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2.スズラン

スズランの香り 君と僕の間に

心が通じ合う 二人の距離

優しい風が運ぶ 幸せのメロディ

君との出会い 永遠に輝く


スズランの花言葉 純潔と信頼

君との絆 揺るぎない

時が過ぎても 変わらない想い

君がくれた笑顔 宝物だ


スズランの優しさ 君と僕を包む

幸せの種 心に宿す

二人の未来 花開くように

君との約束 永遠に続く


スズランの美しさ 君と僕の物語

愛と感謝 溢れる心

誓った誓い 絆を強くして

君との旅路 輝く未来へ


スズランの花束 君と僕の記憶

共に歩んだ 幸せな日々

永遠に続く 君との物語

スズランの香り 心に残る



日国帝軍の本部を訪れたのは、早朝のことだった。

受付で手紙を見せると、職員は何も言わずに私を通した。

まるで、あらかじめ“待たれていた”かのように。


その違和感は、重たい扉をノックする音とともに、喉の奥に沈んでいった。


「……入ってくれ」


声は疲れきっていた。

部屋に入ると、広信ちゃんは書類の山に埋もれていた。

机の上には積まれたままの公文書、任務報告書、そして一輪のスズランの造花。


誰もが、軍人らしからぬその柔らかさに目を留めるだろう。

だが彼は、それについて語ろうとはしなかった。


「広信ちゃん……大丈夫ですか?」


声をかけると、彼は青ざめた顔でゆっくりと首を振った。


「……無理だ。すまないが、少しだけ……待ってくれ」


私は静かに頷き、黙々と書類を捌く彼を眺めながら、出された紅茶に口をつけた。

ほんのり甘い香りが、記憶の底をかすめる。──どこかで、確かに嗅いだことのある香り。


「君に、見せたいものがある」


やがて彼は書類の山から一枚の封筒を取り出し、私の前に差し出した。


「桐生遥……彼女の、失踪記録だ」


封を切ると、中から写真が一枚現れた。

凛とした顔立ちの女性。軍服をまとっていても、その瞳はどこか“外”を見つめていた。


「……この人の部屋で、あの詩を見つけた。君が読んでいたものと、まったく同じだった」


私は頷いた。

あの詩は──遥が遺した、最後の言葉。


「広信ちゃん。彼女と……何かあったんですか?」


「……昔、少しだけ関わった。それだけだ」


その言葉はあまりに短かった。

だが、その“短さ”こそが、かえって異常だった。

封筒の中には、もう一枚の紙が入っていた。

遥のものと思しき筆跡で、別の詩が記されている。


スズランの花言葉 純潔と信頼

君との絆 揺るぎない

時が過ぎても 変わらない想い

君がくれた笑顔 宝物だ


「これも……彼女が?」


「そうだ。遺品整理のときに見つけた」


そのとき、私はふと気づいた。


──なぜ、“詩”ばかりが遺されていたのか。

──なぜ、“文章”ではなく、“詩”だったのか。


それはただの鎮魂ではない。

誰かに伝えるための、“暗号”──遥の叫びだったのではないか。


紅茶の香り。繰り返される「二人の〜」という詩句。

偶然にしては、あまりに不自然だ。

私は震える指で、詩を頭から読み返した。


スズランの香り 君と僕の間に

心が通じ合う 二人の距離

優しい風が運ぶ 幸せのメロディ

君との出会い 永遠に輝く


 



 


私は、小さな声で呟いた。


「……すこゆき?」


広信ちゃんが、はっきりと目を見開いた。


「それを……どこで……」


その反応を見た瞬間、私は確信した。

彼は──知っている。

遥の行方も、真実も。だが、なぜ語らない?その沈黙は、ただの“罪悪感”ではない。

彼は──嘘をつかずに、すべてを隠している。

紅茶の香りが、もう一度鼻を掠めた。

その香りが、スズランではなかったと気づいたのは──その夜のことだった。



宿に戻った私は、今日の出来事を記録しながら、もう一度詩を読み返した。

そして、確信に変わる。

──これは導きだ。遥が遺した、詩の鍵。

「すこゆき」は“誰か”ではない。“何か”だ。

私は国立図書館に向かった。昼夜問わず開いている唯一の場所。

日国帝軍に関する資料を漁っていくと、ある名を見つけた。

──廃棄された軍事研究施設、「須古雪」

その名は、まさしく詩の頭文字。

施設に関する資料はなぜかほとんどが削除されていた。だが、かえってそれが何かを物語っている。

──怪しい。ここで、何かが行われていた。

そして私は、山奥へ向かった。



霧雨のなか、私は須古雪の門をくぐる。

割れたタイル。風に軋む扉。

まるで時間だけがここに取り残されたかのようだった。

埃をかぶった茶器。積もった灰の中に──手帳があった。

めくると、見覚えのある筆跡。

遥の、日記だった。


【過去】


「君は……軍の人には見えないな」


彼女はそう言って、軍帽を傾けて微笑んだ。

それが、私と遥の最初の出会いだった。


「誉め言葉?」

「もちろん」

「……でもそれって、軍人としてはどうなの?」


その笑顔に宿る皮肉に、私は言葉を返せなかった。

彼女は通信士として優秀だったが、戦場より“暗号解読”に興味があると言っていた。


「暗号は裏切らない。人間の言葉は、平気で裏切るのに」


それが、彼女の口癖だった

──そして、私たちは恋に落ちた。

だが、それは軍では許されない関係だった。


「……一緒に逃げよう」


遥がそう言った夜、私は何も言えなかった。


 


──翌日。


遥が淹れた紅茶には、妙な香りがあった。


「スズラン?」

「違うよ。“忘れな茶”っていうの。冗談だけど」


彼女の冗談交じりの言葉が、妙に現実味を帯びていた。


「もし明日、いなくなったら……私のこと、探してくれる?」

「……当たり前だ」


私はそう言った。

──だが、探さなかった。


 


【現在】


日記の最後のページには、こう記されていた。


『未来が来たとき、あなたが私を忘れていてもいい。

でも、私の想いはあの詩に閉じ込めた。

スズランの香りが届いたら、それが“合図”です。』


「合図」──何の?

そのとき、背後で微かな足音がした。


振り返った先に、誰かの影があった。



遥のいない日々に、慣れることはなかった。

書類を手にしていても、ふとした瞬間に彼女の声が耳元に蘇る。

言葉、歩き方、微笑み──あらゆる記憶が、今も私のなかで生きている。

そして、あの紅茶の香りも。


「昔、彼女もこの紅茶が好きだったんだ」


そう口にした私の言葉に、偽りはなかった。

だが──すべてを語ったわけではない。


五年前。

彼女は詩に、そして紅茶に、**“鍵”**を仕込んだ。


「二人の未来 花開くように」


その言葉が、私にとっては何より重い。

なぜなら私は、彼女を──


 


「裏切った」からだ。


 


上層部の命令を受け、私は彼女の行動を“監視”した。

疑いを持ちつつも、真実を見ようとはしなかった。

密告者が現れたとき、私は何もしなかった。

彼女が逃げようとしたその夜も、ただ見ていた。


彼女が私に放った最後の言葉。


「もし明日いなくなったら──探してくれる?」


私はうなずいた。だが、探しに行かなかった。後悔という言葉では、到底言い表せない。彼女が遺した詩。その一節。


「スズランの香り 心に残る」


そうだ。今も残っている。

だから、私は口をつぐむしかない。


 


なぜなら──


 


私こそが、「密告者」だったからだ。

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