#16.
「ですが、このままにしておくのは困りましたね。ううむ……性能の良い『保管バッグ』があればよかったのに」
空間制御スキルを持つ職人や空間魔法の使い手が作った保管バッグは、中に入れている限り中身を永遠に保存できる特殊な道具だ。
それなりに高価だが利便性が高いため、軍人や冒険者、傭병たちが愛用しており、プリシラも軍から支給されたバッグを持ってはいた。
しかし、軍の支給品が往々にしてそうであるように性能は惨涄たるもので、残った料理をすべて保管するには心もとなかった。
そもそも料理という性質上、バッグに詰め込むのも容易ではない。プリシラの独り言に、リュエンが問いかけた。
「貴殿が望むなら、保管しておこう」
「リュエン、そんなことができるの?」
「できる」
言い終えたリュエンが軽く手を差し上げると、まるで絵を消しゴムで消すかのように、料理の載った皿が消えていった。目の前の信じがたい光景に目を丸くしたプリシラが、リュエンと空になったテーブルを交互に見つめると、リュエンは微かな笑みを浮かべた。
「これでいいか?」
「あの、リュエン。これ、魔法よね? 魔力の消費は激しい方なの?」
「いいえ。呼吸をするのと同じくらい容易だ」
「本当? 本当に? 嘘じゃないわよね?」
「ああ」
「じゃあ、もう一回見せて! そもそも構造はどうなってるの? 亜空間に入れたの? 空間魔法は特殊で習得が難しいって聞いたけれど、どうやって覚えたの? どうしてそんなに使いこなせるの?」
よほど驚いたのか、プリシラの質問攻めは尋常ではなかった。リュエンが含み笑いの混じった声で答える。
「プリシラ。質問が、多すぎる」
「あ……ごめんなさい。料理が急に消えちゃったから、すごく驚いて。あなた、本当にできることが多いのね」
「必要に迫られて覚えただけだ。大したことではない」
「何言ってるの、凄く大したことよ。あなた、私と年齢もそれほど変わらないじゃない。一体どれほどの天才なの?」
「年齢は……貴殿より、ずっと上のはずだ」
「いくつなの?」
「……貴殿は?」
「二十歳よ」
「幼いな」
「幼いと言うほどの歳でもないでしょう? それで? あなたは?」
「亜空間を生成する魔法は、幼い頃から最も得意な魔法の一つだった。習得は難しいが、原理さえ分かれば容易に扱える」
「話をそらすのが露骨すぎない?」
「……質問に答えただけだ」
一体いくつだからこれほど見え透いた逸らし方をするのか。気にはなったが、明かしたくないのであればあえて問い詰めたくはなかった。年齢がどうあれ、リュエンがリュエンであることに変わりはないのだから。
ただ、子供のように不器用に話をそらす彼の姿は、なかなか可愛らしかった。リュエンの人間らしい一面にプリシラがクスクスと笑うと、リュエンは小さく咳払いをした。
「プリシラ」
「ごめん、馬鹿にしたわけじゃないの」
「分かっている。だが、そろそろ笑うのをやめてほしい」
「ふう。そうね。やるべきことが山積みなのに、のんびり笑ってばかりはいられないわ」
朝寝坊をした上に、随分とゆっくり食事をしてしまったせいで、日没までの時間は残り少なくなっていた。残された時間を活用するため、プリシラは外出の支度を始めた。その姿を見てリュエンが尋ねる。
「どこへ行くつもりだ?」
「生活用品を買いにね。最低限の家具は揃っているけれど、これだけで生活するわけにはいかないから」
「何が必要だ?」
「服も必要だし、櫛や洗面道具ももう少し揃えたいし、洗濯用品も……って、リュエン?」
プリシラが言葉を口にするたびに、テーブルの上に彼女が言った品々が次々と現れた。
「服は貴殿の体格に合わせたが、好みのデザインがあれば……」
「自治区でドレスを着る機会なんてそうそうないのに、どうしてこんなものを出したの? それより、リュエン。さっき私とした約束、覚えてる?」
「この程度なら本当に何ともない。量が多いわけでもないし」
「それでも、言えば出てくるなんて……いや、そもそもどうしてそんなに『ちちんぷいぷい』で何でも出せるのよ!?」
「幼い頃からやってきたことだ。難しくはない」
「子供の頃からこんなことをしてきたなんて……あなた、一体何者なの?」
「……」
答えたくないのだろうか。急に口を真一文字に結ぶリュエンの姿に、プリシラは心の中でため息をついてから言葉を継いだ。
「リュエン。一つだけ聞かせて。あなた、どこまで創り出せるの?」
「どこまで、とは?」
「金や宝石……あるいは魔石も作れるの?」
プリシラの問いに対し、リュエンは代わりに手を伸ばして彼女に差し出した。いつからそこにあったのか、彼の手には当然のように金塊と宝石が溢れんばかりに載っていた。
「魔石は少し時間がかかるが」
「言ったそばから作らないでよ!」
「難しくはない……」
「……なくても作らないで。それはそうと、これほどなら、あなた……自分で治癒魔法もかけられるんじゃないの? もしかして私、余計なことをしたのかしら?」
別の詠唱もなく無から有を創造する様子を見るに、治癒魔法も相当な腕前ではないか。申し訳なさそうなプリシラの声に、リュエンは首を振った。
「治癒魔法は使えない」
「これほど何でもできるのに?」
「本当にできないのだ。どれほど練習しても、治癒や保護といった……『他者を守る』魔法だけは、習得できなかった」
すべてを成せるが、守ることだけはできない。刹那の瞬間、彼の瞳に深い悲しみが宿った。苦渋の滲む彼の答えに、プリシラはリュエンの手を握りしめた。
「なら、なおさら私と一緒にいればいいわ。私は『他者を守る』ことしかできないもの。あなたと私、二人合わせれば何だってできるっていう意味でしょう? 違う?」
プリシラの言葉に、リュエンの朱色の瞳が彼女の青紫色の瞳を映した。穏やかに微笑んでいるプリシラを視界いっぱいに捉えたリュエンは、彼女に倣うように優しく微笑み返した。
「ああ。貴殿と共にいれば、我らは無敵なのだろうな」
ご閲覧ありがとうございました。
拙作をブックマークや評価☆☆☆☆☆を押してもらえると励みになります!




