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十五夜

「……………」


 柴山は自分の家の玄関の前で固まっていた。

 それは、目の前に笑顔の恵理、可南子、やや苦笑いをうかべた菊池がいたからだった。


「……何でここにいるんだ」


「柴山ー、今日何の日だか知ってる?」

 恵理は嬉しそうに尋ねる。

 その手には、双眼鏡が握られていた。


「……知らねぇ」

 何となく察したが、柴山はわざと知らないフリをした。

 だが、恵理は気にした様子はなく、むしろさらに嬉しそうな笑顔で言った。

 何やら、その笑顔は勝ち誇ったようなものにも見える。

「むふふー、今日は十五夜なのだよ、君」

「だから何だって言うんだよ」

 柴山は何だか悔しくなり、少し怒ったように言い返した。

「十五夜にお月見スル、これ日本人の心ネ!」

「何いきなりエセ中国人みたいな喋り方になってんだよ! お前そんなキャラじゃねぇだろ!」

「柴山、恵理は満月で気が高ぶっているんだよ」

 可南子が静かに付け足す。

「いや、普通の人間としてどうなんだ、それ。狼男か」

「まぁ、そんなことはどうでもいいんだよ。十五夜だからお月見しよってみんなで誘いに来たんだ」

「最初からそう言えよ」

「言っても、柴山は断るどころか、何も言わずにドア閉めると思ったから、ちょっと引き伸ばしてみた」

「……あー、そーかい」

 柴山は、あくまで嬉しそうに話し続ける恵理に対して、言い返すのもめんどうになり、だんだん言葉に力が入らなくなってきた。

「そういう訳で、あの丘までダッシュだ! 柴山!」

「しねぇよ! どこの丘だよ!」


「学校の裏だよ」

 菊池が、柴山を哀れに思ったのか、優しく言った。

「あ、そうか」

 柴山は敏感に同情を察知し、また力なく返事した。




 そして、四人は学校の裏にある小高い丘に着いた。

「今夜は晴れてよかったねー。よく見えるよ」

 恵理がさっそく手に持っていた双眼鏡を月に向け、覗き込んでいた。

「あ、そういえば、持ってきたものがあるんだ」

 そう言うと、菊池は肩にかけていたリュックをあさり、中から包みを取り出した。


「何?」

 恵理は双眼鏡から目を離し、隣にいた可南子も、興味深そうに包みを見る。

「さて何だろうね」

 菊池も笑顔で包みを開け、皆の前に置いた。

 中身は、醤油ダレのかかったみたらし団子だった。

 恵理と可南子の顔が輝いた。


「わぁ! お団子だ!」

「やった! 私、としのおばさんのお団子好きなのよ!」

 それぞれに嬉しい反応をする。

 そして、すぐに団子を一串取る。

「柴山君もよかったら食べて」

 菊池は、黙って見ていた柴山にも、団子を差し出した。

「……どうも」

 柴山は素直に団子を一串取った。

 柴山と菊池は、同じクラスだが全く接点がなかった。

 だから、どうもぎこちないのだが、恵理が柴山に絡んでくるようになって、可南子も柴山に絡むようになった。

 そのせいか、菊池の態度がだんだん打ち解けたものになっているような気が、柴山はしていた。


「で、ここまで来て何するんだよ」

 柴山は団子を食べ終わると、恵理に向かって、そう言った。

「何って……お月見するんだよ」

 恵理は何を今更、という顔で柴山を見て、自分も団子を食べ終わると、さっそく双眼鏡で月を見出した。

「……………」

 柴山は、また黙ってしまった。

 もう、何も言い返す気力もない。




 しばらく黙って月を見ていたが、可南子が口を開いた。

「柴山君、暇だから何かうんちく言ってよ」

「うんちくって何だよ。なんで俺がお前の暇つぶしにならなきゃいけねぇんだよ」

 柴山は不機嫌そうに返す。

「ただこうして黙って月見てるのもなんかね。ちょっと豆知識なんかついたら、有意義なると思うのよ。いつも恵理とうんちくの言い合いっこしてるんだから、なんかあるでしょ」

「あれは、うんちくなのか……?」

「私も知らなかったー」

 恵理は、月を見ながらも話を聞いていたようで、柴山に続いて口をはさんだ。

「……まぁ、んなことはいいから、ほら、何かお願い」

 可南子は半ば呆れながら、半ばどうでもいいと言うようなやる気のない口調で言った。

「……じゃあ、月に関することか……」

 可南子の言い方に、柴山は何か言いたそうだったが、素直に言うことをきくようだ。

 菊池は、柴山に同情の念を禁じえなかった。

 柴山はこれみよがしに、一回大きくため息を吐くと、淡々と話し出した。


「月。目視で確認できる地球唯一の衛星。平均公転半径384,400キロ、離心率0.0549、公転周期27日7時間43.7 分、表面積3,800万平方キロメートル、質量7.347673×1022キログラム、平均密度3.344g/cm3、自転周期は公転周期と同じ。表面温度は、最低40K、平均250K、最高396K」

 そこで柴山は言葉を切った。

ケルビンって何だっけ?」

 また恵理が双眼鏡を覗きながら問うた。

「Kは熱力学によって定義される温度のひとつ。熱力学的温度と呼ばれることも多い。絶対零度の基準点が存在するため、絶対温度とも呼ばれてきた」

 柴山は、ひたすらに教科書的事項を言った。

 またそこで沈黙。

 そして、可南子が口を開いた。


「………つまらん」

 一瞬その場の雰囲気が凍った。


「何だその言い草! 人がせっかく知識フル動員で言ってやったってのに!」

 当然のことながら、柴山は可南子に怒鳴った。

 菊池は、もう苦笑いを浮かべて二人を見守るしかできなかった。

「なんかさ、もっとこう風情ある知識はないわけ。お月見に関係することとか」

「……………」

 言われて柴山は黙った。

 恐らく、何かないか考えているのだろう。

 菊池は、柴山は見た目に反して素直なヤツなんだ、と確信した。

「……月見とは、満月など月を眺めて楽しむこと。観月とも言う。狭義には、太陰太陽暦の八月十五日、十五夜と、九月十三日、十三夜の夜の月見を指す。この夜は、月が見える場所などに祭壇を作りすすきを飾って月見団子・里芋・枝豆・栗などを盛り、御酒を供えて月を眺めた、豊作を祈る満月法会などをした。このことから芋名月とも言う。中国でも同様の習慣があり、月餅を作ってお供えする。日本に伝わって、月見団子に変ったという。韓国でも、この時期、月見の習慣があり、チュソクといい、仕事も休みになり、故郷で親族と共に祝うお正月、お盆に次ぐお祭りになっている。ソンピョンというお菓子をつくる。十三夜は日本独自の風習であり、ちょうど食べ頃の大豆や栗などを供えることから、この夜の月を豆名月または栗名月という。十五夜と十三夜どちらか片方の月見しかしないのは「片月見」と言って嫌われた。秋や冬は空気が乾燥して月が鮮やかに見え、かつ、秋は湿度も低く夜でもそれほど寒くないため、名月として鑑賞されるようになった。 中国、日本では、月を愛でるという習慣が古くからあり、日本では縄文時代ごろからあるといわれ、平安時代ごろから中国から月見の祭事が伝わると、貴族などの間で観月の宴や舟遊びなど歌を詠んだり酒を飲んだりした。これでどうだ」

 柴山はやりきった、という顔で可南子を見た。


「うん、まぁまぁね。ご苦労さま」

「……………」

 可南子の横柄な口ぶりに、柴山は唇を噛み締めて睨みつけた。


「柴山君すごいな! おもしろかったよ!」

 菊池は慌ててそう口にした。

 それで柴山もとりあえずは納得することにした。

 菊池は、扱いやすくてよかった、と胸をなでおろした。

「ねぇねぇ、他に何かない? あ、月に関して。かぐや姫の話とか……」

「もういい加減にしろっての!」

 菊池はここではあえて止めない。

 菊池も、柴山が何かまた言ってくれるのではないかと期待しているからだ。


「あー、お月様、雲に隠れちゃった」

 恵理はそう言って、残念そうにゆっくりと双眼鏡を目から離した。

 そして、柴山達の方を振り向く。

「そろそろ寒くなってきたから、家に帰ろうか?」

「あ、帰る? 満足した?」

「うん、ありがとう」

「おい待て。これは佐藤が言いだしたのか?」

 可南子はそれが何だ、というようにうなずいた。

「そうよ。でなきゃ、わざわざこんなトコまで来ないわよ」

「……………」

 何で俺まで、とか、よくお前ら付き合えるな、とか色々言いたいことはあったが、柴山は結局何も言わないで黙った。

 菊池が意味ありげな視線を柴山に向けたからだ。

 何となくここで、柴山と菊池は通じ合った。



 そして、四人は丘を後にした。

出典はwikipedia。

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