神によって始まるデスゲーム
一体ここは何処なのだろうか。学校で授業を受けていたはずなのに。
見覚えのない場所に白詰雪は状況が全く理解できない状態で立っていた。
それも当然だ。何故なら本当に突然だったから。学校で授業を受けていて、瞬きをしたらこの場所に―――何もないまっさらな、只々果てしなく白の続く場所にいたのだから。
拉致されたのか。あんな一瞬で。あり得ない。
ならばVR―――しかし頭を触っても機械がついている様子はない。
だとしたら夢なのか―――授業中に眠ってしまったのか。
もしもこの場所が夢なのだとしたらこれ程にまで非現実的な状況にも説明がつく。
だが今まで夢を見た中で夢を夢と自覚できたことがあっただろうか。
その答けは「ない」。今の今まで一度たりとも夢を夢と自覚できたことなんてない。今回がその記念すべき一回目なのかもしれないが…。
なんてバカな考えだろう。ユキは一笑しバカな考えを頭の中から殴り捨てる。
だがしかし、そうは言ってもユキもこの状況を理解出来た訳でも整理出来た訳でもない。出ることのない答えを探していると何処から現れたのか、突如眼前に少女が現れた。
「ひゃあっ!」
まるでどっきり番組のような登場の仕方に,ユキは驚きの声を上げる。
「アッハッハ,驚きました?驚きました?」
ユキは再度驚いた―――否驚愕した。
何故なら眼前の少女が宙に浮いていたから。それだけではない。頭上の光輪に背中に生えた光の翼。
およそ人間ではないであろうその姿に、ユキは驚きを隠せなかった。
傍目に見るから感じる。それは作り物ではなく本物の―――生きている物体なのだと。
「あっ…あっ…」
驚きのあまり声も上げられず、ただ固まることしか出来ない。
しかしそんなユキを無視して少女は語り始める。
「それじゃあ時間がないからサクッと説明するね」
これから行われる最悪のゲームについて―――何の悪意もなく罪悪感もなく。
「今から貴女には殺し合いのゲームをしてもらいます。ちなみに企画したのはア・チ・シ。すごいでしょー。ねぇ、すごいですよね。すごいですよn―――」
少女はテンション高くピョコピョコと羽を動かしながら話す。
そんな少女に対して「待って」とユキは手を突き出し喋りを遮った。
「何を君は言っているの?」
至極真っ当な発言だ。誰だってそうなる。
「殺し合いをしろ」なんて言われて「はいわかりました」なんていう馬鹿は普通はいない。
ユキは普通に分類される人間だ。
世間一般に普通と称されるであろう家庭に産まれ、普通に健康に育ち、普通に学校に通い、普通に普通を重ねた流行に敏感でおしゃれ好きな、仲の良い友達のいる女子高生をしている。
しかしそんな普通を生きている普通の言葉が届くのは普通の相手だけ。
相手が異常ならば届きようがないのだ。
そう、今ユキが話している相手は異常なのだ。
唐突に訳の分からない場所に連れ出して殺し合いをしろなどとのたまう。
ましてや自分が主催者だと言わんばかりの発言。
まともである方がおかしいというものだ。
「はぁ~、しらけちゃいますよー。もー」
ユキの発言で機嫌を損ねたのか、少女は頬を膨らませながら重力なんて存在しないかのようにユキの周囲を飛ぶ。
「貴女は駒に選ばれたのですよ。いいですか?もう一度言いますよ。貴女にはゲームに参加してもらいます。そこで頑張って生き残ってください。以上でーす」
説明されたってわかるものか。
先ずそもそも説明が説明になっていないのだ。「こうしろ」「あぁしろ」と言うだけのな相手に理解させる気のないような説明。
それに了承したつもりもない。
話の通じなさにユキは呆れを通り越して怒りさえ感じていた。
「いい加減にして!」
「……………」
ユキは怒鳴った。怒鳴ってどうにかなるのかは分からないけれど怒鳴らずにはいられなかった。
だがしかしその声は異常者には届かない―――かに思えたのだが。
「そんなに帰りたいの?」
思ってもなかった発言にユキは虚をつかれて一瞬返答に詰まる。
「帰りたいのって…、帰りたいに決まってるよ。だけどそれよりもアタシはちゃんとした説明が欲しいの。あなたが誰でで、ここは何処か、なんで殺し合いなんてしなければならないのかを」
「そっか、そうだよね。うんうん不安なんですね」
初めて成立した―――と思われる意思疎通。
だが次の瞬間、ユキは少女の姿を見た時と同等かそれ以上の衝撃を受ける。
後悔した。もし素直に言うことを聞いていれば―――そんなことを思ったがもう遅い。
少女が手をかざすと何処から来たのか巨大な球体が現れた。
うっすらと透けて見える球体の中にいたのはユキの妹だった。
五つ年の離れた妹の紫音が何故ここにいるのか。
否、それよりも重要なことは何故少女が妹をここに召喚したのか…だ。
考えたくなかった。だが脳は瞬時に結論付けてしまった。その理由は―――
「許すわけないじゃないですか。いいですか。もし貴女が拒否をすればここでこの方を殺します。その後は父を母を、親しい者を順に殺していき星そのものを消滅させます。そして全てを見届けてもらった後、最後に貴女を殺します」
あまりにも非道、あまりにも身勝手な言動に涙が出そうだった。
戦わなければ妹は死ぬ。それだけではない。家族が世界中の人が殺されてしまう。
しかしユキが戦えば,ユキ自身は死んでしまうかもしれないが皆は生きることが出来る。
少女の発言の真偽はどうであれユキは戦うしかない。
拒否権なんて初めから存在していなかったのだ。
「ちなみに貴女がゲーム中に死んでもこの方は殺しますからね」
「…」
命をなんだと思っているのか。
しかし、ユキは何も出来なかった。
人質を取られている以上、少女の言葉にユキは唇を噛むことしかできなかった。
だったらもう覚悟を決めるしかない。
夢ではないこの現実で、クソったれなこの人知を超えた力を持つ少女の言う事に従う他ない。
『やるしか…ないんだ…』
ユキは自分の頬を全力で叩いた。
ジーンと長い痛みが走る。
それによりこれが夢ではないという事を確定させる。
「OK、やる気になってくれたみたいですねー。嬉しいですよ」
満面の笑みで少女は言う。
そしてユキに向かって手をかざすと少女の掌から光り輝く玉が現れた。
「それじゃあ貴女にスペシャルなプレゼントをあげましょう」
光る玉はゆっくりとユキへと向かうと、胸の中へと飛び込んでいった。
突然のプレゼントを受け取り,慌てふためくユキだったが身体には何のダメージもない。
それどころか少し身体が暖かくなり心が落ち着いた気さえした。
「ふっふ~、今貴女に渡したのは『天恵』。きっとゲームを有利にしてくれるはずですよ」
『天恵』がどのようなものなのか聞いたところで、どうせちゃんとした説明はしてもらえないだろう。
何がどう有利になるのかはまだ分からないけれど、少女の発言を信じるならば害あるものではないということだ。
だったらありがたく受け取っておいたほうが良い。
「あっ、最後に。今回は『獣人』『魔法使い』『鬼人』『妖精』『人魚』『小人』『半馬人』『鳥人』『吸血鬼』が参加していまーす。頑張ってねー。言葉もちゃんと通じるようにしておくからー」
「えっ…」
ユキは耳を疑った。
当たり前だろう。
獣人に吸血鬼、妖精。どれも聞いたことがあるそれらの生物は、人間が生み出した架空の存在だ。
もしも本当にそれらが存在しているのだとしたら、今から戦うのだとすれば、天恵があったとしても非力な人間が勝てる筈がない。
「待っ…」
伸ばした手は届かず、ユキは光に包まれ戦地へと送り込まれる。
最後に映ったのは少女の純粋な笑顔。
逃げることは許されない。
無意味な殺し合いが幕を開ける。