はじまりの再会
煌々とした明りに包まれた夜の六本木。
どこを見ているのか、ただ一点を見つめて歩く会社員と、楽しそうに歌いながら、飲み屋に吸い込まれていく若者たちがすれ違う。
(夢と現実が、混在した街だー)
いつもなら、ただそう思って、ため息をつきながら通過していた。
でも、今は違う。
キレイめなパンツスタイルで、いかにも足に悪そうなヒールを履いているにも関わらず、気がつけば必死になって走っていた。
迷子になった子供のように、すがる思いであたりを見渡す。
「……!」
自分の意識が認識するよりも前に、直感によって首が動き、足の動きを加速させた。
幅の広い道路の反対側を、華やかな服装の男女6人組が歩いている。
その中のひとりが、視線を感じたのかこちらに目をやると、宝石のように輝いていた表情が、一瞬で氷のように青白く凍りついた。
その顔を見てなお焦り、青色が点滅する横断歩道めがけて一心不乱に走ったが、間に合わない。
(さすがに、ヒールじゃ、無理か……)
こういう時ほど、時間の経過とは遅く感じるものだ。
逃すまいと華やかな服装の男女を目で追いながら、どうにかして透明人間にでもなれないものか、それとも今だけでも瞬間移動ができる体にならないかと、焦りが無駄な思考を巡らせる。
どうやらあの男女も、同じ横断歩道をこちらに向かって渡って来る様子であった。
これは好都合だと逸る気持ちを少し落ち着かせて、横断歩道の先を見つめる。
(良かった。まだ、いる)
大型トラックが目の前を通過したのち、信号が青に変わる。
周りの流れに身を任せながら、足を前に進める。狙いの男女が近づいてくる。心臓が高鳴った。なんと声をかけよう、どんな顔をしよう、そんな計算を一瞬のうちに繰り広げた、が……。
(……いない!?)
いつの間にか、男女は5人組に。あの人は、どこにも見当たらない。
* * * * *
篠宮ゆかりは、新人の小説家だ。
この業界大手のひとつである出版社・有明出版が数年に一度開催しているコンテストに応募し、大賞を受賞。
それが数年ぶりの大賞受賞者だったということで、逸材だ、天才だ、なんだと騒いでいただき、受賞作はとんとん拍子に映画化も決定した。ゆかりは、世の中甘い話ばかりではないことは知っている。だけれどせめて、この作品だけは大々的に広まって欲しいと気合を入れていた。
会議室の机の上に和歌が書かれた紙を広げて眺めていると、編集担当の青山が隣に座る。
「次回作、時代モノですか?」
「あ、いえ、参考程度に」
「和歌を?」
ーーー
めぐり逢ひて
見しやそれともわかぬ間に
雲がくれにし
夜半の月かな
ーーー
百人一首の57番。
「懐かしい。昔、学校で覚えさせられましたよね。それ、誰の歌ですか?」
「紫式部です」
「あぁ、『源氏物語』の」
「はい。彼女が女友達に詠んだ歌で」
「へぇ。百人一首って恋の歌だけじゃ、ないんですね」
この歌には諸説ある。だけどゆかりは、この歌が友人に宛てて詠まれた歌であると、信じていた。……信じたかった。
「四季折々を読んだ歌ももちろんあるし、恋の歌だけっていうわけでは」
「あ、中学生からやり直せって顔した」
むすっとした顔でこちらを見てくる。
青山は、お茶目な人だ。
高学歴で、大手出版社に勤めるエリートながら、物腰が柔らかくて清楚。いつも心なしかご機嫌そうで、業界関係者からの評価も高いらしい。こういう人が、世渡り上手と言うのであろう。
「でもこれ、恋の歌っていう解釈もあるみたいですね」
青山のパソコンの検索画面が視界に入る。
これは恋の歌、なのだろうか。思ったこともなかった。
* * * * *
ふと、ゆかりの頭の中に、12年前の光景が浮かぶ。
大きな満月が夜空に浮かぶ通学路。
あの人ー
友人の美月が、手を伸ばす。
「ゆかり見て。月、大きい。手が届きそう」
「ホントだ。キレイね」
美月は、勉強熱心な子だった。放課後はいつも声を掛けてくれて、一緒に図書館で自習をしてから帰宅するのが日課だった。
「次こそ学年順位上げて、私のことバカだと思ってる奴らにギャフンと言わせてやる」
「上がるよ。これだけ頑張ってるんだから」
「だといいけど」
居残り授業の常連のようになっている美月のことを、一部のクラスメイトたちがいじる。
でもそれで傷つくのではなく、やる気に変えるのが、彼女の良いところだ。
「美月は大学、結局どうするの?」
「行かないことにした。というか、行けない。うちにそんなお金ないし、自分で学費払ってまで勉強したいことも特にないから、仕事探す」
「……そう」
「ゆかりは?」
「国文学かな」
「小説家って、国文学なの?」
「別に学科に縛りはないけど、なるべく近そうなところに。とはいえ、本当に小説家になれる人なんて一握りだし、今のところ両親には反対されてるんだけどね」
「えー、なんで。本読むのが大のニガテな私があんなに楽しんで読める天才的な物語を書けるのに!」
どうも友達づくりというものが不得意で、休み時間に黙々とノートに物語を書き溜めていたゆかりに、最初に話しかけてくれたのが美月だった。
それを読んで以来、美月はいつも褒めてくれる。
だから、小説家を目指したいと思った。
「いつかゆかりが有名になったら自慢するんだぁ。『ゆかりのファン第1号は私だ』って」
美月の笑顔が、大好きだった。
* * * * *
会議室では、青山が打ち合わせ用の資料を壁に掛かったモニターに映そうと頑張っている。
「そういえば今さらですけど、篠宮先生って本名のまま活動するんですか」
かなり、今さらの話だ。
「うちの応募、本名のみでしょ? 基本的にはみなさん、デビュー作の出版前に本名のままかペンネームにするか考えるんですけど、篠宮先生の場合、大賞取られてからトントン拍子でいろいろ進んで、そんな時間なかったのかもしれないと思って」
青山の言うとおり、ペンネームを考える時間などなかった。
でもー。
「本名のままがいいんです。そのほうが、見つけてもらいやすいから」
口が勝手に、そう答えていた。
* * * * *




