満月
食事を終え、会計をする。
そういえば、涼が柏木という人が副店長なのではないか、と言っていたような。
「あの、ここの副店長って、柏木さんという方でしょうか」
目の前の店員が、目を間丸くする。
「はい。そうですけど」
呼んでほしいというべきなのか……。
いや、でもどんな理由で?
「あ、でも今日は出勤してなくて……。店長ならいますけど」
「……いや、店長はもっと知らないので」
「?」
(とはいえ、ここまで来たらお礼を伝えておくべきか)
ゆかりはバッグからメモ帳を取り出すと一枚ちぎり、美月とのこと、そして涼が二千円を返してほしいと言っていたことを書いて、「出勤されたら渡してください」と店員に伝えた。
レジの奥から、あのバイト店員が帰り支度をして出て来るのが見えて声を掛ける。
「ありがとうございました」
仕事後とは思えない明るい笑顔のバイト店員と目が合った。
「これからも応援してます!」
これまでは、たった一人、美月に喜んでほしいと思って書き続けていた小説だけれど、いつの間にか応援してくれる読者も増えた。
そのすべての人に恩返しをしていきたい、そう思った。
* * * * *
サイゼリアを出て、六本木の街を美月と並んで歩く。
「あの店員さん、ゆかりのファンなの?」
明るくも、暗くもない、なんとも絶妙な声色で美月が尋ねる。
「そう。それで長居させてくれた」
「そ……」
なんともそっけない返答。
でも、どんな表情をしているのか、顔を見なくてもわかった。
「嫉妬してるの?」
【嫉妬とは、頑張れば自分にも出来るかも、なれるかもと思う相手に感じること】だと、以前、美月は言っていた。
美月は、まっすぐ前を向いたまま、ゆかりの問いかけへの返答に迷っている。
「うーん。そうね、これは嫉妬」
ふふっと、ゆかりが笑う。
六本木の街は街灯も多いが、その光に負けないくらい、今夜の月は明りが強い気がする。
夜空を見上げて、美月が手を伸ばす。
「見て。月、大きい。手が届きそう」
ゆかりも夜空を見上げる。
今にも落ちて来そうな、大きな満月が浮かんでいた。
「ホントだ。キレイね」
高校時代に美月と見た、いやそれ以上に、美しい月だ。
「こんな遅くまで付き合ってくれてありがとう」
「こちらこそ、信じて待っていてくれてありがとう。今度こそ強く生きる。私らしく」
美月は十分強い人だ。
でも、元々はもっとエネルギッシュな力を持った人のはずで、それを押し殺して生きていることを自覚していたのかもしれない。
「まずは生活リズムを変えたいから日中に出来る仕事を探したいでしょ。あとは、勉強もしたい。あとは……」
あまりにスラスラと目標を語りだす美月の口調に、思わず笑ってしまった。
「なんで笑うの。だってゆかり、『私達は日々、過去に張った伏線を回収して生きてる』って言ったじゃん。だから積極的に未来の私のための伏線を張っていこうと思って」
(美月らしいな)
「いいと思う。行動しないと、周りは自動的に変わってはくれない」
美月が微笑む。
「ちなみに、勉強したいことって何なの?」
「うーん、それは内緒。いつか叶ったら話すわ」
ゆかりの小説家脳がまた働いて、ハッとする。
その言い方……。
「物語だったら、伏線というよりフラグっぽくて怖いなぁ」
美月が、「えー、何が違うのそれ」と言いながら、再び口をむすっと尖らせる。
だがその顔は、月明かりに照らされて、とても清々しく、美しく輝いている。
「でも美月には、そんなフラグもバッキバキにへし折る強さがあると思うから、やっぱり応援してる」
「伏線は回収するもので、フラグは折るものなんだ。なんかややこしいね」
美月の豪快な笑い声が、六本木の街に響く。
本当の人生は、物語のようにはうまくいかない。たいていのことは予想外で、たったひとつの行動で、進む道が変わっていく。それだから、人生は面白い。
夜空に浮かぶ大きな満月が、ゆかりと美月を包み込むように明るく照らした。
* * * * *
学生時代あんなに仲が良かったのに、いつの間にか音信不通になってしまった友人が、社会人になって数年経ったあたりから増え始めました。生きる環境が変わったのかもしれないし、関わる人を変えたいと思ったのかもしれないけれども、あまりにあっけなく関係がと途切れてしまう寂しさを感じて、浮かんだひとつの仮設の物語です。
どんなに仲が良いと思っていても、終わる時はあっという間で儚い。だからこそ、大切に想うならば繋ぎとめる努力も必要なのだと学びました。私やあなたにとっての美しい月が、これからも隣で笑い続けてくれますように。




