パパは大魔王様
私のパパは大魔王だ。
大魔王とは、千年前から魔界を統治している怖ーいおじさんのことだ。
パパが歩けばその場にいた物はみな道を開け、一斉に跪く。パパが言葉を発せばみな目を爛々と輝かせ、一字一句もらさぬように真剣に耳を澄ませる。
娘の私が言うのもなんだけど、パパはそれほど偉大な大魔王なのだ。
でも、そんなパパの子供として産まれた私は、間違いなく不幸だと思う。
『なぜそう思うの? そんな名誉なことないじゃない』と思った人とは友達になれないわね、きっと。
だって考えてもみなさいよ。
パパが大魔王なのよ? 私だったら父親が大魔王の娘なんかと仲良くなりたくないわ。だって怖いじゃない。その娘の機嫌をちょっとでも損ねたら父親に泣きついて殺されるかもしれないのよ?
だったら元から関わらないでおこうと思うのが普通じゃない?
他の人たちもそう思ったみたい。
娘に関わったらいくら命があっても足りない。だから、極力関わらないでおこうと思ったのだ。
そんなわけで、私はいつも孤独を感じている。もちろん虐められたりすることはないわ。でも、みんな私に対して一歩引いているのよ。優しいけど妙によそよそしい。私が話しかけると、『あぁ、話しかけられちゃった。粗相のないようにしなくちゃ』って態度が出ているのよ。
こんなんじゃ、友達なんて出来ないわ。
あーあ。なぜ私は大魔王の娘なのかしら。もっと普通の家庭に産まれたかった。そうしたら今頃友達も出来て、恋愛話なんかで盛り上がっていたかもしれないのに……。
そんなことに悩んでいたある日、私は彼に出会ったのだった。
※※※※
「ちょっと、そこのねーちゃん」
学校が終わり家の廊下を歩いていたら、突然声を掛けられた。振り返ると、背の高い男の人が立っていた。
あれ? このひと人間かしら? お家に人間が入ってくるなんて珍しいわね。などと思いながら首をかしげた。男の人はなおも話を続ける。
「あれ〜? ここ、魔王城だよな? なんで制服着た女の子が呑気に歩いてるんだ?」
「だってここ、私のお家だから……」
「え!? 家なの!? 君、何者!?」
ん? この人、私のこと知らないのかしら? 私を知らない人なんて、魔界にはいないはずなんだけど……。
私は不思議に思いながらも口を開いた。
「私はパパ……じゃなくて、大魔王の一人娘です」
「え!? マジで!? 魔王子供とかいんの!?」
「はい。――貴方はどなたですか?」
私の問いかけに、男の人はなぜかビシッと親指を立ててキメ顔をした。
「俺は勇者だ! 今日は魔王を倒しに来た!」
「!!」
え〜!? 勇者!? 初めて見たわ! 勇者なんて御伽話の中にしか存在しないと思っていた! 私は有名人と話した時のようなテンションになり、その場をぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「すごいすごい〜! こんなところに人間がいるなんておかしいなと思ったんです! まさか勇者様だったなんて!」
「へへ。今度サイン書いてやるよ」
そう言って勇者様は得意げに笑った。
「ところで君、魔王城に住んでんの? もしかしてここに魔王の奥さんとかもいんの?」
「えぇ。お母様のお部屋は最上階の一つ下よ」
「ま、まじかよ……。魔王、奥さんも娘もいんのかよ……。なんか倒しづらくなってきたなぁ」
勇者様は困ったように頭をかいた。
その時だった。
廊下の端っこからパパの部下たちの怒声が響き渡った。
「いたぞ!!! 勇者だ!!! 殺せ殺せー!!!」
「あ、やべ。見つかった」
勇者様はいたずらっ子のようにペロっと舌を出した。
それと同時に腰にさしていた剣をシャランと引き抜いて構えた。
「もっと話したかったけど、魔王の仲間が来たからここまでみたいだな。ねえちゃん、戦いの邪魔になるからどっか消えろ」
勇者様の言葉を聞いてすぐにここから立ち去ろうと思ったのだけど、出来なかった。
なぜなら私は興奮していたからだ。
う、嬉しいー!! 家族以外の人と、初めてこんなに喋ったわ! それにこの勇者様、全然私に緊張していない!! ごく自然に話してくれたわ!
私は嬉しさのあまり、体がブルブルと震えた。
もっとたくさん話したい! 勇者様のことが知りたい! 私のことも知って欲しい!
私の頭はそんなことでいっぱいになってしまった。
どうしたらもっと勇者様と一緒にいられるのかしら?
ちょっと考えて、すぐに閃いた。
「そうだわ! 勇者様! 私を人質にしてください! そうしたら、パパの部屋まで案内します! その間、もっと色々お喋りしましょう?」
「は?」
「早く! 勇者様! パパの部下たちが来ちゃいますよ!?」
「そ、そうか? 悪いなぁ……。じゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って勇者様は私を羽交い締めにした。
「お前ら、来るな!! 魔王の娘がどうなっても知らんぞ!!」
パパの部下たちはその場でピタリと立ち止まり、一斉に顔を青くした。
「お、お嬢様〜!!!」
「勇者め!! なんと卑劣な男なのだ!!」
「あわわわわ……。お嬢様を人質に取られたのがバレたら、魔王様に殺されてしまう……」
よしよし。良い感じね。
でも、この人たち邪魔よ。私は勇者様と二人っきりになりたいの。
私は声を張り上げた。
「貴方たち! ここは引きなさい! 私は大丈夫だから!」
勇者様も声を張り上げる。
「そうだぜ! お前たちがここから去るならお嬢ちゃんにはなにもしねー! 魔王んとこまで案内してもらったら、すぐに解放する!」
「ぐぬぬ〜! 勇者めぇ……!」
パパの部下たちは地団駄を踏んでいるようだったが、それ以上踏み込んで来なかった。
ホッとしていたら勇者様が剣をしまい、私を横抱きにした。
「じゃあな〜」
そう言って、パパの部下たちとは反対の方角に走り出した。
勇者様はニコッと笑い、私にウィンクをした。
「ねえちゃん、ありがとうな。人質になってくれて。じゃあ、これから魔王んとこまで案内してくれるか?」
「はい! よろこんで!」
ウィンクした顔がかっこよかったのでドキドキと胸を高鳴らせた私は、コクンとうなずいたのだった。
※※※※
それからパパのいる最上階に着くまで、私は勇者様を質問攻めにした。好きな食べ物は? 猫と犬どっち派? 休日はなにしてるの? 趣味は? など色々だ。
勇者様はなんでそんなこと聞くんだ? と不思議がっていたけど何だかんだ答えてくれたので、私は大満足だった。もっと話していたかったのだけど、いつの間にか目の前にパパがいて、勇者様を睨んでいた。
パパは重々しい声で勇者様に語りかけた。
「貴様……。どう言うことだ。なぜワシのミンレイちゃんを抱っこしている……」
「あ、パパ。いたの?」
「いたのじゃないぞ、ミンレイちゃん! 可哀想に……。怖かったじゃろう? 勇者に無理やり連れてこられたんじゃな? 今このクソ馬鹿を殺して助けてやるからの?」
勇者様はへっと馬鹿にしたように笑ってから、私を下ろしてくれた。
「君、ミンレイって言うのか。ここまで道案内してくれてありがとうな。さ、危ないから離れてろよ」
「……」
勇者様の言葉に、私は目を潤ませた。
勇者様……私の名前呼んでくれた。そういえば、まだ勇者様の名前を聞いていないわ。
ここで二人を戦わせたら、もう二度と勇者様には会えない気がする。
だってパパ……親バカだけど本当に強いから。
勇者様と会えなくなるなんて嫌。
嫌、嫌、嫌!
私は居ても立っても居られなくなって、ひしっと勇者様に抱き付いた。
「勇者様と離れるなんて嫌!! 勇者様、もっと私とお話しして!!」
「な、何言ってるんだよ、ミンレイ……」
私たちのやり取りを見ていたパパが青筋を立ててブルブルと震え出した。
「きっ……貴様っ!! ワシの可愛いミンレイちゃんの名前を気安く呼ぶな!!」
もうパパ、邪魔!!
私はパパをキッと睨んだ。
「パパうるさい! 今勇者様と話してるんだから邪魔しないで!」
「ミ、ミンレイちゃん……? どうしたのじゃ? 反抗期か?」
「パパなんて嫌い! パパなんか負けちゃえ!」
「ひ、酷いミンレイちゃん……! なんてことを言うのじゃ……?」
パパは今にも泣き出しそうな顔で私を見つめた。
私はふんっとパパから顔を逸らす。
それを見ていた勇者様が、気まずそうにポリポリと頰をかいた。
「ミンレイ。そんなこと言っちゃダメだ。魔王はお前の父親なんだろう?」
「父親だけど、パパいつも威張ってるから嫌いなんだもん。勇者様の方が好き」
パパは私の言葉を聞き、『そんなぁ〜〜!!!』と言いながらその場に崩れ落ちた。
それを見ていた勇者様が、『あらら……』と困ったようにつぶやいた。
「こりゃあ、再起不能だな……。な、なんかもういいや……。親子喧嘩に巻き込まれて馬鹿馬鹿しくなってきた。今日はもう帰るよ。魔王……また今度戦おうな?」
パパはシクシク泣いていて、勇者様の声が聞こえていないようだった。
私はギュウギュウ勇者様に抱き付きながら、悲しそうな声を上げた。
「勇者様。もう帰っちゃうの? 今日は私の部屋にお泊まりしていかない?」
私の発言で、パパの泣き声が一層激しくなった。
「ばっ……ばか! 父親の前で泊まってけとか言うなよ! 可哀想だろ!」
「だって……。勇者様と離れるの寂しいんだもん……」
「ったくよぉ〜」
勇者様はガシガシと頭をかいた。
「また話し相手になってやるからそんなこと言うなよ」
私はパッと顔を上げた。
「本当!? また遊びに来てくれるの!?」
「あぁ。魔王と戦うついでにミンレイにも会いに行くよ」
「やったぁ!」
そう言って私はもう一度ギュウギュウ勇者様に抱き付いた。
勇者様は『お前ら親子って面白いなぁ』と言って、私の頭をクシャクシャと撫でてくれた。
それからどうなったかと言うと……。
勇者様は相変わらず魔王城に乗り込んでくる。
でも、パパと戦うことはない。
戦う前に、私が勇者様の腕を引っ張って自分の部屋に連れて行ってしまうからだ。
パパは私と勇者様を二人っきりにするのが嫌らしく、部屋に乗り込んでくる。
それで仕方なく三人でお茶を呑んだりお喋りして過ごしている。
勇者様は『あー。俺、勇者失格だな。毒気抜かれちまった。もう魔王倒せないかも』と嘆いているけど、私はそれでいいと思うの。
だってパパは、これから先私だけでなく、勇者様のパパになるかもしれないでしょう?
そう言ったらパパは『ふざけるなぁ! こんな婿要らぬわ〜!』なんて怒っていたので、私はクスクスと笑ってしまったのだった。
ここまで読んで下さりありがとうございました。