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星銀黒曜石(スター・オブ・オブシディアン)の輝き

掲載日:2025/12/23

王立学院の中央に広がる『女神の円庭』。

初夏の陽光は、白い大理石の柱にきらめき、清らかな影を中庭に落としていた。


その中心で、公爵令嬢エレノアは女王のように東屋の長椅子に深く腰掛けている。

目が覚めるような真紅のドレスを纏い、豊かな赤髪には黄金の細工が贅沢に飾られていた。

彼女がわずかに首を傾げるたび、金の飾りが陽光を跳ね返し、祝福の光のように中庭を彩る。


彼女の胸元には、一際特別な輝きを放つ至宝――『星銀黒曜石スター・オブ・オブシディアン』が鎮座している。

深い夜の静寂を切り取ったかのような漆黒の宝玉は、まるで夜空をそのまま閉じ込めたかのように、無数の銀の星塵を宿し、神秘的な光を湛えていた。

「持つ者に精神の安定と安らぎを与える」と謳われるその石は、エレノアの高貴な微笑みと相まって、神々しいまでの威圧感を周囲に放っていた。


「わたくし、皆様に星銀黒曜石のペンダントをつくりましたの。この輝きを分かち合えることを、とても嬉しく思いますわ」


エレノアは金糸の刺繍が施された扇を優雅に広げ、周りに侍る少女たちを慈しむように見つめた。


「ただし、忘れないこと。これはあくまでわたくしからの『貸与』。友情の証として、相応の誠意と、わたくしの歩みに遅れない努力を期待していますわね」


少女たちは、それぞれ小粒の星銀黒曜石のペンダントを首にかけ、頬を紅潮させながら嬉しそうに頷いた。

公爵家という、誰もが憧れる貴族の名門と繋がれること。

その輝きは、彼女たちにとって至上のステータスであり、眩いばかりの特権に思えた。


伯爵令嬢マリアもまた、その熱狂の中にいた。

白のドレスを纏い、紅色のリボンを結わえた髪を揺らし、慎ましくも期待に胸を膨らませて頭を下げた。

公爵家との絆を得ることは、家を背負う令嬢として、喜ばしいことだと信じていたから。


少女たちは貸与への謝意として、毎月対価を献上するようになった。

対するエレノアは、常に彼女の価値観を称賛し、彼女を優先することを求めた。

エレノアが誰かを「時代遅れ」と見なせば、昨日までの友であっても、その批判の調子に合わせることが求められる。

エレノア主催のお茶会では、彼女の領地の流行を最優先し、自家の伝統や文化を「未成熟なもの」として慎ましく扱うことさえ、暗に期待された。

少女たちは石を取り上げられることへの畏れから、常にエレノアの顔色を窺うようになっていた。


ある日、課題のため学院の図書室の片隅で地誌を捲っていたマリアは、星銀黒曜石に関する古い記述を見つけた。

――公爵家が誇る『星銀黒曜石』。その石は元来、はるか西方の、天に最も近いとされる静謐な高嶺を公爵家が「保護」という名目で手中に収めた際、聖域の鉱山を強引に譲り受けたものである。


「……他者の聖地を蹂躙し、奪い取った石を『友情の証』として貸し出す。それがエレノア様の仰る友情なのですか?」


貸与されたばかりのころ、『星銀黒曜石』は彼女の不安を溶かしてくれたことがあった。

どんなにつらいことがあっても、銀の星塵はただ純粋に美しく、マリアに希望を与えてくれたのだ。


窓の外、東屋で令嬢たちに囲まれるエレノアを見ながら、マリアは首元の石に触れた。

エレノアが望んでいたのは、対等な「友」ではなく、自分の色に染まり、自分のためにのみ動く人形だったのかもしれない。

憧れの対象だったはずの石は、いつの間にか、冷たい「同化の重し」へと変わっていた。

ひやりとした石の冷たさが、全身に広がっていくように感じた。


明くる日、庭園ではエレノアによるお茶会が開かれていた。

伯爵令嬢の一人が身につけていた翡翠の髪飾りを、エレノアが扇の先で軽く指した。


「あら、その鈍い緑色……。わたくしの星銀黒曜石の鋭い輝きに比べると、なんだか野蛮で、洗練されていないように見えますわね」


一瞬、その場が凍りついた。

その髪飾りは、令嬢が亡き祖母から譲り受けた、彼女の家の誇りであることを皆が知っていたからだ。

しかし、エレノアの涼やかな視線が周囲を回ると、令嬢たちは競うように口を開いた。


「本当ですわね。エレノア様の仰る通り、少し……古臭くて、見ていて恥ずかしくなりますわ」

「わたくしも、そのような未熟な色の石は、もう箱に仕舞ってしまいましたの」


指摘された令嬢は、一瞬だけ唇を噛んだ。

しかし、自分の胸元のペンダント――エレノアから「貸与」されている至宝――に視線が定まった瞬間、彼女の顔から表情が消えた。


「……申し訳ございません。わたくしも、これが今のわたくしに相応しくないものだと気づきましたわ。今すぐ、捨ててしまいます」


彼女は震える手で、自家の誇りであったはずの髪飾りを外すと、まるで汚物でも扱うようにテーブルの隅に置いた。

エレノアは満足げに頷き、自身の黒曜石を愛おしそうに撫でた。


「ええ。わたくしのそばにいたいのであれば、わたくしと同じ価値観でなくては。常に『最高』のものだけを見つめていなさい」


その光景を末席で見ていたマリアは、ふと口にしてしまった。


「……何でも従うのが友情だなんて、やはり、理解できませんわ。この石の輝きも、本来は、西方のもであったのはずなのに」


その声は囁きにも満たないものだったが、運命の風が吹き抜けた。

マリアの呟きは初夏の風に乗り、エレノアの耳へと運ばれてしまったのだ。


「――なんですって?」


真紅のドレスを波打たせ、エレノアが立ち上がった。

慈愛という名の仮面を脱ぎ捨て、瞳には自分の所有物が反抗したことへの苛立ちが燃え上がっている。


「マリア! あなた、友情の条件をお忘れかしら? その石を返しなさい。明日から、あなたの居場所なんてこの学院のどこにもありませんわよ!」


翌日、庭園に晒された立て札を、マリアは冷めた心地で見上げた。

【マリア令嬢の不敬により、星銀黒曜石貸与を無期限に停止する】

マリアが公爵家の庇護下から「追放」されたことを知らしめるためのものだ。


「あら、マリア様。……あんなに首元が寂しくて、風邪を召されないかしら?」


嘲笑の声が、初夏の風に乗って飛んでくる。

昨日までマリアと「高貴なる友情」を誓い合っていた令嬢たちが、エレノアに侍りながら、扇で口元を隠しながらさざめき合っていた。


「石を失うということは、公爵家との『繋がり』を失うということ。あの方はもう、この学院で存在しないも同然ですわね」

「見てごらんなさいな、あの貧相な姿。まるで、光を奪われて色を失った枯れ葉のようですわ。謝る勇気もないなんて、家門の恥晒しですのに」


石を首にかけた令嬢たちは、自分たちが「選ばれている」ことを再確認するように、あえてマリアに聞こえる音量で言葉のつぶてを投げる。


マリアは庭園の隅にある木陰のベンチに腰掛け、実家から届いた手紙の封を切る。

両親からの手紙には、「どうしてあんな馬鹿な真似を」「今からでも謝れば、元の関係に戻れるのではないか?」「一族の未来を考えてくれ」などの言葉が並んでいた。

マリアの両親からの手紙も、叱責の重石となって彼女の肩にのしかかってくる。

マリアはかすかに震える指先で手紙を畳むと、ポケットから一振りの銀の針と、極細の麻糸を取り出した。


周囲の冷たい嘲笑や、遠くから聞こえるエレノアたちの華やかな笑い声。

それらすべてを背景に追いやり、マリアはただ、自分の指先だけに意識を集中させた。

針先が空を切り、糸を掬い上げる。

その繊細な動きは、祈りを捧げる作法にも似ていた。

編み上げるのは、自領の特産『透かしレース』。

真っ白な糸が重なり、絡まり合い、自分の意図した通りの複雑な幾何学模様を描いていく。

それは宝石のような不思議な効能こそないが、作り手の自由な魂が宿っていた。


そこへ、エレノアが令嬢を従え、重々しく首を飾る『星銀黒曜石』を揺らしながら歩み寄ってきた。


「無価値な手慰みで、石を失った惨めさを誤魔化していらっしゃるかしら。謝るのならば、慈悲をあげてもよくてよ」


嘲笑を浴びせるエレノアの背後で、数人の令嬢たちが、マリアの指先から溢れる純白の幾何学模様を凝視しているのにマリアは気づいた。

マリアは静かに立ち上がり、自ら編み上げた純白のレースを、自身の首元に添える。

そして、エレノアの瞳を真っ直ぐに見据えて口を開いた。


「お返ししますわ、その重たいだけの夜空は」


大きな声ではなかったが、マリアの声はよく通った。


「私は、自分で紡いだこのレースと共に歩みます。誰かに借りた輝きではなく、自分で編み上げたレースこそが、私の誇りだと気づきましたから」


夕暮れ時。

誰もいなくなった中庭の中心で、エレノアは独り、首の石を冷たい手で握りしめていた。

その至宝は、確かに美しく、希少だった。

けれど、誰もその価値を理解しなくなった場所では――それはただの冷たくて重たい石に過ぎなかった。

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