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影が薄すぎて殺し屋になった男

影山幸太の1日

作者: 嘉藤秀興

はじめまして、影山幸太です。

24歳、独身、彼女いない歴=年齢。

幼い頃から影が薄すぎて、教室にいても存在を忘れられ、修学旅行では現地に置き去り。

両親すら数時間気づかずに帰宅したことがあります。


大人になった今も、この体質は変わりません。

いや、むしろ悪化してるかもしれません。

•なぜか俺の近くでは事故死が連発する。

•警察とギルドに追われながらも、俺は「伝説のSランク暗殺者」と誤解されている。


だけど、俺の夢はただ一つ。

「普通に、平穏に、生きたいだけ」なんです。


これは、そんな俺の“一日”を切り取った記録です。

事故と不運にまみれ、誰かが死に、俺が疑われ、そしてまた一日が終わる――。

誰も信じてくれないけど、これが俺の“普通の生活”です。

目が覚めた。

いや、正確には「目が覚めさせられた」と言うべきだろう。


――ズパァンッ!


耳元をかすめる音と共に、壁に何かが突き刺さる。

反射的に飛び起きた俺の視界には、布団の枕元に突き立った一本の矢。

暗殺ギルドから試供品として渡された“新型毒矢”だ。

夜中に誰もいないのに、自動発射。

寝相が悪ければ、今頃天国行きだ。


「……おはようございます、俺……」


ベッドの上でしばらく放心しながら周囲を見渡すと、部屋中に突き刺さった矢の山が目に入る。

昨日まで30本あった試作品は、もう残り5本。

矢が飛んでくるたびに、壁も天井も穴だらけで、もはや刑事ドラマの銃撃戦現場みたいになっている。

目覚まし時計は矢の下敷きになって動かず。

この部屋に生き延びられるの、俺くらいじゃないか。



顔を洗おうと洗面所に向かい、蛇口をひねる。

2秒間だけ赤黒い水が流れた。

「うわっ、血……!?」

心臓が跳ねるが、もう驚き疲れている。


後日、水道局の人に調べてもらったが言われたのはこうだ。


「ああ、この地域は毎日どこかの管が破裂してましてね。

たまたま錆が混じるんです。」


……毎日破裂って、もはやインフラ崩壊レベルじゃない?



キッチンに向かう。

トースターにパンを入れてスイッチオン。

今日も火力が狂っていて、30秒後には焦げ臭い煙が立ち昇る。


「はいはい、真っ黒ね……」


俺は無表情で炭化したパンを皿にのせ、

冷めた目でかじる。

これが俺にとっての“普通の朝食”だ。



冷蔵庫を開けると、予想通り中身はほぼ空っぽ。

昨夜入れておいた卵と牛乳が消えている。

多分、また誰かが勝手に侵入して食べたんだろう。

最近は空き巣も俺の部屋を“深夜の食堂”だと思ってるらしい。


俺は天井の穴を見上げながらぼやく。


「……一応Sランク暗殺者って呼ばれてるのに、家のセキュリティゆるゆるだよな……」



朝食を終えて外に出る。

路地裏から猫がこちらを見て、背中を丸めて威嚇した。


「シャーッ!」


通りすがりの近所のおばさんが言った。


「あら影山くん、また猫に嫌われてるのねぇ」

「……ええ、まあ……」

「うちの猫が言ってたわよ。“あの人の周り、死の匂いがする”って」


……猫にまで死神扱い。

もう慣れたけど、やっぱりちょっと傷つく。



道すがら、SNSで自分の名前を検索すると、こんな書き込みが流れていた。

•「昨日も影山見かけたけど空気みたいだった」

•「あいつの周りにいると運が悪くなるってマジ?」

•「存在消す技術やばすぎw」


俺はため息をついた。


「……技術じゃないんだってば、ただの体質なんだってば……」



部屋を出て30分。

まだ朝の7時半なのに、すでに命の危険を2回味わい、

毒矢で目覚め、水道管の血水を浴び、炭化パンを食べ、猫に死神認定された。


普通の人の朝はもっと平和なんじゃないか?

俺の人生、なんでこうなったんだろう。


それでも、今日がまた“いつも通りの一日”になることだけは確信していた。

そしてその“普通”が、誰かの事故死を含んでいるかもしれないことも。


俺は小さく呟いた。


「……今日も、生き延びられるといいな」


朝8時半。

影山幸太は財布の中身を確認しながら、近所のスーパーへ向かっていた。


「冷蔵庫カラだし……今日こそは白菜と豆腐だけでも買おう……」


入店した瞬間、警備員の視線が突き刺さる。

もう見慣れた光景だ。


「……おはようございます」

「ああ……影山くん、また来たの?」


警備員が微妙な顔をする。

俺は一応笑顔で返すが、心の中では毎回泣いている。


このスーパー、俺が行くと高確率で“事件”になる。

そして今日はその日がまた来た。



白菜を手に取った瞬間、背後から肩を叩かれる。


「影山くん、ちょっと来てもらえるかな」


振り向くと、Gメン風の店員が深刻そうな顔をしていた。

ああ、これもうデジャヴ。


「えっと……何もしてませんけど……?」

「それが問題なんだ。カメラに君が映ってないんだよ。」


は?俺はここにいるのに?


店員は腕を組みながら言う。


「写ってない=商品を隠した、ってことじゃないの?」

「いやいやいや、そんなロジックあります!?」


店内放送がかかる。


『防犯対応中、周囲のお客様はご注意ください』


買い物客の視線が一斉に集まる。

心臓がギュッと縮む。



店の奥に連行され、テーブルに座らされる。

警備員が深刻な顔で言った。


「影山くん、またやったの?」

「やってませんってば!

 映らないのは俺のせいじゃないんです!」


警備員がため息をつく。


「でもねぇ……君、何度も同じパターンだろ?

 映らないってことは怪しいじゃないか。」


「逆ですよ!もう常習的に映らないから、慣れてほしいんですけど!」


冗談めかしたが、笑ってくれる人は誰もいない。



10分後、パトカーが到着。

またこの流れか……。

警察官が手帳を持って入ってくる。


「幸太くん!!」

「はい……」

「防犯カメラに映らないって、ちょっと異常ですよね」


「もう“仕様”だと思ってくださいよ……!」


警察は店内を調べるが、やっぱり何も盗まれていない。

俺のバッグからは財布とエコバッグしか出ない。


結局こうなる。


「証拠不十分だから解放するけど、気をつけてね?」

「気をつけようがないんですけど……」



外に出ると、通行人が俺を指差してひそひそ話す。


「またあの人捕まってたね……」

「影山って名前じゃなかった?前も見た気がする」

「“幽霊万引き犯”って噂、あれ本当なんだな」


スマホを覗くとSNSがざわついていた。

•「今日のスーパー騒動も影山ってやつだったらしいw」

•「あいつ絶対人じゃないだろ」

•「存在感消すスキルやばい。犯罪向きすぎw」


心臓が痛い。

俺はただ白菜を買いに来ただけなのに。



駅前の電光掲示板に速報が流れる。


【速報:不正政治家が自宅で事故死】


映った写真に、昨日公園で俺に世間話をしてきたおじさんが写っていた。

その場で立ち尽くす。


「……また俺の知ってる顔……」


通りすがりの人が俺を見て小声で呟く。


「あの男、やっぱり“死神”なんじゃ……」


俺は思わずポケットの中で拳を握りしめた。


(違う……俺は、普通に生きたいだけなんだ……)


スーパーで散々な目にあった後、影山幸太は深いため息をつきながら足を引きずった。


「……何も買えなかった……」


財布の中には数百円。

安くて腹を満たせる場所といえば、あのラーメン屋しかない。


店の暖簾をくぐると、店主が俺の顔を見て気まずそうに笑った。


「……ああ、影山さん、今日も?」


「はい、いつもの……」


何が“いつもの”かは、もうお互い言わなくても分かっている。

この店では、俺が来ると何かが起きる。

それでも、店主は拒否しない。

それが逆にありがたい。



店内は昼時で賑わっていたが、空いている席は一つだけ。

カウンターの端、窓際のその席だ。


「……またここ、ですか?」


店主が申し訳なさそうに頭をかく。


「他のお客さん、どうしてもそこ避けちゃってて……」


“死神席”。

それがこの席につけられたあだ名。

俺が座るたびに、誰かが体調不良を起こすか事故を起こす。

俺も座りたくないが、他に空席がない。


「……じゃあ、ここでいいです」


ため息混じりに腰を下ろした。



ラーメンが運ばれてきて、湯気と醤油の香りが漂う。

少しだけ気が安らぐ。


その時だった。

隣の席の中年男性が、勢いよくラーメンをすすり、煮卵を口に入れた瞬間、顔を真っ赤にして喉を押さえた。


「ゴホッ……ゴホッ……!!」


周囲が騒然となる。


「誰か!救急車!!」


俺は反射的に立ち上がり、背中を叩こうと手を伸ばす。

だが、俺の存在に気づいた男性がさらに顔を引きつらせ、後ずさった。


「ひっ……死神だ……!」


次の瞬間、男性はバランスを崩し、椅子ごと倒れて床に転がった。


救急隊が駆けつけ、彼は何とか一命を取り留めたが、俺を見る目は完全に恐怖のそれだった。



救急車が去った後、店内は重苦しい空気に包まれた。

店主がカウンター越しに俺に近づき、申し訳なさそうに呟く。


「影山さん……やっぱりその席、呪われてるんじゃないですかね……」


「俺のせいですか!?」


「いや、でも毎回こうなんで……」


常連客の一人が横から口を挟む。


「俺たち、もう“死神席”って呼んでるんだよな。

影山さん、座るたび誰かが運ばれるからさ……」


心臓がズキリと痛む。

俺だって好きでこうしてるわけじゃない。


「……ごめんなさい……俺、普通に飯食いたいだけなんですけど……」



その日の午後、SNSがざわついた。

•「ラーメン屋でまた死神席騒動」

•「今日の被害者は煮卵で窒息、影山また現場にいたらしい」

•「影山=死神説、これで決定的だろ」


店の場所まで特定され、“死神が通う店”として晒されてしまう。


俺はスマホを見ながら、頭を抱えた。


「……俺、この街で生きていけるのかな……」



人が怖いんじゃない。

俺は“俺と一緒にいる人が死ぬこと”が怖い。

何もしなくても、ただ座っていただけで、周囲は死や怪我と隣り合わせになる。


ギルドに入ったのも、裏社会に巻き込まれたのも、全部この体質のせい。

それを才能と誤解され、俺は“事故死請負人”なんて呼ばれる。


けれど――俺はただ、普通に生きたいだけなのに。


冷めたラーメンを食べながら、俺は小さく呟いた。


「……どうしたら普通に昼飯が食えるんだろうな……」



昼食後、影山幸太は週3回の清掃バイト先に向かっていた。

給料は安いが、今の俺にはここしか収入源がない。

それでも毎回、出勤するたびに微妙な空気になる。


事務所に入ると、女性事務員が青ざめた顔で立ち上がった。


「あっ……あ、あなた……また来たの……?」


「はい……シフト入ってますから……」


事務員が同僚に小声で囁くのが聞こえる。


「ほら、噂の“死神さん”だよ……」

「本当に実在したんだ……影薄すぎて幽霊かと思ってた……」


耳が痛い。いや、実際“幽霊扱い”されることが多いのは分かってるけどさ。



清掃用のモップとバケツを持って廊下を歩いていると、

前から歩いてきたOLが俺を見て悲鳴を上げた。


「ぎゃあああっ!?幽霊!!」


俺は慌てて両手を振る。


「違います!生きてます!清掃員です!」


だが彼女は泣きながら警備員を呼び、

数分後には建物全体が騒然となった。


「幽霊騒ぎだ!」

「影山さん、またですか……」


俺はもう慣れた顔でバケツを押しながら呟く。


「……俺、ただ掃除したいだけなんだけどな……」



騒ぎが落ち着いた後、8階の廊下で窓拭きを始める。

外は青空で、向かいのビルが見える。


窓の向こう側で、スーツ姿の男がコーヒーを飲みながらこちらを見ていた。

なんとなく目が合ったので、俺はにこやかに手を振った。


「こんにちはー」


男は不思議そうにこちらを見たが、突然足元を見て驚いた表情になった。

次の瞬間――


ガシャーン!!


足を滑らせてバランスを崩し、そのまま窓を突き破って落下した。


「えっ……!?」


俺は固まった。

近くの人々の悲鳴が響く。

下を見ると、男は動かない。

現場は騒然となり、救急車のサイレンが近づいてくる。



しばらくして、救急隊が運んでいく男の顔を見て、俺は青ざめた。

この顔、どこかで見たことがある。


スマホを取り出し、ギルドの依頼通知を確認すると――


【明日の依頼対象:佐久間竜二】


その写真と、今さっき転落した男が一致していた。


「……嘘だろ……」


俺はガラスの破片だらけの窓際で頭を抱えた。


「俺、また何もしてないのに……依頼が勝手に片付いた……」



現場検証が始まると、同僚の一人がこっそり警官に言っているのが耳に入る。


「窓際にいたの、あの影山って清掃員です」

「やっぱり……死神が来ると必ず死人が出るな……」


俺は両手を上げて叫んだ。


「ち、違いますって!俺、ただ挨拶しただけなんです!」


だが誰も信じない。

ニュースカメラまでやってきて、

【謎の転落事故・現場には“死神清掃員”】とテロップが出た。



帰り道、スマホにギルドからのメッセージが届いた。


『依頼を即日処理。さすが影山さん、狙った獲物は逃がさないですね!』


俺は画面を見つめ、頭を抱えた。


「いや、俺が狙ってないんだってば……」



自宅に帰る途中、俺はふと立ち止まった。


今日はスーパーで捕まり、

ラーメン屋で騒ぎを起こし、

そしてバイト先で死人を出した。


俺はどこに行っても、不運と死を連れてくる。

世界中が俺を死神と呼んでも、否定できない気がした。


それでも俺は呟く。


「……普通に、掃除して給料もらって帰るだけの生活がしたいんだ……」



バイト先で“死神扱い”された帰り道、影山幸太はフラフラとコンビニに立ち寄った。


「冷蔵庫……せめておでんでも買おう……」


夕方6時、空はオレンジ色に染まっている。

コンビニの店員も俺を見ると微妙な顔をしたが、特に声はかけてこない。

――この店も、何度か俺が来た日に事件が起きている。

ただ、証拠がないから出禁にはされてないだけ。


「……お願いします、今日は何も起きないで……」


俺は心の中で祈りながら、パックに入ったおでんをレジへ持って行った。



ビニール袋を手に店を出ると、ちょうど車道を横切ろうとした時、

袋の底がビリッと破れた。


「えっ!?」


熱々のおでんが道路にボトボトとこぼれ落ちる。

慌てて拾おうとしたが、その瞬間――


キキィィーーッ!


横から来たバイクが、おでんを避けようとして急ハンドル。

前輪が滑り、派手に横転した。


俺は慌てて駆け寄る。


「す、すみません!大丈夫ですか!?」


バイクの男は呻き声を上げながら顔を上げた。

そして俺の顔を見た途端、血の気が引いた。


「ひ、ひぃ……!あ、あんた……影山じゃねぇか……!」


「え……俺、知ってます?」


男は必死で後ずさりし、怪我も無視して叫んだ。


「死神が来たら終わりだって、ボスが言ってたんだよ!やっぱり俺ら狙われてるんだ!いやああああっ!」


そのまま転げるように逃げ出した。

バイクは道路に倒れたまま、男は叫びながら路地に消える。


「……俺、ただおでん買っただけなんだけど」


通行人たちが俺と倒れたバイクを交互に見て、ざわざわと話し始める。


「あの人じゃない?“死神”って噂の……」

「やっぱり事故を呼ぶんだな……」

「怖すぎる……」


俺は心の中で泣きながら、散らばったおでんを見下ろした。


「……これ、晩ごはんだったのに……」



その夜、SNSはまた俺の名前で騒がしくなった。

•「死神影山、今度はコンビニの前でバイク転倒事故」

•「現場には熱々おでんが散乱していた模様」

•「事故死予備軍がまた一人逃げ出す」


中には面白半分のまとめ動画まで作られ、

「#死神が通った道」

なんてタグがトレンド入りした。


俺はスマホを握り締めた。


「……お願いだから俺の名前で盛り上がらないでくれ……」



さらに追い打ちがかかる。

ギルドからメッセージが届いた。


『現場にいたのは裏社会の手下“ミツハラ”。

彼を恐怖で追い払った功績を称え、依頼達成扱いとします。さすが影山さん、心理的暗殺スキルが桁違いです!』


俺はスマホを投げそうになった。


「違う!俺はただ……おでんを……」



帰宅途中、俺は路地裏で立ち止まり、空を見上げた。


もう、どこへ行っても事故がついてくる。

俺は誰かを殺すつもりなんて一度もないのに、

“死神”という名前だけが独り歩きしている。


だけど、俺の願いは一つだけだ。


「……普通に、何事もなく、家に帰りたいだけなんだよ……」


ポケットの中で握り締めたビニール袋は、底が破れたままだった。



夕方のコンビニおでん事件で心が完全に折れた影山幸太は、フラフラになりながらアパートに帰りついた。


玄関のドアを開けると、いつものように散乱した暗器と毒矢の残骸が転がっている。


「……誰も入ってないのに、どうして毎回これなんだよ……」


床に置きっぱなしのトースターを見てため息をつく。

さっきまで食べようと思っていたおでんは道路に散乱したし、冷蔵庫にはもう何もない。


空腹を我慢してシャワーを浴び、布団に倒れ込んだその瞬間、スマホが震えた。



画面にはいつもの不吉なメッセージが浮かんでいた。


【明日の依頼対象:飯田正彦】

状況:裏社会の資金管理人。排除要請。


幸太は眉間を押さえた。


「……飯田って……今日ニュースで死んだ人じゃなかったっけ?」


慌てて検索すると、ニュースサイトの見出しが目に入る。


『裏社会の資金管理人、階段から転落死。事故と見られる』


写真には、昼にすれ違ったサラリーマン風の男の顔が映っていた。


「……これ、また俺のせいって思われるやつだろ……」


ギルドへの連絡フォームを開こうとしたが、送信前に既に新しいメッセージが届いた。


『影山さん、今回も迅速な処理お見事です。これで10件連続ノーミス!さすが伝説の死神!』


スマホを握りしめたまま、心の中で叫ぶ。


「ちがーーう!!」



電気を消し、布団を頭までかぶった。


「……俺、ただ普通に生きたいだけなのに……」


疲労とストレスで意識が沈んでいく。


どこか遠くで、複数の声が聞こえ始めた。


「なぜだ……」

「俺はまだ生きたかった……」

「お前がそばに来たから……」

「影山、影山、影山……」


気づけば、夢の中で薄暗い部屋に立っていた。

四方を、見覚えのある顔ぶれが囲んでいる。

スーパーの万引き常習犯、政治家、ラーメン屋の隣席の男、ビルから落ちた男……

今日死んだばかりの飯田までいる。


彼らは一斉に問いかけてきた。


「お前がやったのか」

「殺す気がなかった?そんなの言い訳だ」

「お前の周りは死の匂いしかしない」


幸太は夢の中で膝をつき、必死に叫んだ。


「俺じゃない!俺は何もしてないんだ!!

 本当に、ただそこにいただけなんだ……!」


声は止まらない。


「影山……お前が“死神”なのは事実だろう」

「どこへ行っても、誰かが死ぬ」

「お前は生きていていいのか?」


胸が苦しくなる。

息ができない。

夢なのに、汗が額から吹き出す。


「やめてくれ……もう俺に近づくな……!」


そう叫んだ瞬間、光が走り、全てが消えた。


幸太は布団の中で飛び起きた。

心臓が早鐘のように打ち、全身が冷たい汗で濡れている。


暗い天井を見上げながら、かすれた声で呟く。


「……俺が死神だって、もしそうだったら……

 本当に普通の生活なんて、無理なのかな……」


スマホが再び震えた。

新しい依頼通知が届いている。

今日も一日が終わった。

いや、終わったと言えるのかどうかすらわからない。

生きて帰ってこれただけでも、きっと奇跡だ。


朝は毒矢で起こされ、

スーパーでは万引き犯扱い、

ラーメン屋ではまた救急車、

バイト先では死人が出て、

コンビニではおでんを落としてバイクが転倒……。

そして夜には、ギルドから“勝手に依頼成功扱い”の通知が届く。


俺が一度も“暗殺”したことはない。

誰も殺したいと思ったことなんて、これっぽっちもない。

でも、俺がいるだけで、人は死ぬ。

偶然が重なって、不運が連鎖して、気づけば誰かが倒れている。

そして世界中がこう言うんだ。


「死神が通った」


俺が本当に死神なら、もう全部終わらせた方がいいのかもしれない。

でも……

それでも俺は、生きたい。

普通に、ごく普通に、

誰も死なない日常を生きてみたい。


明日は、もしかしたらそんな一日が来るかもしれない。

いや、来ないかもしれない。

来たらいいな。

だから、俺はまた明日も起きて、

誰にも気づかれず、

それでも生きようと思う。


……できれば、誰も死なない一日でありますように。

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