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#04.

プリシラが死者の森へと身を投じてから、一週間の時が流れた。本来、森を横切って四日ほど歩けば、塔の出現地であるリベリアに到着できるはずだった。


しかし、「生活基盤を固めなければならない」という一心で素材を採取ファーミングしながら歩いているうちに、いつの間にか一週間が過ぎていた。


(十分おきに魔力に狂った魔物さえ現れなければ、もっと早く抜け出せたのに)


ガエルの魔法が暴走し、彼らが魔物を放し飼いにしていた死者の森は、狂った魔法の森へと変貌していた。際限なく増殖する魔物と、狂った魔法に触れた変異生物たち。至る所に潜む魔法の残滓は濃い瘴気を放ち、人間を貪欲に喰らい尽くそうとする。


人の足が届かぬ森。ゆえに、森には良質な素材や珍しい魔物が溢れていた。特にガエルの魔法が凝縮された「魔力石」は、値のつけられぬ宝物だった。


「惜しいわね。私一人では魔物を討伐できないなんて」


痛恨の極みではあるが、殺傷能力が一般兵と同等かそれ以下のプリシラにとっては、宝を目の前にしても、その零れ落ちた破片を拾うことしかできなかった。


まあ、救いなのは彼女が野営に慣れた軍人出身であり、森の内部で過ごしても支障がない点、そして守るべき者がいないため、余裕を持って森を歩ける点だった。


独りで歩く道がこれほどまでに楽だということを、二十年の人生で初めて知った。


「あまりに気楽すぎて、もう誰かと一緒には歩けないかもしれないわね」


溜息をつき、首を横に振った。このまま森に居続けては、永遠に抜け出せなくなりそうだ。恐ろしいことに、人の出入りが著しく少ない森には、食べ物も休息の場も至る所に転がっていた。


軍にいた頃も、簡易宿舎を建てるのはいつも彼女だった。丸太を積み上げ、小さな小屋を一軒建てるなど造作もない。濃い瘴気も、プリシラの守護障壁があれば、ただの澄んだ森の空気に過ぎなかった。


(このまま森に家を建てて暮らすのも……いえ、それは最後の手段にしておきましょう)


プリシラは安らぎの誘惑を振り払うように、勤勉に足を動かした。すでに森を横切り終端まで到達していたため、ほどなくして森を抜けることができた。


五年ぶりに訪れたリベリアは、プリシラの記憶とは全く異なる姿をしていた。


天を突き、果てが見えないほど高くそびえ立つ塔。その塔を囲むように乱雑に建てられた建物たちは、無秩序ながらも活気に満ち溢れていた。別の国に来たのだと、はっきりと実感できる光景だった。


森の魔物を警戒しているのか、街へと続く鉄門は固く閉ざされていた。森の横断を終えたプリシラが門の前に立った時、警備兵らしき強面の男二人が彼女を遮った。


「待て。貴様、見かけない顔だが……どうやって魔の森から出てきた?」


訛りの混じったカイアド帝国語で問う警備兵に、プリシラは目を細めた。リベリアの公用語は帝国語のようだ。


(リベリアでは、死者の森を『魔の森』と呼んでいるみたいね……。疑わしげな表情を見る限り、ここでも森は危険区域らしいわ)


疑いの目を向ける男たちを前に情報を整理したプリシラは、やがて微笑んで首を振った。


「街へ向かう途中で道に迷ってしまったの。私は……守護スキルの保持者だから、なんとか生きて戻れたわ」

「守護スキルだと?」

「ええ。大抵の瘴気や魔物なら弾き飛ばせるの。本当に助かったわ」

「ディフェンダーか。ソロで動くのは珍しいな」

「仲間に見捨てられてしまってね。ここへ来れば、私のようなソロのディフェンダーでも食い扶持を稼げると聞いたから」

「お前、まだ子供じゃないか? 見捨てられたとは、一体何が……」

「おい。そういうことを聞くもんじゃない。忌々しい魔導国のせいで親を失った子は一人や二人じゃないだろう?」

「……ああ。まだ幼く見えたもので、つい。すまない、気にするな」

「よくある話よ。気にしていないわ」


(到着前に髪を整えておいて正解だったわね)


街に到着する前、プリシラはずっと伸ばしてきた長い髪を、うなじが見えるほど短く切り落としていた。


十四歳の頃から外見は少し成熟しただけで、大きくは変わっていない。化粧気のない顔に短い髪の彼女は、どこからどう見ても少年冒険者そのものだった。声も、戦場で叫び続けてきたせいか、女性にしては低くハスキーだった。


おかげで他人の目にも、か弱き少年に映るようだ。特に性別を偽る必要はないが、都合が良いに越したことはない。


お節介な男に微笑んでみせたプリシラが街に入っても良いかと尋ねると、彼らは頷いた。


「移住する予定か?」

「ええ。移住に必要な手続きはあるかしら?」

「公式にリベリアを管理する国はないが、非公式にはカイアドの傘下にある」

「あなたたちの言葉を聞いて、そうだと思ってはいたけれど……。移住者の制約は何かあるの?」

「ここは常に人手不足だ。世界的な指名手配犯でもない限り、誰でも受け入れている」

「それは助かるわ。役所はどこにあるのかしら?」


プリシラの質問に、警備兵は不格好に舗装された街道を指差しながら答えた。


「街の中央の噴水広場に行けば、移住者を管理する役所がある。翡翠色の屋根の建物だ。金があるなら、家も借りられるだろう」

「教えてくれてありがとう。おかげで助かったわ」

「幼い子供を導くのは大人の役目だろう。ただ、口調は直したほうがいいぞ」

「俺たちは傭兵上がりだから気にしないが、堅物どもはガキがタメ口を叩くのを極端に嫌うからな」


男の言葉に、プリシラは苦笑いを浮かべた。一体、私を何歳だと思っているのやら。


「助言をありがとう。それじゃあ、行くわね」

「俺はフェルシオン。こっちはラフェルだ。もし困ったことがあれば訪ねてこい」

「私はシル。二人のおかげで、この街を好きになれそうだわ。魔の森の前なら瘴気が厄介でしょう? お礼というほどではないけれど……」


プリシラはカバンの中から爪先ほどの小さな石を取り出し、両手に握りしめた。目を閉じ力を集中させると、石にタンザナイト色の光が宿った。


「瘴気を防ぐ守護符よ。一ヶ月くらいは持つはずだわ」

「ほう……お前、スキル付与も使えるのか?」

「生きていくために学んだの」

「お前……一体なぜ見捨てられたんだ?」

「さあね。上位互換がいたからかしら?」


飄々と問いをかわしたプリシラは、二人に手を振りながら言葉を続けた。


「近いうちに店を開くわ。宣伝に来るから、守護符が壊れたら訪ねてきて」

「ハハ! 性能が良ければ考えてやろう」

「それなら、絶対に来ることになるわね。特別割引は一度きりだから、よく考えてから来てちょうだい」


街へと足を踏み入れた彼女は、フェルシオンが教えてくれた役所を目指して歩き出した。塔に近づくにつれ武装した冒険者が増え、冒険者と同じくらい多くの浮浪者が路端に転がっていた。


(身体欠損者が多いわ。魔物にやられた冒険者かしら?)


治癒符を作るのは骨が折れるけれど……。でも、もう効率を考える必要はないのだから、不可能ではないかしら? うーん……。


悩みながら不慣れな道を歩いたせいだろうか。知らぬ間に道を間違えたプリシラは、いつの間にかスラム街の市場を歩いていた。遅まきながら迷い込んだことに気づいたが、どこから入ってきたのかさえ思い出せない。


ふと立ち止まり、周囲を見渡した。


汚れたスラムの市場には、盗品商や奴隷商人が大半を占めていた。いくら戦場に長くいたとはいえ、貴族令嬢であるプリシラにとってはあまりに馴染みのない光景だった。


微かに眉をひそめたプリシラが、一食の食事よりも安価な奴隷たちの前を通り過ぎようとした時――。あるものが彼女の視線に止まった。


汚れたボロ布を被った男には、両腕がなかった。切り落とされた腕は治療が不十分なのか、大雑把に巻かれた包帯の隙間から血膿が滲んでいる。


滅茶苦茶に切り刻まれた髪は灰色。緋色の瞳には、何一つ映っていなかった。うずくまった体はあまりに痩せこけ、どうやって生きているのか不思議なほどだった。


道中で見かけた奴隷たちと何ら変わりない、見ようによってはありふれた奴隷だった。しかし、プリシラは彼から目を離すことができなかった。


彼女の記憶の中の姿とは、あまりにかけ離れていた。それでも、プリシラは一目で彼が誰であるかを確信した。


(――リュエン?)


間違いない。魔導王国最強の魔導師であり、「白き悪夢」と呼ばれたリュエン・シェイルグ。


(なぜ彼が、こんな姿で……)

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