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#06.



反射的に挨拶を交わしたものの、リュエンがプリシラを一目で判別したことは、かなり意外だった。彼と最後に会ったのは三年前。当時の姿と大きく変わっていないとはいえ、アイザックやカイゼンとは違い、彼女は兜を被り、盾で全身を隠していたはずではなかったか。


(待てよ……本当に、どうやって見分けたんだ?)


もちろん、何度か兜が砕けて顔が露わになったことはあった。しかし、ただのディフェンダーに過ぎず、髪も幼い頃のように短く切った今の自分を、彼が即座に識別するとは思ってもみなかった。


プリシラがリュエンを抱き上げると、彼は力なく彼女の肩に頭を預けた。成人男性とは信じがたいほど軽い彼の体重に、思わず眉をひそめる。


こんな状態で、どうやって生きていたのか。


(いや、これでは生きているとは言えないか。)


うなじから、浅く不規則な吐息が感じられた。肩に触れる顔は、驚くほど冷たい。


(見かけ以上に容態が悪いようだ……。)


彼の体に負担がかからないよう、周囲に「守護」の結界を張ったプリシラは、好奇の視線を向けてくるスラムの住民たちを避け、街の外郭へと抜けた。


幸い、そう遠くない場所に荒廃した通りを見つけた。あちこちに刻まれた巨大な痕跡を見るに、魔物が通りまで侵入したことがあるようだった。中央には塔があり、外郭には瘴気に汚染された森があるのだから、何かが現れない方が不自然だろう。


プリシラは、奥まった場所にある適度に崩れかけた建物に入ると、彼をそっと壁に寄りかからせて座らせた。


「リュエン。私の声が聞こえるか? リュエン。」

「……。」


プリシラが名を呼ぶと、リュエンは微かに目を開けた。瞳に焦点が合っていない。プリシラが手を伸ばして彼の顔に触れようとすると、彼の体がびくりと震えた。不安に満ちた瞳が、彼女の指先に向けられる。


様子を見るに、暴行による後遺症もあるようだった。


(一体、どれほど無茶苦茶にされたんだ? あなたほどの人が、一体なぜ……。)


答えのない問いが頭をよぎったが、プリシラは彼を怖がらせないよう、慎重にその頬に手を添えて言った。


「リュエン。口の中に指を入れる。状態を見たいだけだから、噛まないでくれ。」

「……。」


プリシラの言葉に、リュエンは霞んだ瞳で彼女を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。その隙間に指を滑り込ませ、丁寧に口内を検めた。


口の中は、まさに……正視に堪えない有様だった。切り落とされた舌を火で焼いたのか、舌はもちろん、口内全体が火傷の跡だらけだった。どれほど頻繁に吐血したのか、口の中は黒ずんだ血と、癒えぬ傷から出た膿で満たされていた。


「あなたが、なぜこんな目に遭っているのか……本当に分からない。」

「……。」


怒りとも嘆きともつかぬプリシラの呟きに、リュエンはゆっくりと瞬きをした。複雑な想いを心の隅に押しやったプリシラは、目を閉じて深く深呼吸をした。


「治療するから、じっとしていろ。痛みはないはずだ。」


プリシラは閉じていた目を開け、指先に全ての神経を集中させた。淡い光が指先に宿ると、彼女はそれを慎重に彼の舌へと這わせた。光は彼女の指からリュエンへと移り、やがて無惨に損なわれていた彼の口内が少しずつ再生されていった。


頬を伝う汗を拭う暇もなく、精密な治癒魔法を駆使したプリシラは、彼の口内が完全に復元されたのを確認して、ようやく汗を拭い溜息をついた。


「リュエン、どうだ? 喋れそうか? できるだけ苦痛を与えないよう治療したつもりだが、大丈夫か?」


プリシラの問いに、リュエンは乾いた唇を震わせ、ひどく掠れた、枯れた声で尋ねた。


「……なぜ、うっ……貴殿、が……。」

「すまない。容態への配慮が足りなかったな。辛ければ喋らなくていい。いや、一つだけ聞かせてくれ。どこが一番痛む?」

「……貴殿は、私の、敵では……なかったか。私を……殺したい、はずだ。」

「昔はそうだったな。だが今は、互いに殺し合う必要はないだろう。」


彼の朱色の瞳に疑問が浮かぶ。プリシラは言葉を継いだ。


「戦争は終わった。あなたも私も、もう軍人じゃない。私があなたを殺そうとしたのは、あなたが魔導兵だったからであって、あなた個人を憎んでいたわけではないんだ。」


プリシラの答えを納得しきれないように、彼の口から長く細い息が漏れた。揺れる瞳が、これまでの三年の月日を物語っているようだった。言葉を発するのが苦しいはずなのに、彼は痛みに耐えながら言葉を絞り出した。


「私は……無惨に死ぬべきだ。」

「なぜ?」

「それが……私の罪だからだ。」

「誰がそんなことを決めたんだ?」

「数多の人間を、殺した。」

「命令だった。あなたが望んで殺したわけじゃないだろう。」

「殺したという事実は、変わりはしない。」


そうだ。殺したという事実は変わらない。しかし、誰かがやらねばならなかったことだ。戦争とはそういうものだから。誰かが返り血を浴び、手を汚さねばならないのだ。


「私たちが戦場に赴いたことで、生き残った人々もまた存在する。」

「正当性が、免罪符にはならない。私は死なねばならなかった。」

「ああ。そうかもしれないな。」


それでも。

だからこそ。


「あなたの言い分を正当化するなら、あなたも私も……そしてあの日、あの戦場にいた全員が、不幸にならなければならない。」


プリシラの答えに、リュエンの視線が彼女へと向けられた。冷や汗に濡れた彼の前髪を優しくかき上げ、プリシラはにっこりと微笑んだ。


「リュエン。あなたも私も人間だ。生きたい、幸せになりたいと願うことは、間違いではないと思わないか?」

「……。」

「私たちの代わりに死んでいった仲間たちの分まで生きることくらい、許されるはずだ。少なくとも私は、幸せになりたい。これまでの不当な扱いを、全て自業自得だなんて思いたくない。」

「……。」

「あなたは? あなたはどうしたい? 死にたいのか? 死を望んでいるのか?」

「私は……。」


苦しげに目を閉じたリュエンの体が、細く震えた。舌を抜かれ、腕を切り落とされた。まともな食事も、安らかな眠りもなかった。それでもリュエンは生き延びた。死ぬべきだと言いながらも、彼は依然として生きている。


「生き……たい。たとえ皆が非難しても。私が生きることを望む者が誰もいなくても。私は……生きたい。」

「なら、生きよう。リュエン。」

「しかし……。」


彼の体には、目に見えない呪縛がかけられている。呪いのような残酷な言葉に洗脳され、死の淵に立たされている。


ならば、リュエン。


「あなたが生きることを望む者がいないなら、私がその人になる。リュエン、生きよう。私と一緒に、幸せになろう。」


プリシラの確信に満ちた言葉に、彼の頬を伝って涙がこぼれ落ちた。涙を拭う術さえ失ったリュエンを、プリシラは優しく抱きしめた。

最後までお読みいただき、ありがとうございました

可能な限り、毎日投稿していくつもりです。

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