六
葉擦れに雷、雨錯覚せらるらば、濡たずおいて思い出でる。
矢張り似通ったな。天気の様であればそれも好いか?
小説の続きは浮かばん。繋ぐ気も起きん。
かと言って、書かずにもいられない。
落ち着きはした。乱れた代わりに確立した。乱される事はきっと無い。此方から出向く事も無いから結果は変わらないが、小説は便利に、こんな状態で……然し読む者は何時も通りに少ないのだろう。元よりこの心持ちが役立つのは書く段に於いて迄の事だ。対話ですら無い、放手投指、――無気力の反対だ、無欲では、好悪の自覚も起こり得ん。
内言などこんなものだ。或いはもっと酷いかな。口にして見れば案外好いなと、然し書けば妄想を超えた汚さだ。
幾つか好いた我が筆の子等、形を変えて愛でてやる、可哀想にと笑いもして。
やりたい事が増える都度無気力になる。何時かに考えた。忘れていた。
拮抗した迷い、昨日書いた、何れ書く。少し役立った。
然し欲でないなら何だろう。
これも何時かに書いたな。憧れや恐れがそうでなくなっただけだ。今の儘で良い。いやきっと、子供の頃の様に、何時かに書いた様に、奪い返せればそれで良いんだろう。得られる物は得る。手放す事は絶対にしない。……結果は何時も反対だな。それとも私自身がころころ変わっているから。
初日にも近いかな、酒を飲みたいと思わない。
憧れと恐れか。結局、飲酒衝動の根底にあるものもそれだったのか。
煙草は何時にも美味しいな。
激しくなって来た。矢張り不思議だ、見ているだけだ。想像に笑んではみたけれど。
こっちの音を掻き消してくれそうだなと。気にせずいられるのは酔った証拠だ。今日は雨にか、目は覚めても酔いは覚めんな。
面倒臭いが書いておきたい。そう思って酒を欲した。そういえばあの日もそうだった。……何時だってそうだったか、無気力を誤魔化せるなどと……いや、丸で自分の分身を頼る様に、そんな妄想をして。
その内何で飲んでるかも忘れて飲み干して、そして目が覚めて、嗚呼私は寝たんだなと、十分な睡眠でない事をきっかけに彼女を思い出し、何か食べておこうかという迷いが胸の仕えに押し殺される。もう一度眠ってしまおうか。然し目は覚めてしまった。
最近は、死ぬより、生まれなかったより、只やり直したいなと、思うようになった。冗談のつもりが本当に、彼女が生きる理由になっていた。もうお終いだ。やっぱりどうしようもない。
衝動を抑えたい、起こしたい。酒にそんな力は無い。
極端にはしてくれるかな。曖昧にもするが。
迷い続けている様な気もして、悩みの一つも起こらない様な心地もして、やっぱり酒には酔っている、な。
何も分からず考えたい。只書いていたい。そういう衝動は瞬間的に、そういう状況を作り出してくれた。本当、瞬間的なものだった。
今夜咲く筈の薫恵花を摘み、一時の安らぎを得る。酷な程心地好く、穏やかな朝に諭される。
せめて書き終えてはみるんだろう?
結局何も書き切れないのかと思い、思い出した。少し笑ってしまう。
うん、一先ず、書き終えてはみよう。――継ぎ接ぎでも良いか?――もう仕方無い。尤も、それももう今更だ。
進化であり淘汰であり、進歩であり背進である。
人類には言葉を得るに足る理由があった筈だ。此処は残るに足る環境である筈だ。然し文字が齎し残した負荷を全うした者がいない為に、人類は未だ留まり続けている。
言葉が生得的なものなら、小説を書きたいってのも、人として当然の欲求なのかもな。まあ、自分の思いを伝えたいってのは、誰もが思ってる事だしな、多分。
はは、多分って事は伝わってなかったのかね。矢張り分からないな。少なくとも俺は伝えたい。だが結局、その理由は分からない儘だ。
物語だとか、色々、前に考えた。きっと何処かに書いた。そういう安心も利点の一つだ。諦めに違いが、今が、これで良いと思えるなら、良い。
煙が冷たかった。脂で汚れた息じゃ癒せないよな。
煙草にライターかざして吹いた時の、弾ける光が好きだった。
倒れたグラスが、光を折った。零れる音は遠くに聞こえた。
後一口と、惜しみ乍ら吸う煙草は格別に美味い。何気做く吸うのと違い、煙草を確かに求め、意識し、吸っている。二度寝もそうだろう。眠りつつ、眠りを求めてる。今はそう求める気持ちを求めてるよ。矛盾してる様で頭が痛くなるが、願いと思いは別物なんだ。
繋げ易いのは、その利点だったか。気休めでも少し嬉しいな。
死んでいる様なものなのに、実際に死ぬのは……何だろうな、続きが浮かばない。怖いというのとは何か違う気がする。理由も分からなければ、繋がりも見えない。だからやっぱり執着に近いのだろうけど、それも今は違う気がする。
やっぱり死にたいな。と思ったのはもう何日も前の事だ。あれからもう何日も生きた。そう思ったなんて事も忘れて、きっと楽しく生きていた。いや只無為にかな。思考を殺しても楽しめないなら、その事自体は私に取って喜ばしいのだが、だからと言ってそれを何かの理由にする目処も立たない。
子供の体の、そんな心地に居た。これもある種の夢かな。……いや酔いか……、この心地をこんな説明じゃなく、文章で表せたなら……はははそれが所謂詩かな。私にはやっぱり難しそうだ。
横たわる箸が逆くれてて、添い寝の白い髪がなんだか愛らしくって、……そんな所かな、今は、目を瞑って。