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運命の悪戯

早朝4時。ふらふらとした足取りで、美月が帰宅する。

玄関で乱暴にヒール靴を脱ぎ捨てると、電気もつけず、壁を頼りにリビングまで歩く。

そのままたどり着いた冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを口にする。

物が散乱した部屋は、男がいなくなってから、整理整頓をする理由がなくなったと野放しにされたままだ。


「いたっ……」


薄暗い中を歩いていたら、テーブルからはみ出した1冊の本が体にぶつかって、床に落ちた。


「……」


【第7回 有明出版新人小説家賞 大賞作品! 篠宮ゆかり『仮面家族』】


床に落ちた衝撃で栞が抜けていないことだけを確認して、テーブルの上に戻す。


* * * * *


ゆかりは、とある公民館に『紫式部 源氏物語と和歌』という講演会を聞きに来ている。

地元で行われるカルチャースクールのようなものは、自宅の折り込みチラシで目にしてはいたが、来るのは初めてだった。

参加者は年配の人が多い印象だが、大学の教授だと話す講師の女性は、30代後半くらいに見える。


「紫式部の和歌は、小倉百人一首にも選ばれています」


モニターに【めぐり逢ひて 見しやそれともわかぬ間に 雲がくれにし 夜半の月かな】と映し出される。


「学生時代に聞き覚えのある人も多いかと思いますが、この歌は紫式部が幼馴染に向けて詠んだ一首です。この『逢』という漢字は一般的には男女の逢瀬を意味しますけれども、紫式部が、幼なじみと偶然再会し、少しの時間しか話が出来なくて寂しかったと日記に綴っているので、相手は女友達なのではないか、とも言われています」


紫式部は、あっと言う間に姿を消してしまった友人のことを、「まるで雲に隠れた月のよう」だと例えた。

暗闇を照らすように光る明るい月を失って、あたりが一気に暗闇に戻ってしまった様子が目に見えてわかるようだ。

紫式部の友人は、どうしてすぐに帰ってしまったのだろう。

うしろに用事があったのだろうか、家庭の問題を抱えていたのだろうか。

わからない。

でも、大人になるとは、こういうことなのかもしれない。


講演会を聞きながら、ノートになんとなくの相関図を書いていく。

その時、かつての美月の言葉がフラッシュバックした。


「いつかゆかりが有名になったら自慢するんだぁ。『ゆかりのファン第1号は私だ』って」


ゆかり、相関図の「紫式部」と「友人」の間に、「自慢の友」と書き足す。


* * * * *


夜になると、六本木の街は煌々(こうこう)とした明りに包まれる。

ゆかりの妹・あかねが会社の同期たちと楽しそうに話しながら歩いている。

向かった店は、「CLUB TOKYO」


店内は、外の静けさとのギャップで頭痛が起きそうなほど賑わっている。

真っ赤なソファのグループ席に案内される。


「こんなキャバクラとホストクラブのハーフみたいな雰囲気なんだね」


同期の男子たちが興味津々であたりを見渡す。

あかねは、「何、その表現」と笑って返しつつ、女子たちとドリンクのボードを眺める。

オシャレすぎるネーミングのせいで、どれが何のお酒なのか、何がなんやらわからない。

まぁそれも、こういうお店の醍醐味といったところか。


面白いなと思いながら、あかねはふと向かい側の座席に目をやる。


「……?」


そこには、見覚えのある人の姿があった。


* * * * *


講演会が終わり、参加者たちが続々と公民館の外に出ていく。

教壇にいる講師は、質問攻めにあっている。

正直ゆかりも講師に質問したいことがあったが、後ろのほうの席に座ってしまったため、出遅れた。


(待つか。急いでないし)


再びノートを開き、受講内容を整理していると、LINEの通知音が鳴った。

あかねからだ。

『この人、美月さんに似てない?』

下には画像が添付されていた。


「!?」


美月だ。派手なメイクとドレスは着ているが、学生の頃の面影は変わらず残っている。

キュッと心臓が収縮して、胸にズキッと痛みが走った。


(……会いたい)


気がついたら、講師への質問待ちなど忘れて、公民館の外へ走り出してた。


* * * * *


六本木のクラブ「CLUB TOKYO」


ゆかりから着信。


「もしもし?」

「今どこ!!」

「え? ごめん周りうるさくて」


申し訳ないくらい、何も聞こえない。

「ちょっと待ってね」と言いながらあかねが静かな場所を探す間に、「今! どこ!!」という、ゆかりの叫び声が聞き取れた。


「六本木のクラブ」

「クラブ? なんでそんなとこいんのよ」

「職場の同期と飲み会」

「クラブで?」

「そうだけど、いいでしょ、別に」


クラブ=陽キャの遊び人が行く場所

という固定観念にとらわれた姉の「理解不能」という顔が目に浮かぶ。


「で、さっきの写真は」

「あ、そうそう。美月さんに似てない?」


視線の先で、美月らしい人物が笑顔で接客をしている。


「……美月だと思う。どこのクラブ?」

「六本木の『CLUB TOKYO』ってとこ。地図送ろうか」

「お願い」

「了解」


電話を切ろうとした、その時。

美月が数人の男性を連れて外に出ようとしているのが見えた。

あかねは思わず「あ!」と叫ぶ。


「外出ちゃうかも!」

「止めて!」


そんな無茶な。


「え!? 無理だよ! 何て言って止めるの」

「わかんないけど、せめて名前聞いて!」


ブツっと電話が切られた。こんなに必死な姉の声を、聞いたことがない。

姉と美月さんは、端から見ても親友なのだとわかるほど仲が良かった。

なぜ疎遠になってしまったのか、姉は話そうとしない。

むしろ、美月さんの話題を避けているようにも思えた。

何があったのかはわからない。でも、この再会がまた運命の歯車を動かすならば。


(たまには役に立っておくか。居候の身だしね)


とりあえず、近くにいる男性スタッフに話しかけてみる。


「あの、さっきまでここの席にいた人達、どこに行きましたか?」

「あぁ、出ていきましたよ。一緒に買い物に行くって。1時間もすれば戻ってくると思いますけど」

「そうですか。ちなみに、この人の名前とかって」


姉に送った写真を見せる。

男性スタッフは怪訝な顔をした。絶対に盗撮だと思っている顔だが、仕方がない。


「昔の知り合いによく似ていて、もしそうなら話がしたいんです。……本当に!」


頼む。これでどうにかしてほしい。


* * * * *



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