プロローグ
献辞
ヘンリー・ダーガーと隴西の李徴、
そして何よりも、読者へ捧ぐ
*
火花が咲き、蝋燭の灯が揺らいだ。
稲妻は彼の頭蓋の内に弾け、天啓は臓物の面から散らばった。
血根が彼の肉と骨の狭間に炸裂し、神経は断裂と癒合を繰り返した。
意識は未だ無意識と分かたれず、曖昧模糊として、視界は磨りガラス越しの博物室。
聞こえてくるのは、意味もなく、際限もなければ容赦もない、虚ろな反響だけ。
石築シズマは死亡した。
一片の慈悲もなければ、一握の寛恕もなく。
それこそ一介の肉塊として、あるいは一山の骨屑となって。
それにも関わらず、彼が身を屈め、地に傅き、
蒼褪めた赤児のように震えているのは何故か? 彼が臨む、闇の奥で見えた一糸の閃き、
一筋の光条、一索の星明かりは何か?
それは奇跡とも言える好遇か?
あるいは、偶然たる運命。その絶対的な肯定であろうか。
蓋し、仮にそうであったとしても、それは決して特別な事ではなく。
「自力で、ここに辿り着いたということは」
声がした。一つではなく幾つもの声。うら若き年頃の娘達の声。
「知性の原索を得たのですね」
それは気高く、気品を備え、それでいて辛辣に囁く金色の言葉。
「どうしよう、ひどい怪我。早く助けてあげないと」
別の声がした。それは優しく、穏やかで、けれども響かない茶色の言葉。
「こんな風になっても、まだ動けるものなんですね」
また他の声がした。それは甘く、楚々として、しかし薄情な黒色の言葉。
「ここに一つの遺志があります」
漠たる認識において、その声は奇妙なまでに透明で、
ひるがえった細く白い腕は、他の何物よりも鮮明で、
その手に燦めく一つの石は、例えようもなく光明だ。
「これが貴方にとって福音となるのか、呪詛となるのか。それは誰にもわからない」
三つの気配が近づく。三つの匂いがにじり寄る。
乳香、没薬、黄金。あるいは濃密な女神の予感。
三つの手が触れる。
熱い手。温い手。冷たい手。
光が灯る。闇が沸き立つ。
肉が熱を取り戻し、血は力と成って、霊魂は再び励起する。
生命は新たに脈動する。
彼は眠る。
そして、今一度、目醒めるのだ。
*
ラスコーリニコフは、己の信じる正義の為に、
近代の魔女たる高利貸しの老婆を殺害した。
彼が狂乱の末、多層の声の只中で大地に傅く事となったのは、
無関係であった哀れな女を手にかけてしまったが故である。
石上ハルトが、二十一世紀の日本社会で、
現代の魔女たる〝能力者〞、そして異国の王女である
エルジェーベトの暗殺を企てる時、
果たして彼は一体、何を動機とするだろう?
差別の為?
貧困の為?
劣等感の為?
確信犯として?
あるいは、愛した姉の為に?