思い出の場所
美月との再会を果たした翌日。
ゆかりは約束通り、開店早々のサイゼリヤにいた。モーニングなんて何年ぶりだろうか。
「相変わらずコスパがいいな」と思いながら、メニューをぺらぺらとめくる。
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朝11時。今朝4時頃に帰宅した美月は、まだ布団の中で眠っている。
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サイゼリアのドリンクバーは、安い上に種類も豊富で楽しい。
ゆかりは、片手にホットコーヒー、片手にジンジャーエールを持って自席に戻る。
普段はあまり氷を多く入れるのは好まないが、サイゼリヤの氷は軽くて、シャクシャクと食べる感覚が好きでたっぷりと入れてしまう。この感覚が、懐かしい。
パソコンを開き、窓の外を眺める。
夢と現実が混在した街では、今日も人々が忙しなく行き来している。
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午後1時。何も塗られていない食パンを食べながら、美月がメイクをしている。
ふとスマホで時間を確認し、昨日のゆかりの言葉を思い出すが、ため息をついて、スマホを伏せる。
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サイゼリヤのサラダを食べながら、ゆかりは次回作の下調べなどをしている。
その間にも、「最新作(『月に手を伸ばす』)のことを美月は知っているのだろうか」「美月はどう思うのだろう」という思考に邪魔をされて、度々キーボードを叩く手が止まる。
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午後3時。六本木の街を歩く美月の視線の先に、ゆかりがいるかもしれないサイゼリヤが見える。
見つめる瞳には、相変わらず光がない。
真顔のままサイゼリヤから視線をそらし、クラブのほうへ歩いていく。
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午後5時。窓の外が暗くなりはじめ、店内も平日とはいえ少しずつ賑やかさが増してきた。
今のところ美月からは何の音沙汰もない。何時まで粘ろうか、と考えていた時、ひとりの店員がこちらに近づいてくるのが横目に見えた。
「あの……」
大学生くらいのバイト店員だろうか。他の店員たちとは着ている制服のタイプが違う。
そしてとても、気まずそうだ。
「あ、すみません、長居して。もう出ます」
定期的に注文はしているとはいえ、長居をしすぎていることは自覚している。
「い、いえ! そうではなく」
バイト店員はチラチラとゆかりの顔を見ると、またも気まずそうに、振り絞るように言葉を発した。
「篠宮ゆかり先生ですよね。私、本読むのあまり得意じゃないんですけど、先生の小説は漫画みたいにスラスラ読めて、大好きなんです。『月に手を伸ばす』も読みました。……あの、映画化、楽しみにしてます!」
先ほどまでモジモジとしていた様子が嘘のような早口に驚いたが、その口ぶりにかつての美月の姿が重なって、ゆかりにはとてもいとおしく思える。
「ありがとうございます」
「先生が、まさかここで執筆されているなんて! 大丈夫です。私が先生の偉大さを店長に力説しておきますので、何時間でも居てください。今日は空いてるんで」
キラキラと輝く彼女の瞳で、嘘でもお世辞でもはないことはわかる。
いちバイト店員の意見でどこまで贔屓してもらえるものかはわからないが、これはとてもありがたい申し出だ。
「どうかよろしくお願いします」の思いも込めて、ゆかりはティラミスを追加で注文する。
「かしこまりました!」と元気な応答が店内に響いた。
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午後6時。「CLUB TOKYO」
華やかに着飾った美月は、いつも通り笑顔で接客をしている。
女性同士で来店したお客さんの話を聞くたびに、ゆかりのことを思い出して胸騒ぎがするが、その度に強めのお酒を飲んで忘れようとする。
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午後8時。夜空に浮かぶ美しい月を時折眺めながら、ゆかりはパソコンを見つめている。
バイト店員の頑張りで長居することを承諾してもらったとはいえ、こんなにも長く同じ店舗に居座ることは初めてで、そわそわが止まらない。
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午後11時。今日はなぜかいつもに比べてクラブ内は穏やかだ。
シャンパンの補充をしながら、客にバレない程度にカウンターに腰を掛けて小休憩をする。
「美月」
店長の声がして、ビクッと背筋を正す。
「あ、はい! すみません!」
「いや、そうじゃなくて」
店長は明るい声で笑った。
「今日はだいぶ空いてるから、もうあがってもいいよ。連勤、続いてるでしょ」
そう言われて時計を見る。
(11時か……)
さすがにもう、ゆかりはあのサイゼリヤにはいないであろう。
お言葉に甘えてたまには早く帰宅するか、少しでも稼ぐか、迷う。
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もう12時間もサイゼリヤにいる。さすがに心苦しくなってきた。
きっともう美月は来ないのであろうと思い、諦めて帰ることにした。
(こんなに長い伝票、見たことないな……)
それでもかなり安い。
荷物を片付け、長い伝票を手に持って立ち上がろうとした時、入店音が鳴った。
店員が席を案内しようとすると、待ち人がいるのか、店内を見渡し、足音がゆかりのほうへ近づいて来る。
「嘘でしょ。本当に一日中いたの」
「!」
目が合った美月が、呆れたようにため息をついて、対面に座った。
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