#24.
ライディスとラファエルがリュエンの姿を見た以上、黙って見過ごすはずがないという彼の懸念とは裏腹に、二人の帝国人はリュエンとプリシラに対し、一切の干渉をしないことに決めたのだという。
「……彼らはフェンベルクを見なかったのか? 干渉がないとは」
当時の記憶は断片的だが、ラファエルがフェンベルクを相手取っていたことは確かに覚えている。老練な帝国の軍人ならば、リュエンが魔力暴走の直前であったことにも気づいたはずだ。
フェンベルクは生きており、塔には王女も残っている。それなのに……ガエル最高の戦力であるリュエンに対し、何の干渉もしないというのか?
少なくともプリシラから引き離され、隔離されるだろうと予想していたリュエンにとっては、あまりに意外な話だった。
たとえ引き離すという結論が出たとしても、離れるつもりなど毛頭なかったが。
不審げなリュエンの視線を受け、プリシラは頷きながら答えた。
「最初からそんな結論になったわけじゃないわよ。ライディス公は、あなたを殺すべきだと言っていたわ」
意見は真っ二つに分かれた。リュエンが魔物を消滅させ、街を復元するのを目撃した者たちは、これほど有用な戦力を殺すべきではないと主張した。一方で、戦場でのリュエンを記憶している者たちは、危険な力を持つがゆえに機会があるうちに仕留めるべきだと主張した。
どちらの意見も一理あり、長短ははっきりしていた。対立を終結させたのは、意外な人物だった。
「ラファエル将軍が、あなたを生かしておくべきだと言ってくれたの」
「ヒューストンが……私を?」
「ええ」
リュエンが作ってくれたオムレツをスプーンいっぱいに掬い、口元へ運んだプリシラが頷いた。
「もちろん、私も根回しはしたわよ。でも、ラファエル将軍の言葉が決定的だったわ」
リュエンを殺せば、プリシラが黙っていない。プリシラもまた、今回の襲撃でリュエンに負けず劣らず派手に防壁を展開した。リュエンを殺すことでプリシラまでも失うことになれば、損失があまりに大きすぎる。
ならば、プリシラをリュエンの安定剤として街に馴染ませる。リュエンがリベリアを守りたいと思うようになれば万々歳だ。ゆえに、自由にさせておく方が得策ではないか――それがラファエルの意見だった。
(なるほどな)
リュエンが無事であることは納得がいった。しかし、干渉がないというのはやはり解せない。国民を最優先とする帝国ならば、ラファエルの意見をそのまま鵜呑みにはしなかったはずだ。
脅してでもプリシラとリュエンを塔へ送り込むべきだったのではないか?
リュエンの疑問に、プリシラは空になった皿を差し出しながら答えた。
「オムレツ、すっごく美味しいわ。もう一つ作って」
「少し待っていろ。すぐに用意する」
「ええ。話に戻るけど、リベリアに現れた塔は、まだ判明していない部分が多すぎるんですって」
不明な点が多いということは、変数が多いという意味でもある。リュエンを下手に塔へ送り込み、彼が魔導兵たちの側に寝返ったり、あるいは深手を負ってプリシラの機嫌を損ねたりすれば、帝国が失うものは国民の一部程度では済まなくなる。
それゆえ帝国側は公式文書を送り、自治区内における二人の自由と保護を保障した。
「私たちに干渉しない代わりに、リベリアに留まって必要な時に協力を要請する、という条項はあるけれど。まあ、これならかなり条件の良い合意と言えるわね」
リュエンを連れている以上、塔から自由になることはできない。かといって、彼を捨てたくもなかった。他国へ行くのも面倒だし、ライディスもラファエルもプリシラの知人だ。彼らのいる街を守ることを拒む理由はなかった。
「いつ先日のような襲撃が続くか分からないから、体を酷使しすぎない程度に、塔の情報が集まるまでは自由に過ごしていいそうよ」
「そなたは……構わないのか?」
「何が?」
「私のせいで、自由を制限されたのではないか」
自治区内での自由保障とは、裏を返せば、彼らがリベリアを出た瞬間に干渉が始まるという意味ではないか。リュエンがいるからこそ、プリシラは自由ではいられない。
「たとえそうだとしても、私がそなたを離れることは不可能なのだが……」
申し訳なさそうにするリュエンの様子に、スプーンを咥えたままのプリシラが答えた。
「申し訳ないと思うなら、体で返して」
「体……だと?」
「あなたに出会った日、私は『共に幸せになろう』とは言ったけど、『自由になろう』とは言わなかったでしょう?」
自由が幸せに直結するわけではない――そう言ってリュエンの懸念を、プリシラはいつものようにあっさりと吹き飛ばした。
「早く元気になって、私を幸せにできるくらい尽くしてよ。それでいいじゃない?」
「ああ……そうだな。そなたを幸せにすればよいのだな」
「そうよ。そういう意味で、今日はあの日行けなかった散歩に行こうかしら? あなたが起きたら行こうって、ずっと手ぐすね引いて待ってたんだから」
「分かった。それから……」
食器を片付けようとプリシラが席を立つと、空の皿を受け取ったリュエンが彼女の頬を愛おしそうに撫で、晴れやかに笑った。
「救ってくれてありがとう、プリシラ」
「こういう時は『待っていてくれてありがとう』って言うものよ」
「それもそうだな。待っていてくれて、ありがとう」
「どういたしまして」
***
手早く食器を片付け、一週間前の約束を果たすために街へ出たプリシラは、リュエンの案内に従って地理を把握し始めた。
富裕層の行き交う貴族街や、庶民が通う食料品店や飲食店、大手ギルドの所在地からスラム街のブラックマーケット、果ては腕の良い治癒術師の店まで。
故郷であることを差し引いても、当時の面影を残している場所より変貌した場所の方が遥かに多いはずなのに、リュエンは驚くほど自治区の内部を熟知していた。
「リュエン、一体どうやって街のどこに何があるか全部知っているの?」
自治区という名が付いてはいるが、リベリア自体はハウェル王国の三分の一ほどを占める広大な土地だ。
もしや、以前も同じ場所に似たような施設があったから推測できるのだろうか。
不思議そうに尋ねるプリシラに、リュエンは淡々とした声で答えた。
「フェンベルクの襲撃で焼けた街を復元する際、大まかに目を通した」
確かに……今彼が案内してくれている場所は、襲撃を受けた場所がほとんどだった。しかし、あの距離から一瞥しただけで全てを記憶しているというのか?
「そんなことが可能なの?」
「……まあ、大体は」
大体という言葉が、「一度見れば何でも記憶できる」という意味だったとは……。
規格外の魔導師は、記憶力までもが規格外らしい。リュエンに対する理解を早々に放棄したプリシラは、肩をすくめて頭の中に地図を描き進めた。
一通りの地理把握を終えたプリシラは、必要な品をいくつか買い揃えるため、商業地区へと向かった。彼女が買い物を終えて外に出た、その時だった。
「プリシラ!」
呼ばれた声に思わず振り返った瞬間、何者かが彼女を強く抱きしめた。驚いたプリシラが反射的に相手を突き放すと、視界の端に眩い金色の髪が揺れた。
プリシラの目が大きく見開かれた。
「……アイザック?」




