同じことを祈れる喜び
「柴山!」
「佐藤!」
神社の前で、二人は互いを指差して立っていた。
「ん、恵理、この人が待ち合わせしてるって言ってた友達?」
恵理の横にいた女性が、柴山と恵理を交互に見て言った。
恵理を挟んで立っていた男性が、急に目つきをきつくして柴山を見た。
柴山は一瞬たじろぐ。
恵理は、隣の女性の言葉に苦笑いを浮かべた。
「いや、違うんだけど……うん、まぁ、それでもいいけど」
「待て。俺は良くないし。そんな予定はないし」
たじろいだものの、恵理の不穏な言葉に、思わず柴山はツッコミを入れてしまった。
「まぁ、いいじゃん。ついでに、一緒にお参りしようよ」
「…………」
柴山は返事に詰まった。
さっきから、恵理の隣にいる男性が柴山を見る目がどうにも痛いのだ。
そんな状況に進んで入っていきたくはなかったので、何とか断る理由を柴山は考えた。
「……佐藤、もしかして家族と一緒に来たのか? そしたら、俺が邪魔するわけにもいかないし……」
「あぁ、紹介してなかったね。私のお父さんとお母さん」
柴山の言い訳を遮って、恵理がそれぞれ両脇にいる男性と女性を指し示して、そう言った。
「いや、だから……」
「あぁ、もううるせぇ。とっとと行くぞ。男が四の五の言うんじゃねぇよ」
柴山がさらに何か言おうとしたら、恵理の隣にいた、恵理の母が、急に声音を低くして、柴山の首根を掴み、無理やり歩 き出した。
恵理と、恵理の父も、それについておとなしく歩き出した。
恵理は何だか機嫌よさげに、笑顔でいる。
柴山は訳がわからず、ただ恵理母の迫力に負けて、なすがままになっていた。
そして、神社の前に行く。
新年になると、神社は中を開けているので、ご神体が見えた。
ご神体はだいたい鏡であることが多く、ちょうど日の光が入り込み、眩しく輝いていた。
まさしく、神が具現化したように見えた。
すると、隣の佐藤一家が賽銭のための小銭を出す気配がした。
柴山もならって、慌ててポケットの財布から五円を出した。
「……ご縁がありますようにって……?」
それを目ざとく見つけた恵理は、冷めた口調で言った。
「何か悪いかよ」
「私は二十五円入れるわ」
「何だよ。ダジャレかよ、ってツッコミじゃないのか」
「いや、ダジャレは重要よ。結局昔の人の風流と言ってた歌だって、要するにダジャレじゃない」
「ってか、ダジャレじゃねぇよ。失礼だろ」
「とりあえず、賽銭なんて神社への寄付なんだから、やっぱ多いに越したことないでしょ。額が少ないなんて、感謝の気持 ちと、慈愛の気持ちが足りないのよ」
「お前、新年早々俺に文句たれたいのか?」
「あー、ごめんなさい、こういうの気になる性格だから」
「うっせーぞ! さっさとお参りしろ!」
また恵理母の叱責が飛んだ。
恵理と似た、かわいい顔をしているのに、迫力が全く違った。
この人は元ヤンキーなんじゃなかろうか、と柴山は自分の経験則から思っていた。
そして、恵理の父からも、同じような匂いを感じていた。
気分を変えて、心静めて祈りをする。
手を合わせ、目を閉じると、途端に世界から自分を隔離したように感じる。
まずは感謝の意を述べ、ふと、今年は何をお願いしようか、と考えた。
自分は今年何をしようと思うのだろう。
考える人は考えるのだろうが、別にまだ受験を考える時期でもないし。
特別に何かしたい、と思うこともなかった。
やりたいことは、その時その時であったから。
ふと、学校にいる人々のことを考えた。
そう、自分は彼らがいたから、学校生活にハリが出たように思えた。
それなら――彼らが幸せでいることを願うのも、いいかもしれない。
できれば、みんなもそう願っているといい、と思いつつ。
そして、お参りを終えた佐藤一家と柴山は、共におみくじを引いた。
「やった! 大吉! 柴山は?」
「……末吉」
「地味ー」
「別におみくじに、地味とか派手とか関係ないだろうが」
「でも、自分でも、パっとしないなーと思ってたでしょ」
「……………」
柴山が図星をつかれ、一瞬の沈黙ができたところで、声がかかる。
「じゃあ、恵理、私達先に帰るよ」
「うん、ありがと。そんなに遅くならないから」
恵理が軽く手を振ると、恵理の両親は車に乗って、去っていった。
恵理の父は、相変わらず柴山を睨みつけていたが。
「柴山、ほら、○○高受かりますようにだって」
おみくじをくくりつけた場所で、恵理が何気なく言った。
「ふーん……って何やってんだよ、お前は」
危うく生返事を返しかけた柴山は、何かおかしいことに気づいて、恵理を見た。
「いや、見えちゃうじゃん、絵馬とか」
そう言う恵理の目線を柴山がたどると、いくつかぶら下げられている絵馬があった。
「そういうのさ、見えてもあえて見ないふりとかするもんじゃねぇの?」
絵馬を手に持って見ている恵理を、柴山は呆れた目で見ていた。
「いいじゃん、減るもんじゃないし」
「減るかもしれないじゃないか」
「何が」
「よく、願い事を人に言ったら叶わなくなるって話あるじゃん」
「それは、あんまり言いすぎたらやりたくなくなることがあるから、戒めてるんじゃないの?」
「……でも、願い事っていうのはプライベートなことだから、やっぱりあまり見るのは……」
自信がなくなってきたのか、柴山の声が少し小さくなる。
間違ったことを言っているわけじゃないのに、何でこんなに自信がなくなるのだろうと、柴山は不思議に思った。
「そんなの、こんな公の場所にさらした時点で、見られる可能性は仮定されるべきだよ」
「……しかし、見るなんて思わないだろう、あんまり」
「見ないだろう、はだめだよ。そういうのは、数パーセントでも見る確率があるってことだもの」
「…………そうだな……」
「私の勝ちだ。まいったかね」
「別に勝負してたわけじゃねぇし」
「本当にどうでもいい感じに言うのが腹立つね」
「そりゃどうも」
「…………」
「で、どうすんだよ」
何となく、恵理と柴山は神社の鳥居の前に立っていた。
「いや、可奈子と待ち合わせしてたんだけどね」
「何時、とか言ってなかったのかよ」
「まぁ、お昼ぐらいには会えるよねーって。たぶん菊池君と一緒に来るだろうからって」
「なんだよ、そのアバウトさ」
「何横文字使ってんのよ」
「今、それ関係ねぇよな?」
「そうだけど、どうしようもないから、ツッコんでみた。しばらく付き合ってよ」
「………アバウトってのは、お前、すでに日本語化してんだぞ。辞書ひいたら載ってるんだぞ」
「私のにはないもん」
「なんだそれ、余の辞書にはないってヤツかよ」
「家にある辞書古いから」
「高校生にもなって、自分の辞書買えよ。親のお古使ってんじゃねぇよ」
「お古って今時言うヤツ、いないよね」
そこで、柴山の言葉が少し止まった。
「……なんか疲れたから、話題変えていいか」
「どうぞ」
「いや、俺ネタないから、なんかフってくれ」
「何、自分で言っといて、相手に話題求めるの」
「なんか、とりあえず話題を変えてほしかったんだ」
「しょうがないなー……あ、○ーチだ」
「待て。伏せなきゃならないから、固有名詞はやめてくれ」
「うん、今見事に伏せられちゃった」
「あぁ、ちょっと一部分だけ聞こえづらくなったよ」
「まぁ、それはいいけど、マ○チってかわいいよね」
「あぁ、もうこのままいくのか」
「うん、ネタないし。で、かわいいよね」
「うーん……まぁ、丸っこい所がか?」
「うん。なんか、全体的に。目も丸いし、お尻も、なんかかわいげあるよね。小さいけど、普通車で馬力あるってのも素敵 」
「目とかお尻って……目ってのはライトか? お尻……は、まぁわかるけど」
「なんかライトって目みたいに見えない?」
「見えないこともないが」
「ツンツンしたヤツとか、たれ目とかさ」
「ジープみたいに、真ん中にあるヤツはどうすんだよ」
「あれは鼻だよ」
「黄色い鼻かよ」
「いいじゃん」
「……佐藤って、車好きなのか?」
「なんか見てるの楽しいんだよ」
「意外だな」
「もっと乙女な趣味があると思った?」
「いや、何となく興味ないと思ってただけ」
「柴山はどうなの?」
「逆に、そんな興味ない。どうでもいい」
「それはそれで意外」
「そうか」
「そういえばさ、昔は北海道の車って、寒冷地仕様車って結構でかく書いてあったよね」
「まぁ、今もあるヤツはあるけどな。あんまでかく表示されなくなったよな」
「ぶっちゃけ、見えないよ」
「それがどうしたんだよ」
「いや、北海道って、車の作りも違うんだよなーって」
「なんか、北海道だけ外国みたいな扱いされるもんな、たまに」
「そんぐらい、気候も違うってことなのかな。熱帯地仕様車とかあるのかな」
「それは行かないとわからんだろうな。でも、その土地で試験はしてるだろ」
「個人的には、寒冷地の試験場がなんかかっこいいなと思うんだけど」
「別に関係ないだろ」
「いや、山越えたり、スピード実験したり、吹雪実験したり……マイナスの中、雪撒き散らして」
「撒き散らしてはどうなんだ」
「とにかく、かっこよくない?」
「あー、そうだな」
「どうでもいいでしょ」
「どうでもいい」
「あー、それにしても可奈子遅いなー。日傾いてるよー」
「ったく、ただでさえ冬で日傾くの早いってのによー」
一方その頃、鳥居から神社の中に入ったところにある、売り場では。
「可奈子、佐藤に声かけないのか?」
「いやー、なんか柴山と仲良く話してるからさー」
「あれ、絶対可奈子待ってて、暇だから柴山付き合せてるだけだって」
「だけどさ、ここはあえて引き伸ばしてみるんだよ」
「可奈子が何したいのか、俺わからないんだけど。ってか、俺ここにいる意味は?」
「あ、お姉さん、お神酒ください」
「待って。お姉さん、この人未成年です」
「バレやしないって。ね」
だが、そこは巫女さんがやんわりと、ダメです、と断ってくれた。
「ほら。そろそろ……」
「やだー。今年こそ、恵理と柴山を仲良くさせて、ニヤニヤするんだからー」
「そんなお前の野望知らないよ! もう俺を帰してください!」
この後、菊池の叫びを聞いて、恵理と柴山が二人に気づいたことは、言うまでもない。




