に合うと思って、俺なりに選んでみました」



 と、繊細なレースのリボンをプレゼントしてくれたり。



「綺麗な肌が日に焼けては大変です。どうぞお使いください」



 と、庭園のチェック中の私に日傘をさしたまま同行したり。

 常に過保護で、甘々な態度でマーカス様は接してくる。

 さすがに美男子に見慣れ『簡単に絆されない!』と気を引き締めている私でもドキドキしてしまう。

 特に最近の訓練の時間は大変だ。



「よっし! 今日のノルマも達成。アヴリル様、言われた通りにやり遂げましたよ! やっと水が飲める!」



 剣の素振りを終えたマーカス様は息を切らしつつ、笑顔で水を飲んでいく。

 そしてシャツのボタンを外し、汗をたっぷり吸い込んだシャツをその場で脱いで着替え始めるのだが……すごくいい体になってきている。

 細かった線が逞しくなり、部位ごとに筋肉の隆起がハッキリしてきて、腹筋はそろそろ綺麗なシックスパックに割れるだろう。

 顏どころか、体まで美しくなっているのだ。

 騎士が好みな私。筋肉フェチである。力強くしなやか――実用的で程よく肉厚な筋肉が好みなのだが、マーカス様の筋肉は非常に理想に近付いている。

 上手に育てすぎたかもしれない。相談した騎士団長考案の訓練メニューを甘く見ていた。

 そう私が頭を抱えていると、マーカス様が不敵な笑みを向け、自らの腹の筋を指先でなぞった。



「アヴリル様は顔より筋肉重視でしたよね? いくらでも見てください。俺は良いんですよ――体から愛してくれても?」

「言い方!」

「はは! 怒った顔も素敵ですね」

「減らない口ですわね」

「本心ですよ? どんなトラブルや相手にも冷静な表情ばかりのアヴリル様が、俺に心を許し始めたのだと思うと、どんな表情でも魅力的に見えてしまうんです」

「――っ」



 熱が込められたマーカス様の青い眼差しに射貫かれた私は、何も言葉が出なかった。

 侍女教育を通して感情を露わにしないことに慣れていたはずなのに、最近の私はマーカス様の前では上手くできない。

 彼の甘い言葉に屈託ない笑顔、優しい振る舞い……どれに触れても私の胸は高鳴り、勝手に頬が赤く染まる。

 今も怒りであっても受け止めてくれるマーカス様の寛大さに、甘えてしまっている。

 その事実が恥ずかしくもあり、彼に翻弄されてばかりなのが少々悔しく、私はスカートをぎゅっと握った。

 するとマーカス様が両手で顔を覆った。



「翻弄するつもりが、なんという返り討ち! アヴリル様、可愛いもいけるなんて……どれだけ俺を夢中にさせる気なんですか!」

「か、かわ……!」

「あぁ、動揺するアヴリル様も本当に可愛いですね。絶対に諦めないってますます気持ちが固まりました。大好きです、アヴリル様」



 そんな両手を外して露わになったマーカス様の顔は真っ赤で……私のことが好きと告げる彼の気持ちは本物だと、もう認めるしかなかった。

 そして自身の胸が甘い気持ちでいっぱいになる状態が恋であることも、私は認めるしかないと悟った。

 



 それから気を抜くと、私はマーカス様のことばかり考えるようになってしまった。

 今日も静かな箱庭の屋敷を歩きながらため息を吐く。



「はぁ、どうやって気持ちを伝えようかしら」



 私はマーカス様のことが好きだと自覚した。つまり両想い。

 けれども、相手に好意を伝えることがこれほど勇気がいるものとは思っておらず、なかなか言い出せずにいる。

 どうしてマーカス様は毎日のように告白できるのか、不思議でならない。

 そう思いながら、私は屋敷の点検を進めていく。


 屋敷はハーレム仕様で、希望者が住めるよう設計していたので客室が特に多い。

 しかし美男子たちが去った今客室に残されたベッドや調度品は不要となり、このあと買い取り業者に査定してもらう予定なのだ。

 ちなみにマーカス様はご実家のアディソン侯爵邸から、訓練のためだけに通っている状態。

 ということで私は侍女の仕事の合間を縫って、ベッドの数や調度品の状態を確認し、業者に書類を提出しなければならない。



「五年使っていた割に、状態がいいわね。高値で売れそう♪」



 屋敷のものは王家が用意した物。壊しては罰せられると美男子たちは思っていたのか、どの調度品も丁寧に扱っていたらしい。

 売り払った調度品のお金はこれまでの褒美として、私の資産にしていいと国王陛下から許しが出ているので嬉しい限りだ。



「次は庭園のベンチね」



 私は軽い足取りで、外に出た。

 その直後。



「きゃ!」



 突然何者かに腕を掴まれ、私はあっという間に芝生に押し倒されてしまった。

 背中の痛みに耐えながら、私は見下ろしてくる癖のある桃色の髪の青年を睨みつける。



「……レック様、なんのおつもりですか?」



 レック様は美男子ハーレム解散のときに、私の婿になりたいと最初に言い出した伯爵家の三男だ。

 格下の令嬢とはいえ、勝手に私の顔に触れるという無礼を働いたため屋敷から追放し、門番にはレック様を入れないよう通達してあったのに、どこから入ってきたのだろうか。


 とにかく、この体勢はまずい。両手を掴まれ地面に抑えつけられている上に、スカートがレック様の両膝で押さえられていて身動きが取れない。

 箱庭の美男子ハーレムは解散され、メイドも王城に引き上げたため、屋敷には数名しか滞在していない状態だ。叫んで助けを呼んでも、声が届くかどうか怪しい。



「あははは! すまし顔か作られた微笑みしか浮かべないアヴリル嬢の、こんな悔しげな表情を見れるなんて最高だ!」

「!?」

「みんなが見ている前でアヴリル嬢が僕をコケにするから、すっかり僕は社交界の笑いものさ! 顔だけ、顔だけ……って、いつも僕を見てうっとりしてくれた令嬢たちからも陰で笑われて、こんなに馬鹿にされたのは初めてだ。だから今日こそ君に勝って、汚名返上してやるのさ!」



 やはりあのときのことを根に持っての復讐らしい。レック様の目は血走っていることから、本気度が窺える。

 正々堂々と勝負を挑むのではなく、不意打ちで令嬢である私に勝ったところで汚名返上になるとは思えないが、下手に否定して殴られるのは避けたい。



「……レック様、私はすでに戦闘不能です。あなたの勝利を認めましょう。私の口からもレック様のほうが強いと周囲に説明もいたします」

「アヴリル嬢が僕に屈服したというのか?」

「えぇ、それで構いません。ですから私を解放していただけませんか?」

「……なら屈服した証に、僕に口付けをしてよ」



 言われた意味が分からず、私は眉をひそめた。

 一方でレック様はニタニタとした笑みを浮かべる。



「だって君は弱い顔だけ男は嫌いだと僕を振ったけれど、もう違うだろう? 僕は君より強い。だからアヴリル嬢、僕と結婚しようよ」

「結……婚……?」

「僕に振られる理由がなくなったんだから、僕を好きになってくれるよね? 僕の誘いを断ったのは君が初めてだ。あんな衝撃は今まで経験したことがない。最初は軽い気持ちで君と結婚したいと言ったけれど、今は心からアヴリル嬢が欲しくてほしくなって……頑張って諦めなくて良かったぁ」



 背中に悪寒が走り、全身に鳥肌が立ったのを感じた。

 どこにレック様を好きになれる要素があるのか、いくら自問自答しても答えは出ない。



「なに、を……頑張ったのですか?」

「ずっとアヴリル嬢に近付けるチャンスを窺い、晴れの日も雨の日もずーっと見張っていたんだよ? 誰も手を貸してくれないからさ、日焼けして大変だったけど、諦めず屋敷の周囲を張っていた甲斐があった。だってそのお陰で僕は門番の不意を突いて箱庭に入れて、君は今僕の手の中にいる」



 意味が分からない。

 レック様は本当に私を好きなのだろうか。

 だって好きな人を振り向かせるための努力というのは、優しさを与えたり、相手の好みを意識したり、誠意を見せる――マーカス様のような行動を指すはずだ。

 相手を屈服させて愛情を得ようとしてる相手を、どう好きになれようか。

 私は得体の知れない人物を目の前に、顔を強張らせた。



「あれ? 口づけしてくれないの? あぁ、照れているんだね? 可愛いね?」



 可愛いと言われたのに、マーカス様に言われたときのように喜べない。



「じゃあ、僕からしてあげるよ。大好きだよ、アヴリル嬢」



 ゆっくりとレック様の顔が近づいてくる。

 すごく嫌なのに、私の喉は引き攣って声が出てくれない。

 嫌だ……こんな人に初めてのキスを奪われるなんて――私の脳裏には、マーカス様の笑みが過った。



「アヴリル様に触れるな!」

「かはっ!」



 マーカス様の蹴りがレック様のお腹にめり込んだ。レック様の体が宙に浮き、勢いのまま弧を描いて数メートル先に飛んでいく。

 さすが騎士団長考案の訓練メニューを乗り越えてきたマーカス様。脚力が素晴らしい。

 レック様は地面に打ち付けられると、気を失ったようでピクリとも動かなくなった。



「アヴリル様、大丈夫ですか!?」



 慌てた様子で、マーカス様が私の背を支えて起こしてくれる。彼の表情は焦りや怒りが滲んでおり、心から私を心配するもの。

 そんな彼の表情を見ただけで、恐怖に支配されていた心が和らいでいくのを感じる。



「大丈夫です。押さえつけられただけで、それ以上のことは――でも良かった。マーカス様が屋敷にいて……本当に……助けてくれて、ありがとうござい、ます……っ」



 鼻の奥がツンとした後、私の目からは安堵の涙が流れた。

 頬にマーカス様が手を添えて親指で溢れる涙を拭ってくれる。

 その手は温かく、ガラス細工を扱うような優しさで、大切にされていると実感できるもの。



「私、マーカス様が好きです」



 気付いたら、私はそう言っていた。

 マーカス様は目を丸くして、徐々に顔を赤くしていく。



「ア、アヴリル様が……俺を? 本当ですか?」

「はい。私のために訓練に耐え、毎日のように愛を伝えられ、こんなに優しくされたら、どう惹かれずにいられるのかしら。マーカス様、私と結婚してくださいませんか?」

「――もちろん! 俺を好きになってくれてありがとうございます」



 マーカス様は満面を咲かせてから、誓いを込めるように私を強く抱き締めてくれる。

 私は逞しい腕の中に、これまでにないほどの安心と幸福感を覚えた。


 それからレック様は騎士に捕縛され連行。

 王女のお気に入りの侍女に手を出そうとした罪で、国王陛下は大変お怒りになった。国王陛下の怒りの火の粉を被るのを恐れたレック様のご実家は息子を勘当。それからレック様は行方知れずとなった。


 そして私とマーカス様は、無事に婚約。

 連れ子とはいえ侯爵家の次男が、跡継ぎでもない男爵令嬢の夫になることを反対するのでは……と心配したが、義両親となるアディソン侯爵夫妻は温かく私を認めてくれたのだった。

 むしろ「よく求婚を受け入れてくれた。ありがとう!」と大感謝され、驚いたくらいだ。

 それからしばらくして。



「アヴリル、ユージェニー王妃殿下から手紙が届いたよ」



 元箱庭の屋敷へと引っ越しの作業を進めていると、マーカス様が私宛の手紙を持ってきてくれた。



「殿下から?」



 ユージェニー殿下は先月帝国に嫁いだばかり。こんなに早く手紙を送ってくれるなんて、何かあったのだろうか。

 心配になった私は急いで手紙を確認する。



「アヴリル、元気にしている? 私は皇帝陛下に愛されすぎて大変だわ。ずーっと離してくれないし、何でも買い与えようとするし、ときどき拝まれるし困ったものよ。ということで、わたくしのことは心配無用。安心してアヴリルはアヴリルの新婚生活を楽しんでね――……って、本当かしら」



 私が心配しているの察して、ユージェニー殿下は手紙を早々に送ってくれたらしい。

 でも冷酷非情と有名で、飢えた熊のような強面の皇帝陛下が、ユージェニー殿下を拝む姿なんて想像できない。

 手紙は殿下の直筆だけれど、私を安心させるための嘘の内容ではないかと勘くぐってしまう。



「大丈夫ですよ、アヴリル。皇帝陛下は見た目の印象から冷酷非情と言われていますが……実際に敵には容赦のない方ですが、懐に入れた相手には愛情深い方ですから」



 安心させるためか、マーカス様が私を抱き締めながら柔らかい声色で教えてくれた。



「マーカス様は、皇帝陛下のことをよくご存じなのですね」

「母が再婚するまで、俺は帝国の貴族でしたから。皇帝陛下の側近から、お人柄を聞いたことがあるんです」

「なるほど。では、本当にユージェニー殿下は大切にされているのですね。良かった」



 天真爛漫でちょっと腹黒いユージェニー殿下と過ごした時間はとても楽しく、私は充実した侍女生活を送ることができた。立場上明言はできないが、私たちは親友でもあった。

 だから私はユージェニー殿下が幸せであってほしいと、心から願っていた。

 同時に、私だけ幸せになって良いのかという罪悪感も抱えていた。

 だけど、もう大丈夫らしい。



「アヴリル。これからは安心して、俺のあなたを幸せにしたい気持ちをすべて受け取ってくれますね?」



 どうやらマーカス様にも、私の心のうちは見透かされていたらしい。

 罪悪感から、彼からの愛情に幸せを感じても、どこか素直に受け止めきれなかったのは事実だ。

 しかしこれからは違う。



「待っててくれてありがとうございます」



 お礼の気持ちを込めて、背伸びをしてマーカス様の頬に口付けを送る。

 するとマーカス様は、見たこともないとびっきり色気のある笑みを浮かべた。



「これでも今まで遠慮していたので、今後は覚悟してくださいね?」

「んっ」



 直後マーカス様から送られた口付けは長く、愛情の深さが感じられる触れ方で、幸せに満たされるものだった。

 


***

 


()()()()()、我が婚約者ユージェニー姫の監視を密かにするように。必要があれば、我が婚約者に触れた男の排除を。お前は顔がとびきり良いからな、周囲を上手く欺けるだろう」



 約五年前、俺は腹違いの兄である皇帝に突然命じられた。

 俺は先帝と没落令嬢の間に生まれた不義の子どもで、隠されるように育てられてきた。屋敷の外に出ることも許されず、息が詰まるような生活に限界を迎えた母は、五歳の俺を置いてひとりで蒸発。今もどこにいるのかわからない。

 そうして置いておかれた俺は使用人以外の人と関わることもなく、父が会いに来ることもなく、人形のように生きる日々。

 父である先帝が病に倒れ、俺が十五歳のときに異母兄が皇帝に即位しても、その生活は変わらなかった。

 あまりにも生きている価値が見いだせず、消えてしまいたい気持ちが常に隣にあった。


 しかし皇帝と同盟国の王女との婚約が決定したとき、生活が一変した。

 美男子を鑑賞するための箱庭を作る王女のことが心配だという理由で、屋敷の外に出されのだ。

 婚約者がいるのに美男子を集める王女も、それを許す皇帝の判断も意味不明だった。

 だが、俺には従うしか選択肢がない。

 あちらの国王とアディソン侯爵に協力を仰ぎ、こちらが用意した寡婦と契約結婚をしてもらい、俺はその息子マーカスとして同盟国の箱庭に潜入した。


 そして出会ったのだ、アヴリル・アンバー男爵令嬢に。


 ユージェニー殿下に寄り添い、何よりも優先する姿は侍女の鑑。尽くす行いに誇りを持っているかのような、溌剌とした仕事ぶり。自分より高い身分の者にも臆さない胆力。

 凛とした容姿に違わぬ、アヴリルの美しい献身ぶりが目を引いた。

 それから俺は王女の監視をしつつ、アヴリルの姿を追うようになり、夢中になった。バイタリティのある彼女を見ていると、生きる力が溢れ出てくるのだ。人形から、人間になっていくのを実感した。

 俺にとってアヴリルは、命を与えてくれた女神に等しい存在となったのだ。

 アヴリルは自身のことを地味女と思っているようだが、そんなことはない。

 金色の髪を持つユージェニー殿下が可愛らしい光の妖精なら、隣に寄り添うアヴリルは美しき闇の妖精と讃えられるくらいに美女。

 もちろん、そんな魅力的なアヴリルに惹かれたのは俺だけではなく……誰かが抜け駆けしないよう見張る日々。


 とある日にはユージェニー殿下に内密に呼び出され「あなた、アヴリルが好きなのでしょう? 見込みあるじゃない。でもアヴリルは、わたくしの特別なの。気安く手を出そうとたら、帝国につき返すわ。使えない部下を許す皇帝陛下ではないでしょうから」と、脅されもした。


 内密に潜入したつもりだったが、監視役と看破されていたこと以上に、アヴリルのそばから離される恐怖に慄いた。アヴリルと離れるなんて絶望でしかない。

 だから俺はユージェニー殿下に従い、ひたすら眺めることだけに徹した。


 そうして過ごした五年間で、ユージェニー殿下を真面目に監視し続ける俺を皇帝陛下は信用し、本音を見せてくれるようになった。

 冷酷非情と言われているが、帝位争いで生き残るために被った仮面であり、実際は心優しい人だった。俺の恋について打ち明ければ、「唯一、血縁者で私を純粋に支えてくれたお前だ。相手の心を手に入れられたら認めよう」と、同盟国に残っても良いと協力を約束してくれた。


 ユージェニー殿下のほうも「本当に眺めるだけで我慢しているなんて、あなたならアヴリルを傷つけるようなことはしなさそうね。いいわ。いずれ機会をあげる」と、認めてくれた。箱庭の権利をアヴリルに譲ることで、俺にチャンスをくれたのだった。

 そしてがむしゃらに努力を重ね、ついに俺はアヴリルを手に入れた。

 なお皇帝陛下に頼んで、異母弟としてのマージェスの存在は完全に消してもらった。異母兄はどこか寂しそうにしていたが、ユージェニー殿下が嫁いできたのでもう大丈夫だろう。

 これから、俺はアヴリルの夫マーカスとして生きていきく。



「アヴリル、愛しています」



 たっぷりと時間をかけて口付けをし、愛を告げれば、アヴリルは顔を赤く染めてはにかんだ。

 俺の胸はぎゅっと強く締まり、甘く痺れる。生きていると実感できる。



「人生をかけて、誰よりも幸せにしてみせます」



 そう告げながら俺はまた愛しい女神に顔を寄せ、生涯を捧げる忠誠のキスをした。


END


《蛇足》

ユージェニー:皇帝陛下の絵姿を見たとき、ここが前世で読んだ小説の世界であると思い出した転生王女。このままではイケメンの青年が他国に留学し、遺跡を訪ねた際に魔王に憑依される。そして青年の自我をぶっ壊すために、母国が魔王に滅ぼされる運命。その青年を見つけ出し、かつ留学を阻止するべく美男子ハーレム計画を企て、狙い通り青年を箱庭に囲うことに成功。その間に密かに遺跡を見つけて破壊。無事に滅亡回避できたので、るんるんで皇帝に嫁ぐ。


皇帝陛下:野獣にしか見えない容姿のせいで女性から恐れられており、愛されることを諦めていた。婚約者の選定も、姫がいる同盟国からくじで選んだ。婚約者が『見飽きるため美男子ハーレムを作る』ことは仕方のないことだし、むしろ自分の容姿を魅力的に感じるための努力をしてくれるとユージェニーを評価。そうしてユージェニーを嫁に迎えたら、実際に自分の顔を恐れず明るく接してくれるため、あっという間に沼にハマる。ユージェニー至上主義へ爆走中。




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