友達
ゆかりにとって美月は、心を開ける数少ない理解者であり、可愛らしいあどけなさが残る第2の妹のような存在だった。
美月にとっては、どうだったのだろうか。あの無邪気な笑顔の裏で、何を思っていたのだろう。
美月は、弱みを見せない。
8年前、お互いに20歳を迎えたある日の電話越しの会話を、たまに思い出す。
* * * * *
薄暗い部屋で電話をしている美月。声も控えめ。
「もうハタチだって。月日が経つのは早いね。もう少ししたら、誰が結婚したとか、そういう話題ばっかりになるんだよ、きっと」
* * * * *
明るい部屋で電話をしているゆかり。
「そうだね。どんどんみんなに置いていかれる気がする」
* * * * *
「ゆかりはしっかりしてるし、ひとりでも生きていけるタイプじゃん」
「まぁ、結婚願望は別にないけど」
高校までは、微々たる差はあれど、みんながそれなりに足並みを揃えて学校生活を送っていた。
それが、終わったのだ。ここからが、それぞれの人生の分岐点なのだと感じた。
「私も結婚に良いイメージはそんなにないけど、でも1回くらいは経験してみたいかな。せっかくだし」
「何、せっかくって」
ふふ、と笑うゆかりの声は、静かな声色の美月の中に消えた。
「……私かゆかり、どっちかが男だったら結婚出来たのにね」
「……え?」
美月が大きなため息をついたのを、この時、初めて聞いた。
「あ、でも女同士じゃなかったら、そもそも仲良くなってないかもしれないか」
と、続けていつもの明るい美月の笑い声が聞こえる。
ゆかりは、どう返答するのが正しいのかわからず、「……そうだね」と小さくつぶやくことしか出来なかった。
恋愛に性別は関係ない。だけど、今のゆかりと美月が求めているのは、そういうことではない。
自分が男だったらもっと上手に生きられたかもしれないと、無責任に思ったことは人生で何度かあったけれど、こんな時に再び思いたくはなかった。
友達とは、何なのだろうか。
こんなにも美月のことを知らなのに。
彼女の心の奥に触れるのが怖くて、勝手に一定の距離を保ってしまう。
……友達とは、何なのだろうか。
* * * * *
六本木のクラブ「CLUB TOKYO」
大音量でリズミカルな洋楽が流れ、その音に負けない音量で人々が話す。
慣れない人が立ち寄ったら、一瞬で耳が痛くなりそうな場所。
美月は、ここで接客業をしている。
毎日数時間かけて完璧に仕上げたメイクで、ここでしか着ることの出来ない煌びやかでゴージャスな衣装を身にまとい、客から聞く噂話や世間話に笑顔で答える。
(今日も筋肉痛になりそうだな……)
と、時折頬を休ませながら。
高校を卒業してすぐに、母親の実家がある秋田に母と妹と3人で引っ越した。
それからの生活は悲惨なものだった。もう、思い出したくもない。二度と戻りたくもない。
大げさなまでに華やかな場所に身を置いて、あの頃の自分に戻ってしまわないように、縛り付けていてほしかった。
美月は大勢の客やスタッフの中で、ひときわ大きな声で「カンパーイ!」と叫んで、シャンパンを飲んだ。
* * * * *
数日後。有明出版。
今日も今日とて、青山と次回作の打ち合わせ。
ゆかりには、心に決めた物語がある。
「結局、時代モノにするんですか?」
図書館で仕入れてきた大量の歴史書の資料のコピーと企画書を見た青山が、目を丸くした。
「いえ、時代モノは書ける自信ないので、紫式部の和歌をベースにした現代劇を」
正直な話、百人一首には興味があったけれど、歴史はあまり得意ではない。
「あ、ホントだ。女の子同士の“友情”物語。いいですね。共感を得られれば、結構強そう」
その共感を得るということが一番難しいことではあるが……。
とはいえ青山には申し訳ないけれども、世間からの共感を得ようという思いは、今のゆかりにはない。
「……どうしてもこの作品を届けたい人がいるんです」
「篠宮さんのお友達?」
……友達……
「……はい」
変な間が開いてしまった気がする。青山が明るい人で良かった。
「わぁ! 素敵ですね!」とにこやかに返してくれることが、ありがたかった。
大まかな企画会議が終わり、青山は自席に戻って作業をするからと会議室を出て行った。
ゆかりも少ししたら図書館にでも移動しようと考えていたが、会議室の予約時間にはまだ少し時間があるらしく、ギリギリまでここで作業をさせてもらうことにした。
今頃、美月はどうしているのだろうか。考えても仕方のないことだが、考えてしまう。
どうしようもなく、LINEのトーク履歴を開いた。
「……!」
美月のアイコンが、サイゼリヤのピザから、他撮の後ろ姿に変わっている。
ゆかりは、そのアイコンを拡大して眺める。
どうやら生きてはいるらしい。それだけで嬉しかった。
しばらくパソコンで作業をしていると、静かな会議室にLINE電話のバイブ音が鳴った。
電話の相手は、涼。珍しい。
「もしもし?」
「おつかれ。今時間平気?」
「大丈夫だけど、どうした?」
誰かと飲み屋にでもいるのだろうか。周りが騒がしくて、よく聞こえない。
「同窓会、美月も来てたらしい」
その言葉は、嘘みたいにクリアに聞こえた。
「柏木が、あ、サッカー部で一緒だった柏木ね。あいつが見たんだって、会場の入り口で美月のこと。でも電話が来て、慌てて出て行ったって」
同窓会の日、美月はいなかった。
近くにいたクラスメイトに聞いても、「今日はまだ見かけてない」と言われた。
だから、来なかったのだと思っていた。
「聞いてる? もしもーし」
何の電話だったのだろうか。
わざわざ秋田から同窓会のためだけに東京に来ていたのだとして、何の電話なら、彼女はあの場を諦めることになるのだろう。
「篠宮? おーい!」
ハッと我に返った。
「うん。聞いてる聞いてる」
「美月って、まだ秋田に住んでんのかな?」
「だと思うけど。なんで?」
「いや、柏木がさ、つい最近も都内で美月らしき人見たことあるって言ってて。案外こっちにいるんじゃないの」
そう言われた瞬間、サーッとすべての音が消えたような感覚になった。
これがどういう感情なのかは、わからない。
それよりも。
「……あのさ、柏木って誰」
「ん?」
涼のサッカー部のチームメイトだったというだけで、クラスメイトではない柏木、何者なんだ。
* * * * *




